森の恵み
--森の恵み--
あらすじ:伝説の聖獣は居なかった。
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召喚されてからしばらくして、私は森へとやって来た。
武器屋の長男ミル君と一緒に。独人じゃ来れないわよ。
ミル君はキラキラ好奇心の旺盛な紫の瞳と、ちょっとワイルドな濃紺の髪を持った男の子だ。10歳。かわいい。
学校なんてない世界で、普段は店番をしながら武器の扱いやお金の計算を勉強している。けなげ。
女神様の祝福が有っても一般人以下だった私の世話を、甲斐甲斐しくしてくれる。結婚シテクダサイ。
いや、ショタコンでは無いけれど。絶対に違うと思うけど。そのくらい私は打ちひしがれていた。
あの後、なんやかやと誤魔化した女神様はそそくさと逃げていった。逃げ足は早かったよ。一瞬だ。武器屋の未亡人のコレットさん(26)に店に置いてもらえなかったら、私は路頭に迷っていただろうに。
行く当てもない私に未亡人のコレットさんは優しくしてくれて、空いている部屋と布団を貸してくれた。本当の女神様はここにいた。亡くなった旦那さんの布団を死守する姿がすごく可愛かった。
バイトの経験など無くても何とかなると思い、お店の手伝いを始めたのだけど、早々に挫折した。武器の知識なんて無いし、手入れの仕方なんて知らない。それに客が来ない!
コレットさん目当ての冒険者は時々来るけど、私は見向きもされない。それにコレットさんとミル君で十分お店は回ってしまう。もともと2人でガンバっていたんだしね。
そして、買い物を頼まれても買うべき品物が解らない。お使いを頼まれても近所の地理が解らない。この世界の常識が無い。私の常識は通用しない。
女神様から貰った『基本セット』は、この世界の人ならば誰でも出来る事だった。言葉なんて誰でも話せるし、免疫なんて普通に持っているよね。
『女神の勇者』の祝福だって言ってた交信もだって、祭壇らしきモノを作って祈っても、女神さまからの返事はない。既読スルーか留守電か!?音信不通のままだ。
『武器屋の勇者』の祝福に至っては収入が少ないので調べようもない。レベルって何?誰に聞いても解らない。そもそもレベルの概念がこの世界には無いんだけど!
女神様の加護は役に立たない。
結果、勇者どころか足手まといの無駄飯喰らいができあがった。この世界では奴隷商か娼館にでも売り飛ばされてもしょうがないらしい。不要な食い扶持はリサイクルに出すのだ。少額のお金でも貧乏人には生き延びる糧になる。その方が役に立つと思われるかもしれない。
そんな私の救世主がミル君だった。
彼はコレットさんがお客さんの相手をしている間に、武器の手入れを教えてくれたり、市場で買い物をしながら品物の名前とか値段とか色々と教えてくれたり、迷子になった涙目の私を探してくれたり。
惚れても仕方ないと思う。
惚れてないけどっ!
まだだ、まだ大丈夫!
