02:姉の拾い物
白の教団、ラファエル支部。
王国の中枢に鎮座する旧シルドニア聖堂を城もかくやと拡張して建てられたその佇まいは、王が住まう城以上に滲み出るような威容を誇っていた。
煌びやかさは失われて久しいが、基調となる白が静謐な美しさを演出し、尖塔のように抜きんでた本体を囲むように幾本の刺が立ち並ぶような外観である。
中でも最も目を引くのは、聖堂本体の真中を貫くように天辺へと抜ける、青色の巨大結晶だ。
聖堂の南門付近に箱舟ゲートがある。前にそわそわと落ち着かない様子の幼女がいた。
「お姉ちゃん、まだかな……」
碧の瞳は宝石のように綺麗で、黄昏色の髪はツインテールに結われている。普段ならば、その幼い容貌には勝気な感じが如実に出ているのだが、今は不安に押しつぶされそうな顔をしていた。
「心配すんなよリーリエ」
と、リーリエの背後。
両手を後頭部で組む少年は、ビョーリ=バンクル。ラファエル支部で共に育った幼なじみである。
赤いツンツン頭に、切れ長の柑子色の瞳。額には赤い宝石が埋め込まれている。ビョーリは飄々とした態度で「だってよー」と続ける。
「お前の姉ちゃん、あんなに強いんだぜ!」
「ビョーリ君はいつもイタズラして叱られてるもんねえ」
悪戯っぽい表情を浮かべるビョーリの横では、褐色肌の少女がそう言って笑った。
クラゲみたいにふんわりとした純白の髪は短めに切りそろえられ、大人しめな印象を受ける。
彼女も幼馴染で、名をユモ=ミュウセと言う。
リーリエは普段、この二人と一緒にいることが多かった。
「ああ、あんなに強いおしりペンペンができるんだ。そこらの暴徒なんかに負けるはずがねえよ!」
「あんたね……」
ビョーリがリーリエの姉に悪戯するのはいつものことだ。それで泣くまでお尻を叩かれて帰ってくるのだが、全く反省の色が見えない。
リーリエが呆れていると、見上げるほど大きな正門が開き始めた。
「あっ、ほらあリーリエちゃん! お姉さんだよおー」
「ほっ……よかった」
開いた正門の隙間から、見慣れた三人の姿を確認して、ほっと胸を撫で下ろす。リーリエが早く一緒に任務に出たいのは、この待っていることしか出来ない時間が嫌いだからでもあった。
こちらに手を振るリーリエの姉、名をロエと言う。
背丈は百六十ほどで、左の目元にほくろがある。黄昏色の金髪はリーリエと同じだか、そのアーモンド型の瞳はアメシストだ。そして妹の勝気な印象とはかけ離れた、おっとりした大人の雰囲気を纏っている。
姉が任務に出てから一週間後の帰還だ。
喜びのままに駆け寄り抱きつこうとして――
「お姉ちゃんおかえり、どうだった――って!?」
足を止めて、我が目を疑った。
「ただいまリーエ。今日も待っててくれたの? うふふ、いつもありがとうね」
目の前まで来た姉がおっとりと笑う。
だがリーリエの目線は、姉ではなく姉が抱えるそれに釘付けだった。
ロエに一言断りを入れて、先にホーム内へ向かう彼女の仲間二人。直ぐに行くからと伝えて視線を戻すと、リーリエが大口を開けて呆けていた。あざとく人差し指をほっぺに当てて、ロエは怪訝に首を傾ける。
「リーエ?」
「お、お、お姉ちゃ、そ、それ……っ!?」
「あ、これ??」
思い至って、胸に抱き抱えていた幼い少年を「よいしょ」と持ち直し、デレデレしながら頭を撫でる。昔から姉は可愛い物に目がない。
「みてみてリーエ、可愛い子拾ったの! リーエ達と同じ年頃かなって思って! 仲良くしてあげてね?」
「ひ、拾ったて……なんでこいつが!?」
ロエの豊満な胸に挟まれるようにして抱かれている少年は、デク――三日前、窮地に現れた少年だった。
「また会ったね、変なやつ」
「誰が変なやつよ! こっちのセリフだから!」
片手をあげるデクに吠えかかるリーリエを見て、ロエが不思議そうにした。
「はえ? リーエはデク君のこと知ってるの?」
「えっ、いや、ソンナコトナイヨ? っていうか、デク? デクって、木偶の木偶??」
ここで面識があるなんて言ったら、三日前に後をつけてホームを出たことがバレてしまう。カタコトでごまかした。
そういえば少年の名を知らなかったわけだが……木偶といえば、人形だったり役に立たない愚か者だったり、あまりいいイメージが沸かない。
「なんだか弱そうな名前だな!」
ビョーリが腕を組んで、酷いことを言う。
デクは大人しく抱かれたまま、事も無げにドライな態度だ。変わりに頬を膨らませたのはロエだった。
「こらビョーリ、失礼でしょ? そっちの木偶じゃないわ、きっと深い意味がある方のデクなのよ」
「深い意味があるデクってどんなデクよ?」
「それは……え、えっと〜……」
困ったようにデクを見る姉、リーリエとビョーリも問い詰めるような視線を向けると、デクは淡々と口を開いた。
「師匠がつけてくれたんだ」
「へえ~そうなんだ! いい名前だね、大切にしなきゃだ」
子供をあやすようにデクを撫で回すロエ。
なんだか姉を取られたようでリーリエがムスッとしていると、ユモが耳打ちしてきた。
「リーリエちゃん、デク君と知り合いなの?」
「知り合いっていうか、なんていうか……あ、あたしのおしっこ……」
「「おしっこ?」」
「し、シーーっ!! 声がでかいわよバカ!!」
興味津々に追求してくる二人に「何でもないから」と必死になって誤魔化す。その間に、姉はデクを抱いたままホームの内部に入っていった。
なにやらデク絡みで支部長と話があるらしい。
「すごく綺麗な子だったねえ。ユモ達と同い年くらいに見えるのに静かでー、お人形さんみたい」
「あいつは女か? 男か? ロエに抱っこされていい気になりやがって……男だったらタダじゃおかねえ」
ユモとビョーリが好きなように述べる中、リーリエは若干の罪悪感を感じていた。
「あいつ、三日間外にいたの……?」
確かに謎の少年のその後を気にはしていたが、恥ずかしい記憶故に忘れようとしている節があった。
何はともあれ、デクは助けてくれた。リーリエの窮地に文字通り飛んできて、ギ・ゴブリを倒してくれた恩人なのだ。
その恩人を置いて一人帰ってしまった。
一人でホームの外に出ることは禁止されているリーリエだが、使徒に連絡して探してもらうなどやりようはあくらでもあったはずなのに。怒られたくないという側へ天秤は傾いた。
「ふうん……デク、デクね……デク」
お礼くらいは、言った方がいいよね。
何考えてるかわかんない、変わったやつだけど。
「……変な名前」
唇を尖らせてポツリと漏らした声音は、どこか誤魔化すような響きを含んでいた。
と、ばたぱた、と羽ばたく音がする。
リーリエたちの前を、羽の生えた白い物体が通り過ぎていった。目を丸くする三人をちらりと見て、そのままロエとデクを追っていく。
「なにあれ……鳥?」
三人は顔を見合わせて、首を傾げた。