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第三話

三話目です。今のところほぼ一日一話ペースですね。

いつまで続くことやら!!!!(情緒)

クラエスが屋敷へ戻ったことはすぐに分かった。

ティータイムも終わる頃のゆったりした時間の流れるフォンディーヌ家には、バタバタと駆け回り呪詛のように『お嬢様はどこだ』と叫ぶ老紳士の声が再び響き渡る。


「……爺め、もう戻ったか」


先程身を隠したソファーへそのままフィーネを抱き込んだリンデイアは舌打ちをする。


「お行儀が悪いわよ、リンディ」


「悪くもなるさ、もう少しフィーとここでゆっくりしていたかった……」


フィーネの柔らかい栗色の髪を指先で弄びため息をつく。

リンデイアは彼女の髪が特にお気に入りであった。

もちろん自身の黒髪も母譲りで気に入ってはいるが、このやや猫っ毛の栗色には劣る。

果てには顔を埋め深呼吸しだしたリンデイアにフィーなはくすくすと笑みをこぼした。


「ちょっと、くすぐったいわ! そろそろクラエス様にきちんと引き継ぎをしてあげて?」


「引き継ぎならもう済んでいる。爺は私を探すことに躍起になってるけど、書斎の今ある書類には全て目を通し手を加えてあるし、発生しそうな案件の対処策も丁寧にまとめてあるんだ」


悪びれず飄々と話す様子に、愛する主人相手だがひどく呆れた顔をするメイド。


「もうっ、そうならそうと教えてあげればいいじゃない!」


「なに、爺のことだ。そろそろ諦めて書斎に向かう頃だろう。そうすれば爺の悩みも解決、私も小言を聞かずに済む。win-winだね」


「その、うぃんうぃん? はよくわからないけれど……まあ良いわ。ならこのまま夜が明けるまでここに隠れてるつもり?」


フィーネはポケットから懐中時計を取り出すと、まだ夜までだいぶあるわ、なんて困った口ぶりで全く困った様子のない笑みを浮かべる。

しばらく離れる愛おしい主人といられるなら時間はいくらあっても困らないだろう。

そんな幸せそうなメイドに水を差すことを、リンデイアは多少なりとも心苦しく思っていた。


「いや、一度街へ出る。離れる前に色々と見ておきたいところや話しておかないといけない相手もいるからね」


フォンディーヌ家の統括する領地にはフォメルという比較的大きな街と、周囲に点在する幾らかの農村がある。

フォメルでは議会制度を用いており、商業ギルド、冒険者ギルドの長や古くからの地主、各農村の村長が議会に名を連ねていた。

基本的にはクラエスに預けた資料や書類で片がつくだろうが、それぞれの現場の者らへしばらく離れることを伝え、またクラエスをそう困らせぬように手を回しておくつもりだった。

