井戸端会議
--井戸端会議--
あらすじ:浄化の魔法で病気知らず。
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今日は春の暖かくなってきた風の中で、ナイフを研ぐ練習をしている。
武器の手入れの練習の一環だ。武器屋に居候する以上、武器の手入れは必須スキルだよね。
店の裏手の工房の前で井戸から水を汲んで砥石でゴシゴシ擦る。私に教えながら隣でミル君がロングソードを研いでいる。ナイフはコレットさん目当てで来る冒険者のヤツだ。何本か持っていて頻繁に研ぎに出される。
「昔々。小さなドラゴンが火の神様に魔法を教えて貰ったんだって。そしてドラゴンは一生懸命練習して色々な魔法を使えるようになったんだって。」
ゴシゴシタイムはおしゃべりタイムだ。
シュッシュッと言う砥石の軽快な音と共に話し出す井戸端会議になる。
ミル君は一般常識から街の人のゴシップまで色々な事を教えてくれる。パン屋のお姉さんの悲恋は涙無しには聞けなかった。涙で手元が狂って血だらけになりミル君に治して貰った。
治癒の魔法だと言う。今日は魔法を覚え始めた私のために昔話をしてくれている。
「ふ~ん、じゃあ練習すれば魔法で何でも出来るようになるの?」
「わからない。出来るかも知れない。ドラコンは長い長~いこと練習したんだってさ。人間が生きるより永い時間。だから長生きすればできるようになるんじゃないかな。」
まぁ、私の知っている物語のドラゴンも長生きだしなあ。私の世界と同じように何千年も生きているのかも知れない。
「魔法を教えて貰った小さなドラゴンは長い年月を重ねて少しづつ大きくなっていくんだ。それで長い間に苔が背中に生えてしまって、かゆくなっちゃうんだ。」
背中に苔が生えるってどれだけ長生きなんだ。それが本当なら大魔法を使うには私の人生じゃ足りないかもしれない。
相槌を入れながらナイフを洗って研いだ状態を確認する。欠けた部分を魔法で埋めたのだけど、まだ痕が残っている。手入れをする身としては乱暴にナイフを扱わないで欲しいね。
どうせ魔法で手直ししたところは脆くなるらしい。鍛造と鋳造の違いって奴だろうか。違うのかな。だからこそ『猫の帽子屋』の様な武器屋や鍛冶屋が成り立つのよね。
「でで、そこに居た森のヒトに背中をかいて貰うんだ。それでドラゴンは感謝の印に森のヒトに魔法を教えたんだって。それから森のヒトも魔法を使って長生きする様になって、森の奥に国を作って暮らしていたんだけど、人間は魔法で色々な事ができる森の人が羨ましくなって、森のヒトの国から魔法を盗んじゃったんだ。」
「人間ってロクでもないね。」
羨ましいからって盗むなんて…。
もう一度ナイフを掲げて確認する。刃先に光が反射して眩しい。出来栄えをミル君に見せてみる。頷いてくれる。荒削りはオッケーだ。
これから砥石を変えて仕上げ磨きをする。その後は油を塗って錆びにくくして出来上がりだ。ミル君も仕上げをしながら話を続ける。
「森の人は怒って人間を森の奥の国から追い出してしまうんだ。それでも人間はなんとか魔法を覚えられたのだけど、きちんと教えてもらったわけじゃないから、盗んだ魔法しか使えなかったんだって。」
「それが、属性魔法。火と水と風と土の魔法なんだね。」
少し聞いた事が有る。ドラゴン語を使う魔法。火・水・風・土を出したり操ったりする魔法。森で見せてもらったライターみたいに火を出したりするだけじゃなくて、井戸の水を汲み上げたり、属性を操って形を操作したりすることができる。
まあ、できるといっても丸だったり棒状だったりくらいで、三角とかになると難しい。土の魔法なんかではこの操るという作業が活躍する。欠けたナイフもこれで穴を埋めて修繕できる。それでも直りきらないナイフってどれだけ扱いが悪いんだか。
「うん。他にも使える魔法はいくつかあるけど、それは大昔の聖女様が神様に教えてもらったんだって。」
「神聖魔法。浄化の魔法や治癒の魔法だね。」
ドラゴン語を使わないで記号を使う魔法。
「皆が病気になってしまった時と、火山が噴火して怪我人がたくさんいた時に神様が教えてくれたんだって。でも魔法の使い方は判っても理屈は解らなかったから、人間は聖女様に教えて貰った魔法しか使えなかったんだ。だから人のものを盗んだりしないで教わるときはきちんと相手を敬いましょうって。」
浄化の魔法には常日頃からお世話になっている。治癒の魔法もイザというときにありがたい。
というか免疫なんて無くても浄化の魔法で病気知らずなんだよ、ここの人たち。なにせ習慣のように浄化の魔法を使っている。
外から帰ってきて埃を落とすために浄化の魔法。料理をして食中毒対策に浄化の魔法。トイレの時も浄化の魔法。スラムだろうと浄化の魔法。お風呂が嫌いそうな悪人面の男でさえ浄化の魔法。怪我をしたら治癒の魔法。民間的な医療面では確実に前世より良い。
『基本セット』の祝福に付いていた免疫なんてオマケでも何でもない。役立たずだ。
魔法は来てすぐに教えて貰った。なにせ魔法が使えなければトイレもままならない。ミル君に手取り足取り教えて貰った。ふふ。
トイレはコレットさんに教えて貰ったからね!頑張った!
最初は魔力の操り方を教えて貰った。体内に流れる魔力を感じろ!みたいなやつ。
次に魔力を操作して思い浮かべた魔法陣を瞳に描き出す方法。瞳に魔法陣が映し出されてかっこいい。ま、やり方のコツを掴むまではかなり難しかった。
そして瞳を通して魔力で空中に魔方陣を描く。そうすると魔方陣から効果が出る。これがこの世界の魔法というやつだ。
たくさんの魔力を込めれば効果も強くなる。魔方陣を大きくすれば効果範囲が変わる。
瞳に魔方陣が映るのが綺麗だ。
簡単に言うと、頭に魔法陣を思い浮かべると魔法が発動する。
詠唱とか要らない。
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次回:言語読解と言う『チート』
ミル君が語った昔話を『魔法の始まりの話』として別途掲載しています。
よろしければご覧ください。
読まなくても進行には全く問題はありません。