ワゴン
--ワゴン--
あらすじ:看板娘になった。文字通り。
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ホットドッグ屋の問題は3つある。
1.真似される恐れがある。
2.カラシ菜の入手が安定しない。
3.販売数が少ない。
1.真似されるのは仕方ない。実際、仕入れをしているパン屋さんが試作して売り出そうとしている。
2.森で採取してきたカラシ菜。当然時期が過ぎれば採れなくなる。ダンジョンにも生えているのだけど、そのダンジョンに行けない。
3.手提げ篭にホットドッグを入れて運んでいるので、もう持てない。最近はポーションとか薬草とかの雑貨も背負い篭に入れている。しんどい。
それに調理にも人手を増やさないと数が作れない。これ以上1人で作るとなると大変だ。コレットさんやミル君に頼むと武器屋の方に影響が出てしまう。
でも、最近は若手の職人さんたちがダンジョン前までやって来て買ってくれるので売り切れてくれている。ありがたいことだし売れ残る様に作る気は無いけど、売り切れを告げるのは心が痛む。
伝説の購買の焼きそばパンが買えなかった学生ってあんな感じだろうか。結構悔しがってくれる。
これから冬になって半農冒険者の人達が街に来れば商機も増える。ダンジョン前に来るお客さんが増える。今の内に手伝ってもらえる人の伝手くらいは作っておきたい。
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「こんにちわ~!」
最初に訪れたのは木工屋さん。ギコギコ木を切って家具を作っている。最近よくホットドッグを買いに来る、若手職人のケント君(14)が働くお店。ケント君は少し遠くの村から修行に来ている。中2病が似合いそうな子だ。
中には筋肉隆々のオジさんがいた。顔中にシワがある。
「何の用だ?」
ミル君には「いらっしゃいませ。」を必ず言う様に言っておこうと心の中で誓い、笑顔で挨拶する。冒険者のオジサン相手に商売する事に慣れたからか思ったほど怖くない。
「こんにちわ、ケント君の紹介で伺いました、『猫の帽子屋』のアマネと申します。」
「ああ、お嬢ちゃんがホットドッグの。ケントがたまに買ってきているヤツだな。今日は何用だ?」
「手押し車か屋台の小さいのがないか、伺いに来ました。」
「おーい母ちゃん、客だ。それで、屋台の小さいのってのは何だ?普通の大きさじゃダメなのか?」
手押し車のイメージとしては、中世ヨーロッパの花売りの娘が押しているようなワゴンだ。もしくはメイドさんが給仕に使うワゴンを屋外用に改造したものでも良いかな。
手にもって運ぶのが大変ならワゴンを使って売れば良い。移動販売車みたいな物が有れば一番良いけど。まぁ、馬とかロバとか『猫の帽子屋』には居ないので、人力で運ぶことは変わらないので大変だろうけど。
「私には力が無いので、普通の屋台だと引けないと思うんですよ。もし有れば試してみたいですけど?」
「はっはっは、確かに。7才の子に負けたんだってな。まぁ、座ってくれ。」
大声で笑われた。今では7才のマイケル君には勝てるよ!7勝12敗中だ。
小さな休憩室みたいな場所に無造作にテーブルが置かれている。お客様をもてなす気のない飾り気のない椅子に案内された。
「こんなイメージの物を作って欲しいのですけど。」
無理矢理笑顔を作りながら木の板を取り出す。ミル君相手に説明をシミュレーションした時は全然伝わらなかったので絵を書いて説明できるようにして来た。
木切れに木炭でワゴンの立体図を書いておいて、あちこちに注釈を入れておいた。
「ほぉ、上手な絵だな。悪いがオレは字が読めないんだ。読んでくれ。」
識字率は高くないのでしょうがない。注釈は私が説明を忘れないようにするために書いてある。
この人も読み書きできないようだし、ミル君も勉強中だ。先生は私。カッコイイ私。私はこちらの世界の言葉で喋っているし、こちらの字も書けるので教えるのも問題ない。
女神様の基本セットクオリティなので万全じゃないみたいで、たまに元の世界の言葉で喋っている。なんでだろう?
とにかく、ワゴンの説明を始めることにした。
「車輪は大きいのが2つと小さいのが2つにして、移動は大きい車輪を主に使う感じで…」
「なるほどそうすれば小回りが効くな、しかしバランスを考えると…」
「車軸にスプリングを付けてクッションに…」
「車軸には、むぅ、難しいな、こことかならどうだろう…」
「ここと、ここは引き出しにして、雑貨が積めるように…」
「引き出しにすると重たくなるぞ。嬢ちゃんが引けなくなる…」
「雨の時はここに蝋を塗った布がかけられるように…」
「蝋だと割れるから、柿渋とか他の防水布の方が…」
白熱する話し合いの中、かなりダメ出しされた。
途中、奥さんがお茶を入れてくれた。2回も。かなり長く居座ってしまっているようだ。奥さんが凄く嬉しそうだった。ナンデ?
「よし、解った。希望通りに作れるか分からないがやってみよう。」
「それで、代金なのですが。」
「あ~、そうだな。こんなもんでどうだ?」
かなり、安い。んじゃないかな。ミル君の予想よりは安い。
「おおむね材料費だ。その代わり、今日のアイディアを使わせて貰えないか?使わなかったものも含めてな。面白そうだから作ってみたい。」
アイディアを買い取った形にしてくれるらしい。大したアイディアを出した覚えはないし、どうせ木工はできない。試行錯誤するのも面倒だし、何より安くなるなら、オーケーしようと思う…だけど、
「だったら、この値段でどうですか?」
値引き交渉として3割引いてみた。ダメ元だから1割でも引いてくれれば御の字くらいの気持ちだった。最初の提示額自体がかなり安くしてくれているみたいだし。
「ははっははははっははははは!」
大笑いされた。やっぱりダメだったかな?
「っくく。しっかりしてやがるし、計算も見事だ。早いな。字も間違っちゃいねぇ。説明も分かりやすい、何しろ絵が良い。」
このオジさんは本当は字が読めてたのだろうか?口ぶりからすると計算も文字も、かなりできるような気がするけど。
私より早く計算できていないと、こうは言えないと思う。
「『山鹿の角工房』のサイモンだ。」
いきなり自己紹介された。なんで今更?
「どうだ?ウチで働かないか?うちの商品の絵を書いて客と交渉してくれれば良いさ。」
いきなりヘッドハンティングされた。
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丁寧にお断りさせて頂いた。
とりあえず、『猫の帽子屋』を繁盛させないと、レベルが上がらず7才のマイケル君に勝てないし、ダンジョンにも入れない。なにより『山鹿の角工房』には、ミル君が居ない。
それでも3割引の値段で引き受けてくれた。サイモンさんの奥さんの目が笑っていなかったけど。大丈夫だろうか?
帰る頃にはすっかり夕暮れになっていた。
「カラスが鳴くからか~えろっ。」
何となく悔しくなったので、独りごちた。
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次回:ホットドックを『増産』しよう。