こう見えても従者思いな領主だな、と一人苦笑するリンデイアであるが、フィーネの顔を見て固まる。

両頬をこれでもかと膨らませたメイドはジト目で主人を見つめていた。


「フィー?? どうしたの、頬が破れてしまうよ」


つんつん、とフィーネの頬を突こうとするリンデイアであったがすげなく避けられる。


「……だって、どうせ街でちょっかいかけてる子たちに会いに行くのでしょう?」


「フィー……またそんなことを言って。さっきも言っただろう、君は私の唯一の人だって」


ここで言う"唯一の人"とは決して嘘ではない。

リンデイアにとってフィーネという存在は間違いなく唯一無二のものであるのだから。

他にもそれぞれ唯一無二がいるだけである。

悪びれるところがないのは、リンデイアがそんなこじつけを本当に真実と捉えているからだ。

幼い頃からともに過ごすフィーネはそんなこと嫌と言うほど理解しているが、結局のところ惚れた方が負け、今日も今日とて絆されてしまう。


「もう! 調子のいいことばっかり言うんだから。……みんなすぐに貴女のこと好きになっちゃうんだもの、ただでさえ気が気じゃないのに、次いつ会えるかわからないなんて」


ーーーああ、これじゃまた堂々巡りだ。

再び明日からの旅路に話が逆戻りしそうな流れに、リンデイアはほとほと困った。

困った、困ったと心の中でつぶやくが、そろそろ切り上げて街に向かわなくてはならない。

どうにかせねばならないと考えていた。

あいにくと議会のメンバーだけではなく会わないといけない子は沢山いるのだ。


「ああ、私のフィー。あまり困らせないで欲しい。それに、会いに行くのは議会の面々だ。爺のためにも最低限の根回しはしておいてやらないと、それこそ彼は疲労で倒れてしまうかもしれないだろう? 君の好きな菓子屋で土産を買ってくる。村もいくつか回らないといけないから、戻るのは日の変わる頃になるかもしれない。でも夜のティータイムに付き合ってくれるかい?」