話を戻して、森に来たのは理由がある。
あてどない女神様に祈るくらい貧窮していたコレットさん親子。普通なら武器の神様とか商売の神様に祈ったりすると思うけど、魔道具の女神様なんてモノに頼るくらいお金が無い。その上、無駄飯喰らいが増えた。当然、食べ物がない。
2週間前に焼いた黒パンと具の無い塩スープのみの食事はもう嫌です。
今日は森の恵を探しに来たのです。
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朝早くから街を出て、森までは1時間ほどで到着した。もちろん徒歩で。
森には木こりの人がそれなりに居るので比較的安全で、10歳のミル君でも独りで来る事が出来る。
比較的って言うのはダンジョンと比べてだ。
街の近くにあるダンジョンには12歳から入れるらしい。ダンジョンと共にある街と言うだけあってダンジョンに行った方が実入りが良いらしいど、10歳のミル君には入れない。コレットさんは店番をしているので入れない。
そもそもコレットさんは人に教えるのが絶望的に下手だった。のほほんとしたコレットさんと二人きりでダンジョンに入るなんて考えられない。危険が去ってから注意されるとか有り得そう。
ホント、ミル君がいて助かった。
雪が解けてきた今の季節は、新芽が出てきていて山菜採りには絶好の時期らしい。
ミル君は私が来る前から良く森へ来ていたようだ。伊達に貧乏していないよね。元の世界で山菜なんて採りに行ったことなんて無いけど、ミル君に教えてもらえば大丈夫だろう。
森歩き用に制服を脱いでTHE・村娘Aと言った服に着替えた。あちこち皮でツギハギした茶色の長袖に皮のロングスカート、その上にさらに毛皮を巻いている。
私が着ていた制服は上等な部類になるらしいので、汚れないようにとコレットさんが貸してくれた。茶色は汚れが目立たない。毛皮のおかげでお尻もあったかいし、土に座っても汚れが落ちやすい。
山菜採り用にナイフと背負い篭も持たせてもらった。
森に入ってしばらく、ミル君が採ってくれた数種類の山菜を片手に同じものを探す。マジで村娘だ。
虫に刺される。痒い。
草が生えているけど雑草にしか見えない。
収穫はない。
これじゃ村娘にも成れてない。
涙が出そう。
私の収穫はほとんど無いまま、真上にお日様が来る前に、お昼ご飯にする事になってしまった。ミル君が手早く石で竈を作って、薪を積んでライターの様なものを取り出す。
「んじゃ、火をつけるね。」
そう、このライターみたいな物が魔道具なのだ。火の魔道具。いつもは魔法を使うらしいけど、今日は魔道具を初めて見た私にデモンストレーションしてくれる。ライターみたいな魔道具に火がポワっと点く。
鍋を竈にかけ、火の魔道具とは別のライターみたいなものを作動させる。水の魔道具。水がジョバジョバ出てくる。お湯が沸いたら先ほど採取した山菜とかを入れ、更に違うライターを近づける。土の魔道具。塩が出てくる。
あぁ、具の入ったスープだぁ~。塩スープじゃない!
…だから、ねぇ、やめよ。
「スープだけでご馳走だよ。」
ミル君に言ってみる。
彼は黙々と串を削っている。
「おねぇちゃん、スープとパンだけで十分かな~。」
ミル君の手は止まらない。
「そう?美味しいよ?」
彼は不思議そうに見つめてくる。
そして、ツプッと手に持ったソレを串に刺した。
そう、イモムシを。
丸くなったそれらを4匹刺した串を2本、火にかける。
自分の顔から血の気が引いて行くのがわかる。
実はスープにも小さなのを入れていた。目をつぶって誤魔化して飲み干すつもりだったのだけど、さすがにカブトムシの幼虫みたいな大きさのイモムシは誤魔化し切れない。
しかも、4匹。串刺し。
「美味しいから、食べてみて」
仕上げに土の魔道具で塩をかけた串焼きを、ミル君が天使スマイルで渡してくれた。
「今の時期が1番美味しいんだよ。もうすぐサナギになってしまうからね。」
今日だけのご馳走らしい。それに彼の好意だ。情けないけど無駄飯喰らいに食べ物を選ぶ権利なんてない。
ひきつる頬を無理やり動かして口に入れる。覚悟を決めて噛み締める。
「あ、美味しい。」
ちょっぴり皮が固いけど、クリーミーで、確かな甘味を感じる。
「木の樹液ばかり食べているヤツは旨いんだ。」
ミル君はそう言うと、ペッとイモムシの頭を吐き出す。私も真似てペッとするけど上手くいかずにダランと唾とイモムシの頭が口から垂れてしまった。
ミル君は「しょうがないな~。」と言って大きめの葉っぱで私の口元を拭いてくれる。
まだだ、まだ大丈夫だ。まだ恋じゃない。
ついでに、スープもイモムシのダシが出ていて美味しかったです。ハイ。
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次回:『スライム』に祈りを。