増産
--増産--
あらすじ:木工屋さんに気に入られた。
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木工屋『山鹿の角工房』に行って、森の恵を取りに行く日を挟んで、次は人手を確保しに行こうと思う。
「こんにちわ、『猫の帽子屋』のアマネです。」
お店に入るとゴリゴリと言う音と小麦の香りがした。お店の中が空だったので、奥に向かって呼び掛けてみる。午後も過ぎるとパン屋は次の日の仕込みに入る。きっと今は石臼で小麦を挽いているのだろう。
「いらっしゃい。アマネちゃん。」
奥さんが出てきてくれた。
「旦那さんいらっしゃいますか?」
待っててねと、奥さんは工房の方へ行ってしまった。
ここは、パン屋『さすらわない雲亭』
ホットドッグに使うパンは『猫の帽子屋』では賄えなくなったので、最近はここで仕入れている。自分でパンを焼く回数を増やすのは手間だし、燃料費もかかってしまう。パンの数と薪の量が釣り合わない。
毎日パンを大量に買っているからお得意さんになった。だけどこのお店は独自の商品を売ろうとしているライバル店でもある。
「いらっしゃい。アマネちゃん。今日も40個でいいかい?」
優しい感じの店長、アズリさんだ。毎日パンを捏ねているだけあってかなり筋肉質だけど、冒険者の荒々しい筋肉と違って見える。何が違うのかわからないし、きっと解っても良いことは無い。
「ええ、40個。それと、相談なんですけど。」
「また、数を増やすのかい?良く売れるね。羨ましいよ。とりあえず、座って。」
店の隅のテーブルに案内される。テーブルの上にはすでにパンが用意されていた。毎日焼いているパンはそれだけで美味しい。31個はホットドック用。9個は私たちが食べる分。
「ええ、増やそうと思います。最近は職人街の若手さんも買って行ってくれるようになったんです。それで、お客さんが増えたのに商品が足りないんです。でも、私ひとりじゃ手が足りないので…。」
旦那さんの顔を覗き込んでみる。静かな笑顔のままだ。ライバル商品を作ろうとしている旦那さんに手助けを求めるのは少し心苦しいけど、思い切って言葉を繋げた。
「人手と場所を貸して欲しいんです。」
「それをウチに提供して欲しいと?」
「はい。売り子は引き続き私がやるので、パンに挟んでホットドッグを作るのを手伝って欲しいんです。あと、『猫の帽子屋』のキッチンじゃ狭いので、ここの机を貸して貰えたら嬉しいのですけど。」
工房まで入るのは、さすがに躊躇われた。
ケチャップやカラシ菜の塩漬けを『猫の帽子屋』で作って、切る工程と挟む工程だけを『さすらわない雲亭』でやる作戦だった。もちろんレシピを隠すために。
アズリさんは少し悩んで、
「まるっとウチに任せて貰えないか?あのソースを含めてね。鍋を持ってくるのも手間だろう?」
ケチャップはウチの生命線だ。いや、料理屋からすれば、レシピは命だ。
悩む、フリをする。
だって私は料理屋じゃないしね。当面は金貨10枚を手に入れるのが目的で、その後は魔道具作りもしなくちゃならない。いざとなったら他の料理を再現してみれば良い。資金が有れば完全再現までいかなくても何とかなるんじゃないかな。
だから、もう少し悩むフリをして条件を吊り上げよう。
「ここなら、ウチの子供達も全員手伝えるし、ソースも空いている時間に作れる。竈も大きいのがあるし貯蔵庫も大きい。『猫の帽子屋』では揃えられないだろう?」
もちろん知っている。どう考えたって、武器屋のキッチンでは太刀打ちでいないし、4人も子供たちが居るので戦力としては十分だろう。知っているから、この『さすらわない雲亭』に助けを求めに来たんだ。
だけど難しい顔は続けておいてもう少し渋って見せる。どうせなら条件を引き上げたいじゃない。
「あのレシピを作るのに結構苦労したんです。」
「頼む。娘に良いもの持たせて嫁がせてやりたいんだ。」
いきなり泣き落としされた。
井戸端でミル君に聞いた、涙なしには語れないパン屋の娘の話が思い出される。ここの娘さんだ。まぁ、絆されたわけじゃないけど、すでに相手の手札は無いように思える。
「ふぅ、良いですよ。レシピを教えますよ。ただし、売り子は私にさせてください。」
もったいぶって、ため息をついた後に返事をした。仕方なく、というスタンスが大事だ。
「ありがとう。でも、なんで売り子をやりたがるんだい?」
「ポーションとか雑貨も売りたいんですよ。『猫の帽子屋』の良い宣伝になるんです。もう商品を乗せるワゴンも頼んでしまっているって理由もありますけどね。」
朝のホットドック売りで『猫の帽子屋』の商品も売って宣伝をしている。せっかくの看板娘だしね。看板を背負うようになって、少しだけど『猫の帽子屋』のお店にもお客さんは増えた。お客さんが看板を見て訪ねてくれる。
もっとお客さんを『猫の帽子屋』に誘導できれば、きっと売り上げも増えるだろう。
女神様は『猫の帽子屋』を救って欲しいと言っていた。それを蔑ろには出来ないし、将来はミル君が継ぐだろうお店だ。私がお嫁さんになれれば…うふふ。
「解った。ウチとしても朝は忙しいから、売りの子の件はありがたい。そうだ!ウチの店にもホットドックを置いても構わないだろう?売り上げの一部を『猫の帽子屋』に納めるからさ。」
値段の交渉をして、お店に置くホットドッグの場所に『猫の帽子屋』の看板を置かせて貰える事になった。看板増殖。
ダンジョン前で売っているものと同じ物だというアピールだ。ビニール袋が有るわけじゃ無いしね。
それに冒険者に売るわけじゃないから、『猫の帽子屋』にお客さんが増えないかもしれないけど、『野球場のスポンサーの看板』程度の知名度でも増やしておきたい。
自分から調べたりはしないけど、見かけたら少し気になる。見たことが有る看板に安心する。それだけでも、武器と言う命を賭けるものに少しでも信頼感を持たせられる事は、強みになるかも知れない。
もしかすると、奥さんがご近所さんで集まってダンジョンに行く世界なので、思った以上の宣伝効果が有るかもしれない。
もちろん、パン屋さんに置くホットドッグからも利益が出るようにしてもらった。当たり前だ。
パン屋さんが介入するので手取りは落ちるかと思ったけど、全体の数が増えるので儲けはさほど減らなかった。というか増えた。
ついでに新しいレシピをちらつかせておいた。エサをぶら下げておいた方がもっと協力を得られるかもしれないよね。伏線は大事。
特許権なんて無いので、どのように裏切られるかわからない。もちろん正式な書面とかも用意するけど。私もミル君と勉強しているのだよ~。ふふん。
元々ホットドッグ作りは長くやる気もなかった。魔道具の授業料、金貨10枚を稼ぐ事が大事。最終的な目的は『猫の帽子屋』の拡大。魔道具を作って売る事。ミル君のためだ。
待っててね、ミル君。
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次回:『賢女』なんて呼ばないで。




