第八話
今回は(も?)短いです。
けれども復活からそこまで日を開けず投稿しました。
だから褒めてください…そして感想とか評価ください(承認欲求おばけ)
黒猫亭の食堂には常連らしき客で溢れていた。明らかに宿のキャパシティを超える人数に、食堂としての人気も伺える。
老若男女問わず幅広い客は、皆楽しげに杯を掲げ料理に舌鼓を打っていた。
これは前評判通り味も期待できそうだと笑みを深めたリンデイアは、リュカの案内で奥の小さなテーブル席へ案内された。
軽やかな足取りで進む若き偉丈夫(に見える)リンデイアへ、食堂内の人々は釘付けだ。
普段は見かけない余所者かつ、活気に溢れる港町ではやや浮いた見目麗しい若者。
女性陣は年齢問わず惚けた視線を向け、連れや独り身の男たちは態とらしく鼻を鳴らしていた。
「お兄さん、沢山食材持ち込んでくれたんだって? うちは材料費が浮いたってことで持ち込みなら食事代が少し安くなるんだ!叔父さんの料理美味しいからおすすめだよ」
「そうか、それは楽しみだね。ただ食事代は普通に取ってくれて構わないよ。後で俺からも女将さんへ言っておくから」
女将と話すいい口実だと、リンデイアは内心ほくそ笑んだ。本当に自身が女で良かったと感謝すべき女好きである。これが男ではいよいよ鼻持ちならない浮気野郎というものだ。
「酒は何を扱ってる?」
「エールからワインから大抵の物は揃ってるわ。今日は魚にするって言ってたからおすすめは白ね」
「ではそれを」
前世からの酒好きであるリンデイアとしては、酒も含めあまり変わらない食生活が送れるのが救いであった。
しかしながら西洋に近しいこの世界では酒は常温が基本。屋敷では自身の開発した魔法を利用した冷蔵庫もどきで冷やしているが、ここではそうもいかない。
注文した酒はこっそりと魔法を用いて冷却することにした。
「なかなかの味だね。今日は魚ってことは明日は肉かな? 今から赤も楽しみだよ」
酒の提供を終えたリュカだが、ニコニコとリンデイアのテーブルの横にいる。
これはいたいけな少女の初恋をまたもや奪ってしまったか、などとくだらないことを考えていたが、リュカの一言でそんな予想は淡く消えた。
「ねえ! お兄さんはどこから来た人? 私旅の人の話を聞くのが大好きなの。所作とかも綺麗だし……もしかして、お忍びの貴族さまとか?」
ワクワクとした様子で尋ねるリュカ。
かつて貴族の家に勤めていたと適当な言い訳を吐きながら、正解と心の内で呟いた。
「ちょっと、リュカ! またそんな風に油を売って。オーダーが溜まってるわよ!」
「いいじゃない、お母さん。みんな常連なんだからちょっとくらい。それに、みーんな興味津々なんだから!」
眉間に皺を寄せた女将、アイシャが声をかけにくるがどこ吹く風。
女性客らを味方につけようと、リュカは店内を見渡した。
連れのいる女たちは、パートナー気遣ってかそっと目を逸らし、若い娘たちは同意とばかりにこくこくと頷く。
「はは、俺としては可愛らしい看板娘と話すのは大歓迎だけれど、麗しの女将さんを困らせるのも戴けないね。良ければ後で旅の話を聞かせるから、お仕事をしておいで」
リュカはちぇー、と口を尖らせながらも仕事へ戻っていった。
アイシャは「麗しの女将さん」と呼ばれたことに照れたのか、しばし固まっていたもののどうにか復活したようでリュカの後を追う。
当のリンデイアといえば、まだまだ来たばかりだというのに、すでにこの町での長期滞在ができないことを惜しんでいた。
魚料理と白ワインを嗜み、配膳で訪れる度に色々と尋ねるリュカの相手をするなどしていると時はあっという間に過ぎる。
食事も終えたことだし、いい頃合いだと席を立ったリンデイアはまだ話足りなそうなリュカを宥めつつ宿を出た。
さて、町における情報収集で最も役立つのは何か。
現代日本であればSNSでの情報収集などがベターであろうが、ここは西洋もどきの異世界である。
RPGよろしく町人に話しかけて回る?
酒場での聞き込み?
そのどれもがある程度の効果はあろうが、少々骨が折れる。
リンデイアの求める情報は戦に向けた物である。
本来であればいくらでも旅路をスキップできるリンデイアが、なぜこの港町への滞在を決めたのか。
もっと大きな街へさっさと向かい、そこでゆっくり過ごしてもいいのだ。
そうしなかったのにはもちろん訳がある。
この港町は小さいながら西の国の商品を扱う商人が出入りしているのだ。
もっと大きく外交の要の港よりも、こういった小休止で寄るような町の方が気も緩むといったもの。
商人の落とした情報がどこにあるのか。
彼らも酒場にはくるだろうが、聞いている方も酔っ払い。記憶は怪しい。
仮に予想通り西と東が手を組んでいたとして、情勢に敏感な商人がそれを聞き及んでいないとは思えない。
もちろんグレンディアに出入りする商人がこちらへ口を割ることはそうそうないだろうが、戦火に巻き込まれることは向こうも良しとしないだろう。
西が関わっているとすれば、彼らも徐々に商売を引き上げる気配を出し始めている頃だろう。
しかしそれを商業ギルドにまともに申請しているとは思えない。
ならば彼らはどこで尻尾を見せるだろうか?
リンデイアは軽い足取りで町の南側へと進んでいく。
町に来た時から場所はすでに把握していた。
ホクホク顔で進むリンデイアは、とてもではないが戦に関連する情報を得ようとしているとは思えなかった。
乳母姉妹であり愛しい人の一人たるメイドのフィーネがこの様子を見たなら、すぐにまた碌でもないことをすると見破ったことであろう。
リンデイアが足を止めたのは、町からは少し浮いた豪奢な建物。
当然リンデイアの屋敷などと比べれば安物であるが、多少は重厚な作りに見える両開きの扉を押し開ける。
広々としたラウンジには、若い女たちがソファーに腰掛けくつろいでいる。
リンデイアに気付いたようで、扉の側にいた男性が恭しく礼をし招き入れた。
「いらっしゃいませ」
訪れたのは町一番の高級娼館であった。
そうそう、お前ってやつはそういうやつだよなリンデイア。最高じゃん。