スライム
--スライム--
あらすじ:イモムシが食べられるようになった。
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篭一杯になっていたミル君の戦利品を、私の篭に移して食後も山菜摘みをした。
私も頑張って少しくらいは貢献できたと思う。具体的には両手の平に1杯くらいかな。3人だと1食分にならないかも?いや、荷物持ちとしてだけでも役に立ったと思いたい。
帰る頃にはミル君はもう1度篭を満たし、罠に掛かったと言うウサギを2羽ぶら下げていた。
おかげで、しばらくは肉入りスープにありつけそうだ。虫入りスープの味も悪くはなかったけど、食事のたびに緊張して疲れそうだし、夕食くらいは気楽に食べたい。さすがミル君。
体力にはまだ余裕があるけれど、そろそろ家に帰らなきゃならない。
野草を取りすぎると次の年に生えて来なくなるし、なにより日のあるうちに帰って収穫物の処理をしなくてはならない。帰りも歩いて1時間。明るい内に処理をしたいと思えば、あまり長く森にはいられない。
明かりの燃料代もバカにならないし、冷蔵保管の道具も無い。その代わりに魔法で食品が長持ちする方法があるのだけど。
この世界ではいろいろな所で魔法が使われている。というか魔法が使えないと生活ができない。
水を汲むのも、火を点けるのも、味付けするのも魔法でできる。今日はデモンストレーションという事でミル君が魔道具を使ってくれたけど、ホントは全部魔法でできる。
魔法でできることを、わざわざ魔道具にするのは魔法が使えない小さな子供のためや、魔力を使いすぎた時のためという役割が強い。
顔を洗うのも、洋服を洗うのも、トイレを使った後も魔法で処理する。料理をする時も、夜の明かりを点ける時も、暖炉に火を入れるのも魔法の火で点ける。
電気・水道・ガスすべてが魔法で賄われる。
インフラが使えない山の中で生活することを、考えてみたらわかると思うけど、魔法の使えない今の私には何もできない。誰だよ、魔法が使えるって言ったのは!練習したら使えるようになるってことじゃないか!
井戸に水を汲みに行けば釣瓶も無いし、薪に火を着けといてくれと言われてもマッチも無い。玄関掃除には風の魔法が使われていて、壁の補修には土の魔法が使われる。
そんな私は魔法を使わないで済む所でも役に立たない。
例えば店番をするとしよう。お客さんが入ってきて商品を選んで会計をする。ただそれだけが出来ない。
バーコードなんて贅沢は言わない。値札を付けてくれ。そう、店の商品には値札がない。なぜなら紙は高いものだから。
木切れでもなんでも代用しようと思うけど、その木切れも高かった。木を薄くスライスするのって難しいのね。自分でも試した。そんなワケで店の商品の値段はすべて記憶だより。メモもできない。
例えばお使いに行くとしよう。コレットさんに道を尋ねても理解ができなかったのでミル君に教えてもらって街に出た。
パン屋を右に曲がって…って所でつまづいた。パン屋の看板だと思ったものが洋服屋さんだった。洋服屋ならショーウインドウを付けておいてくれ。確かに『猫の帽子屋』の看板だって猫が帽子をかぶっているから帽子屋と思えるけどさ。
そして見事に道を間違えた私はスラム街の様な殺風景な場所に出た。泣きそうになった。人相の悪いオジさんの集団とすれ違う。洩らさなかった。
帰りの遅い私を探しに来たミル君に見つけてもらって帰れた。彼を見つけて抱き付いてやっと落ち着いた。夕日が眩しかったのを覚えている。涙なんて滲んでなかったと思いたい。
次の日にミル君に手を引かれて目的のお店まで行ったけど、商品がわからない。店の商品に値札が無いってことは商品名を書いてあるものも無いってワケで…。
どれだよ!テミノリスの背油って!
私の『はじめてのおつかい』は失敗に終わった。アマネちゃん16歳、おつかい失敗!
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さすがにミル君と始終一緒にいるので会話が途切れた。暗い思い出を思い出しながら明るい森をトコトコと歩いて帰る。ミル君はなんでも知っている。そして私が転ばないように彼が手を引いてエスコートしてくれる。
彼は10歳。6歳の年の差。射程範囲だよね?
ドサッ
「きゃっ!」
木の上から何かが落ちてきた。
良く見ると半透明なソレは不定形に蠢いている。スライムだ。某国民的なRPGに出てくような愛らしい顔はしていなくてアメーバな形をして蠢いている。
実は、初めて見るわけではない。
お家にいらっしゃるのだ。
トイレに。ゴミ箱に。スライムが。
スライムはなんでも食べる森の掃除屋さんで、人間のモノや残飯などのゴミも処理してくれる。微生物が大型化したものと言えば解りやすいだろうか。お陰でトイレも清潔だ。
スライムが食べたモノは魔素と呼ばれるモノと水として排泄されるらしい。スライムの出した水はそのままでは飲めない。むしろ飲みたく無いモノだけど。だけどその水には植物の成長を助ける効果が有るらしい。要するに液体肥料が排泄されているという事だと思う。
ミル君はスライムを見ると
「森の恵が増えますように」
と、簡単な祈りを捧げて迂回して通る。私も同じ様に祈ってから、ふと考えてしまった。100万回祈られて神になるのなら、スライムの神様も居るのだろうか?
ドサッ
「きゃっ」
また降ってきた。
森に来る時はスライムに会わなかったから、夕方にスライムは降りやすいのかと思って見てみると、トグロを巻いて威嚇している蛇がいた。
シャー!
「キャーッ」
腰が抜けた。
「アマネェちゃん。大丈夫。ただの蛇だよ。」
「普通の蛇は1メートルも無い!!」
日本では普通の蛇すら動物園でしか見たこと無い。1メートルあったかも知れないけど、知ったこっちゃ無い。
パニックになっている私をよそに、ミル君は木の枝で蛇の頭を押さえてあっという間に捕まえてしまった。
今晩のオカズになるらしい。
素晴らしくいい笑顔だ。紫の瞳がキラキラ光っている。
ウサギを食べる事にも抵抗が有るのに、蛇なんてっ!
ミル君との生活を想いそっと首を振る。
無いわ~。
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次回:魔法を使わなきゃならない『いちにち』