第四話
今回はちょっと短いです
花屋の母娘とお別れしたリンデイアは街へ戻った。
転移が人目につかぬよう、街の外れへ移動した。
「あ、領主様だ! こんにちわー」
「フォンディーヌ様、さっきクラエスさんがどえらい顔で探したぞー!」
「リンデイア様、次はいついらしてくれるの?」
足取り軽く中心街へ進むリンデイアに、すれ違う民は気安く声をかける。
幼子から気のいい若者、艶っぽい夜の店の女とバリエーション豊かな面々だが、基本は女性ばかり。
とはいえ男性も含め、好色な女領主に皆好意的であった。
それもそのはず、フォメルは元々移民の多い土地だ。
多くの民は他の街で暮らした経験があり、中には非道な領主の治める土地から来た者もいる。
気安さと絶対的安心感を備えたリンデイアは非常に好ましい存在であった。
もっとも女性の多くはさらに別の理由も加わるが。
リンデイアはすれ違う民と挨拶を交わしつつ、また人によっては情も交わしつつ……。
治療院のナース(元はナースなどという文化はなかったがリンデイアが根付かせた)、夜の蝶、宿屋の娘、道具屋の娘ーーー当初の予定よりも若干多くの娘らと戯れ、リンデイアの気分は最高潮だった。
気分とは裏腹に太陽はすっかり沈み、懐中時計を取り出したリンデイアは「そろそろか」と呟くと最後の目的地へ向かった。
冒険者ギルドには、依頼を終えた冒険者たちが隣接する酒場で疲れを癒す騒めきが依頼カウンターまで聞こえていた。
入ってきたリンデイアと目のあった受付嬢は小首を傾げた。
「あら、フォンディーヌ様。まだマスターに何か御用で?」
制服に身を包み、きっちりと髪をまとめた眼鏡の女性。知的かつお堅い雰囲気を纏った彼女の髪が腰ほどまで長く、眼鏡はあえて堅い印象を持たせ荒くれ者の多い冒険者どもに舐められないように気をつけていることをリンデイアは知っている。
「やあベルタ、昼間ぶり」
小慣れた様子で歩みを進め、依頼カウンターにもたれたリンデイアは微笑む。
ベルタと呼ばれた受付嬢は眼鏡越しにどこか冷えた印象で笑みを返した。
眼鏡の効果はばっちりで、クールなできる女といった様子だが、いつもよりより冷たい受付嬢に苦笑する。
「そういえば、明日からしばらく街を離れるらしいじゃありませんか。先程マスターがこぼしていらっしゃいましたよ」
「流石は全ての噂が集まる場所と言われてるギルド受付嬢様だ。耳が早いね……本当は直接伝えるつもりだったんだけれど」
「そんなこと言って、さっきマスターに引き継ぎにいらした時は何も言ってくれなかったじゃありませんか」
拗ねたようにカウンターに背を向ける美女がいじらしくて敵わない。
ベルタはリンデイアより三つ上の二十一。
背を向けたベルタは気づくことないが、年上の女が少女らしさを見せるのは自身に甘えている証拠だと、都合のいい頭をしたリンデイアはほくほく顔だった。
「だから今会いに来たのさ、そろそろ仕事も上がる頃だろうと思ってね。けれど、まさかもう知っているとは……ギルマスめ、君を受付業務から自分の秘書にでもして囲い込むつもりなんじゃないかい?」
焼けちゃうね。
カウンター越しにベルタの肩を抱いたリンデイアは耳元で囁く。
たったそれだけで拗ね顔だったベルタの仮面はあっけなく崩れ「もう、もうっ」と小さく呟くのが聞こえる。
今にも振り返ってリンデイアの胸を子供のようにぽかぽかと叩きだしそうだ。
制服や眼鏡といった側で武装した彼女だが、その実少女趣味でときめきに弱い。
つまり彼女にとってリンデイアは大敵であった。
しかしながらまだ機嫌はやや斜めなのか、ベルタは背を向けたままだった。
他人の口からしばらく不在にすると聞かされたのがよほど不満だったらしい。
もう一押しかと、アイテムボックスから取り出した可愛らしい花束をベルタへ差し出す。
リンデイアは女からもらった花束(買ったものではあるが)を別の女に渡すような情緒もへったくれもない女だった。
「これ、お土産。昼間は引き継ぎの挨拶回りでひっきりなしでね。ゆっくりできなくて悪かった……出先の村の花屋で買ったんだ。君に似合うと思って」
目の前に差し出された花束を受け取り、弾かれるように振り向いたベルタ。
しかしすぐさま絆されたと思われたくないのか、やや口を尖らせている。
「……もういくらか片付けだけしてお終いです。大体、どうして今日私が閉め担当だと知ってるんですか」
依頼カウンターにはすでに二人きり。
この時間になると酒場とギルドの出入り口は閉ざされ、職員も施錠担当の者以外は帰宅している頃と初めからわかっていた。
いくらリンデイアといえど最低限のモラルを持ち合わせている……わけではなく、秘事は秘めているからいいのだという自論からあちらこちらで時間を潰して最後にこのギルドへ、ベルタの元を訪れた。
「君のことはなんでも知ってるよ。知らないのは今日の下着の色くらいかな」
くすりと笑ったリンデイアは、ベルタの首元を撫でる。
本当にこの領主は自らが女で、かつ見目が整った人間であったことに感謝すべきである。
大概の人間ならば、彼女の言動はただの下世話なジョークにしかならないし、騎士団の出番となっていたであろう。
「もう! わかりましたからもう離れてください、こんなところでそんな……」
耳まで赤く染めたベルタは首を振って熱を逃がそうとしながら、ポケットから鍵を出して押し付けてきた。
見覚えのあるそれが彼女の部屋の鍵であるとすぐにわかったリンデイアは、最後に耳元で「待ってるね」とダメ押しで囁くと鼻歌混じりにギルドを後にした。
背後ではベルタがうっとりと花束を眺めていた。
(ベルタはきっと日本にいれば、平日はお堅いOLで休日にはジャニーズか宝塚の追っかけでもやってるんだろうなぁ……)
本当の本当に余談であるが、ベルタの部屋へ向かいながらリンデイアはそんなことを考えていた。
書いてて思いますが本当に碌でもないなコイツ!!
でも好き!!!
やっぱりキャラクターへの愛がないと連載は続けられませんね。なんだかんだずっと書きたい系統のキャラクターなので私的には主人公大好きです。
ぼちぼちとブックマークありがとうございます。
やんわり続けていくので、やんわり楽しんでもらえれば嬉しいです。
誤字脱字報告含め、感想とか意見あったらバリバリください。