よっ!女たらし!と外野がいたなら叫んだことだろう。

こういう時に饒舌に女を嗜める奴ほど碌な奴はいない。

けれどもそんな言葉に騙されてしまうのがちょろい……もといいい女だ。フィーネは正しくいい女であった。


「……お風呂の準備はしておくわ。今夜は貴女の部屋で過ごしてもいい?」


「あぁ、もちろん……おっと、そろそろ時間みたいだ。爺がここにくるのも時間の問題だろう。きちんと身なりを整えておくんだよ」


この一刻ほどで着崩れたフィーネのメイド服を指してリンデイアはそっと頭を撫でたのち窓から悠々と逃げていった。

フィーネが主人の命を守り、しっかりと衣服を着直した頃、部屋に駆け込むクラエスがいたとか、いないとか。






「さて、議会の根回しも済んだことだし……次はどこの根回しから行くかな」


屋敷を出てから一刻。リンデイアは数ある議員の元を巡り終えて一息ついた。

それこそフィーネに言ったように、本来であれば日が回る頃までかかるようなはずがこれだけ早く終わったのには理由がある。

リンデイアの可能とする魔法の数は他の誰も把握していないが、彼女は転移魔法も覚えている。

一度行った場所であれば瞬きする程度の時間で移動は可能なのだ。

もっともこれは誰にも明かすつもりはない。

ピンチにすぐさま駆けつける相手に誰しも運命を感じるものだし、ころっと絆されるものだ。


最後に回った農村で街へ戻りかけるリンデイアだが、そういえばこの村の花屋の少女に会っていないことを思い出した。

足取り軽く村はずれへ歩き出す。

しばらくすると手入れの行き届いた花壇に囲まれた小さな店が見えてきた。


「いらっしゃ…あ、フォンディーヌ様! いらっしゃいませ。今日は何をお求めに?」


水仕事をしていたのか、カランという耳障りのいいドアベルに慌ててエプロンで手を拭いながら出てきた少女は破顔する。

歳の頃はリンデイアの少し下か、健康的な肌色にそばかすの散りばめられた頬は色づいている。

余談であるがリンデイアは成人を迎えたばかりの十八。彼女はおそらく十五、六といったところであろう。


「やあ、ミルシェ。いつも言っているだろう? リンディでいい」


ミルシェと呼ばれた花屋の娘は、色づか頬をさらに染めて口籠る。


「でも、領主様をそんなふうには呼べませんよ。母に叱られてしまいます」


ミルシェは店の奥をちらりと見やる。おそらく彼女の母が中にいるのだろう。

若くして夫を失ったミルシェの母も目を見張る麗しさだが、あいにくリンデイアへ転んでしまうような隙は見せない人だ。

気のいいご婦人ではあるが、リンデイアはせいぜい娘のようにしか思われてないのだ。


「私がいいと言っているのに……今日のおすすめはなにかあるかな? 小さな花束でもいただこう」


リンデイアに言われて笑みを深めた少女はああでもない、こうでもないと迷いながらも小さく可憐な花束を拵えた。

ミルシェに会うとリンデイアはいつも不思議に思う。この子はどこまで笑みを深められるのだろうか。

リンデイアが言う言葉にさまざまな笑みのバリエーションを見せてくれる、花よりも花らしい少女だった。


「……はい! できました。いかがでしょうか?」


恐る恐るといった様子に眼前に持ってこられた花束は、暖色の可愛らしい花が散りばめられたものであった。


「綺麗だね。君によく似ている、暖かくて可愛らしいよ。お代はこれで」


さらりと吐かれた甘い言葉にこれまた頬を染めるミルシェであったが、カウンターの上に置かれた代金を見て今度は顔を青くする。


「フォンディーヌ様! 困ります、こんなにいただけません」


小さな花束一つには到底多すぎる金額に、目を白黒とさせ慌てるミルシェ。可哀想にもはや涙目となってしまっている。


「実は、しばらく店に来れそうにないんだ。その間に週に一度か二度でいい。屋敷に花を届けてくれ。だからその分のお代。……ああ、受取人はフィーネというメイド宛で頼む」


困り顔のミルシェを落ち着かせるべく、思いつきで花の配達を頼んだが、これまた思いつきに受け取りをフィーネに指定する。

愛するメイドの機嫌を取る一石二鳥にもなると、リンデイアはホクホクと笑みを浮かべた。

そんなことはつゆ知らず、美しき若公爵の笑みに見惚れたミルシェだが、慌ててコクコクと頷いた。


「ありがとう。メイドには私からのサプライズの贈り物だと伝えてくれ。私の部屋へ花を飾って、私の無事の帰還を待っていてくれと」


「うわぁ、素敵ですね! かしこまりました。ちゃんと届けます!」


キラキラと目を輝かせたミルシェは、うっとりとした顔をして「まるで物語みたい!」と浮かれている。

この分じゃまだまだお子様だなぁとリンデイアは苦笑する。


「なんだか寂しいね、私としばらく会えないことなんてどうでもいいみたいだ」


「そんなことありません!だって私いつも……」


「いつも?」


「い、いえ……その、もういいじゃないですか!

ほら、しばらく遠出するなら色々準備とかあるんじゃないですか!? お気をつけて!!」


慌ただしく花束を握らされ、またしてもカランと小気味いい音を立てた扉から追い出される。

ガラスの向こうでは顔を真っ赤にしたミルシェがペコリと礼をして店の奥へ引っ込んで行くのが見えた。

連れないなぁ、次はどこへいこうか……。

そう思って歩き出そうとしたリンデイアにかかる声。


「あらぁ、領主様じゃありませんか。今日は花束を買いに?」


いつのまにか背後にいたのはミルシェの母で、この小さな花屋を営む麗しの未亡人、ミレーヌ。


「これは夫人。今日もお綺麗ですね。やっぱりミルシェの可愛らしさは夫人譲りだ」


「あらあら、ありがとうございます〜。いつも口がお上手なのね。ミルシェには荷が重いわぁ」


ほわほわとした雰囲気で、周囲に花の飛んでいる幻覚まで見える。

ーーー漫画なら毎度毎度登場の度に花柄のトーンが貼られるようなキャラクター性、とても十代半ばの娘がいるとは見えないな。

リンデイアはそっと心で独り言を呟きつつ、今日もまた軽口とはいえ口説いても暖簾に腕押しだとため息をつく。


「荷が重いというのはわからないけれど、軽口ばかり叩いていたらうっかり追い出されてしまいましたよ。しばらく来れないので、残念です」


「ふふ、照れ屋隠しなのよ、許してくださいね? だって本当はあの子ったら毎日のように仕入れた花から貴女が来たらどんな花束を作るか考えているんだもの」


だから、お気をつけてまたいらしてくださいね?

娘によく似た(いや、娘が彼女に似ているのか?)ミレーヌは少女のような微笑みを浮かべ小首を傾げた。

本当に改めて可愛らしい母娘だ。

別れて早くも店に戻り、いじらしいミルシェ共々麗しい姉妹のような見た目の母娘を構い倒したいリンデイアであるが、会わねばならない子はまだまだいる。

後ろ髪引かれる思いで、花屋を後にした。

フィーネはやっぱり丸め込まれちゃいます。

あとお前が書いたんだから言うなよと思われるかもしれませんが、はよコイツ東の砦行けや〜〜!!!

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