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006 行商人の道中*

 ふたりの行商人が山深い道をかき分け、歩いて行く。

 道らしい道から外れてしまい、迷っているようだ。


 キエルゴ山脈から分かれたこの山道は、ゴンドワナ領にある。

 都心部と農村地帯との間に横たわり、そこを行き来する旅人たちの近道として使われているものだ。


「これなら多少遠回りでも馬車の道を選べば良かったな……」


 ぽつりと、額に汗した片割れの男が言った。


「仕方ないだろう、今回は荷物も時間もないからと、短時間で辿りつける道を選択したんだから」


 もうひとりが疲労の滲んだ顔で答える。

 今は痛む足を無理にでも奮い立たせ、前に進まなくてはならない。

 足を止めれば、この山にうごめく魔物のどれかに食われる。


「魔物が多すぎる……教会からもらった魔物除けの効力がもたないぞ。だからもうちょっと長い時間持つように、高いほうを頼んでおけば良かったんだ。俺たち、これが切れる前に村に帰れるのか?」


 愚痴があとをたたない男に、苛立ったもう片方の男が眉をつり上げる。


「何言ってんだ、帰らなくてどうする? こんな小さな山、キエルゴの山越えから比べれば楽なもんだ。もう大分下りてきたろう」


「だけどよ、そろそろ体力が限界だ。少し休もう」


「休むところなんてないぞ。せめて背中を預けられる場所がなければ……」


「おい、あれを見ろ」


 片割れの指さした方、少しせり上がった場所に黒く口を開けた洞穴が見えた。

 ぽっかりとした穴の上から、むき出しの木の根が垂れ下がっている。

 転がる溶岩石に縁取られた入口は、真新しい土の匂いを放っていた。


「崖崩れの跡……ってだけでもなさそうだが。穴になってるな?」


「溶岩洞穴だろう。ここは元々噴火で出来た山だから」


「不気味だな、でも身を隠して休めるかもしれない」


 行商人のふたりは辺りに注意を払いながら、洞穴の入口に近付いた。

 風の通る音が細く聞こえてきて、すぐ先からは光の届かない闇が満ちている。

 男のうちのひとりが、腕につけていた灯りのスイッチを入れて奥に向けた。


「これは……どこまで続いてるのかわからんが深そうだ。そこのくぼみでなら休めそうだが、奥からなにか出て来ても嫌だな」


「そっちになにかあるぞ。照らしてみろ」


 穴の縁から少し下がった場所にある、なにか。

 男が灯りを向けると、他の岩壁とは質感の違う石肌が照らし出される。人の大きさほどもある、冷たい石の象だった。


 女性とも男性ともとれる中性的な面立ちが、慈愛の表情を浮かべている。

 あげた腕の先の一部が崩れているものの、背に6枚ある翼は原型を留めていた。

 ヒビの入った頬が向く先は、洞穴の奥深く――。


絶対神(テトラグラマトン)……」


「何かの儀式の跡かもしれないな。足下に6大神の像もある」


 6つの魔法属性(エレメント)を司る神たちの小さい像が、周囲に円のように置かれていた。

 倒れたり、傾いたりしながらもあたかも人の手によって配置されたそれらは、この先にあるものを暗示しているかのようで……


「儀式か……ここに加護が宿っているようには見えないが、昔の教会の名残だろうか」


「この山に今も昔も集落はないだろう。場所を見ても教会の名残とは思えないな。先日の地震が大きかったから、あれで崩れて地中にあったものが見えるようになったんじゃないか」


「……ちょっと待てよ。思い出したぞ」


 暗闇の中をのぞき込んでいた男が、重要なことに思い当たったようにもうひとりの肩を叩いた。


「ほら、山の魔物があふれたとき、やつらを鎮めるために神に捧げ物をしたっていうあれじゃないか? 絶対神の像と6大神の像を祀って、至宝を埋めたって……」


「ああ、そういえば聞いたことあるな。世にも珍しい宝を埋めて神に祈ったっていう、じいさんたちの昔話だろ? 絶対神の指す方向にその宝があるっていう……」


 ふたりはどちらからともなく見合わせた顔を、もう一度洞穴の奥に立つ神の像に向けた。

 壊れて落ちた手首から先の形が、何かを指さしているように見える。

 その視線の先は、洞穴の奥底に向かっているようにも見えた。


「これはひょっとすると……ひょっとしないか?」


「お宝洞穴……を、発見したってことか?」


「ああ、探してみる価値はあるだろう」


 絶対神の指す方向に、誰も見たことがない宝が眠っているかもしれない。

 事実であれば一攫千金だ。


「これは、報告が必要だな」

「ああ」


 ごくりとのどを鳴らすと、ふたりはなるべく正確に現在地を割り出そうと地図を広げた。

 太陽の場所や地形から、ここのおおまかな位置を特定する。周囲の木に目印となる赤いテープを吊し、ところどころに目印をつけた。


 彼らは力のある人間を雇った上で、再度洞穴を訪れるという計画を立てた。

 ひとりが懐から『伝言蝶』と書かれたメモ帳を取り出すと、一枚目にペンを走らせていく。


 最後に宛先の欄へ『ゴンドワナ ピゲール村教会 ザワード様』と書き込んだあと、ビリッとメモを束からはがす。

 手から離れたメモは、まるで蝶々のようにヒラヒラと高速で空に消えていった。


 紙の蝶を見送った男たちは時間を取り戻すため、急ぎ帰ることにした。

 そこから村はもうそれほど遠くはなかったのだが……


 予定よりも早く、魔物除けは効力を失ってしまった。

 行商人は力のある魔物に抗うほどの魔力を持たない。


 ふたりが町に帰りつくことは、とうとうなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 色々気になるワードがありますよねぇ。安定の優希さんワールド。主人公、あんな可愛い顔して中身は20歳なんですね。はつらつな感じのお姉ちゃんからは、弟激ラブの感じがしていいです。ちょっと邪険にし…
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