賢女
--賢女--
あらすじ:パン屋さんに丸投げした。
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「こんにちわ。『猫の帽子屋』のアマネと申しますが。」
今度来たのは加治屋さんだった。コレットさんも仕入れや、商品の手入れでお世話になっている『炎の剣工房』さんだ。代々続く老舗らしい。
『猫の帽子屋』は武器屋なので多くの鍛冶屋さんと取引が有る。そんなひとつだ。老舗とはいえ大きな工房ではなく、剣を作る合間に鍋やフライパンも作っている。
工房に入ると右手に仕上がった品々が置いてある。剣と槍の間に鍋が置いてある不思議。そして左手には金属の製品だったもの、つまり屑鉄の山が出来ている。廃品回収した金属を溶かして鍋やフライパンを作ってるのに使われる。
入り口なのに倉庫のような風体だね。まぁ、重い金属を扱っているから運搬が楽なようにしているだけなんだろうけど。
今日はこの工房の親方から呼び出しを受けた。
普段はコレットさんが1人で商談に来る。『猫の帽子屋』では新しい剣や槍が買えるという事も少なかったので彼女だけで事足りるしね。
良く買っているのは鏃。矢の先の突き刺さる部分。それに竹の棒と矢羽根を組み合わせて矢を作る。革ひも編み同様、店番の時の内職のひとつだ。
以前この工房に来たときは、廃品回収の荷物持ちとして来て、コレットさんが取引しているのを横で聞いていただけだ。
なので、コレットさんじゃなくて私が呼ばれる理由が解らない。
若い職人さんが、奥に親方を呼びに行ってくれる。トンテンカン。トンテンカン。と鳴っていた金槌の音が止まるとじゅわっと金属の焼けた匂いとでも言うのだろうか独特の匂いがしてくる。
金属を鍛えている最中に途中で止めても大丈夫なんのだろうか。
『炎の剣工房』の親方さんは茶色い髭がモジャモジャだ。ゴルドさんと言う。
「おお、来たか『7歳児に負ける賢女』」
「負けてません!」
「負けたのだろう?剣術で。」
7歳のマイケル君に模擬戦で負けた事は有るけど、力で負けたのであって、けっして知能でじゃ無い。この髭モジャおじさんの言葉だと、7歳児に知能で負けた様ではないか。
「てか、賢女って何ですか?」
「サイモンが言ってたぞ、頭が良く変な知識を知っている女がいると。」
「変なって…。」
サイモンさんは木工屋『山鹿の角工房』の親方さんだ。この間ワゴンを注文してきた。どちらかと言うと体を動かしている方が好きな私は、テストの成績はよろしく無かったのだけど、この世界では違ったようで良かった。
それにしても、賢女って…聞いたことも無い称号だけど。そして知識チートは上手くいってないけど。
「そんなことより、この前サイモンに言っていたスプリングってヤツを教えてくれ。」
ああ、ワゴンの運搬中に商品が跳ねない様に出来ないかと相談したのだっけ。サイモンさんには却下されてしまっていたけど。板バネなら作れるんじゃないかと、しつこく聞いてみたんだけど。
板バネって金属の板を張り付けるだけでしょ?できるんじゃないのかな?
とりあえず、呼び出された理由は解った。
「スプリングって言うのは、金属の棒をくるくる巻いたモノなんですけど。」
渦巻き型のスプリングを説明する為に、指先をクルクルさせてジェスチャーしてみる。
「まったくわからん。まぁ、座れ。」
難しい顔をしたまま席を勧めてくれる。
「余った針金とか無いですか?」
針金を借りて実際に作って見せようと思ったら、太い針金を出された。手で曲げて説明しようと思ったけど全然曲がりそうにない。
あいにくとそれより細い針金も無かったので辺りを見回してロープを見つけると商品のメイスの柄に巻き付けながら説明してみる。
「こんな風に丸い金属の棒をクルクルと巻いて、中の棒を抜いた感じの形なんですけど。この金属の棒がびょんびょんってクッションになるんです。」
そう言ってロープを動かす。
「ん~、金属が動くのか?カテェぞ。」
「十分な力が掛ければ縮まります。手を離せば弾性で元に戻ります。」
「弾性ってなんだ?戻る力か。確かに鉄を叩いた時に戻るな。棒は丸く均一にしなきゃならないのか?無理だろ、どうやって?曲げるときは?」
矢継ぎ早に質問される。教科書に1ページも無かったうろ覚えの知識を思い出して、しどろもどろする。
「確か、金属をドロドロに溶かしておいて、金型を通して均一の力をかけて引っ張ると、ずっと金型の断面と同じ形と出てくる。…みたいな。」
説明はしてみる物の、合っているかは不安になる。
「いや、それだと溶かした金属と金型が溶けてくっついてしまわないのか?」
「え?そうですね。違う金属を使っているとか?」
「いや、聞かれても知らねーよ。鉄の金型を作って銅を流し込んでやればいいのか?」
「鉄の方がバネとして優秀なんじゃないですか?銅は柔らかいって聞いたことありますし。バネには不向きなんじゃないですか?」
「だから!同じ金属だと溶けるんじゃないか?」
作れない事が判明した。
次に板バネの説明をした。やっぱり作るのは難しそうだ。
軽いワゴンに合いそうな均一な薄い平板を作る技術が無いのだ。どうしても薄いノートくらいの厚さになっちゃうらしい。
例え板バネが出来ても、どの程度の材料と厚みで、どの程度の効果が有るのかが解らないので、試行錯誤するのにも、どのくらい時間がかかるかわからないのだ。
平板自体は溶かした鉄をダバーと鋳型に流し込めば出来るけれど、薄くなるとムラが出来てしまうし、叩いて強度を上げようとすると均一にはならないらしい。
結局、木工屋のサイモンさんの所にバネの部分の再検討をするために再びワゴンの打ち合わせに行くことになった。
ワゴンの容量を犠牲にして竹や皮のクッションを入れる事になった。
知識チート難しい。
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次回:ミル君の『胃袋を掴もう』




