天然酵母
--天然酵母--
あらすじ:虫除けなんて要らなかった。
--------------------------------------------------
こんなこともあろうかと、もうひとつ仕込んでおいた。
『猫の帽子屋』から追い出されたら、野垂れて死ぬので必死にもなる。
天然酵母。
ドライイーストで作るパンとは違い、ふっくらモチモチ。酵母の素材の風味がパンに付いて甘くなる。つまり、美味しい。
ふふ、黒パンとは違うのだよ、黒パンとは。
これで私の食生活にも変化が起こるはず。少し酸っぱくなった硬いパンばかりなので、たまには柔らかいおいしいパンが食べたい!頼むよ、うろ覚え知識!
美味しいパンを作ることが出来れば売れるかもしれないし、美味しいパンを食べれば元気も出るさ!
ちなみに、こちらのパンはパン種、つまり前回使ったパン生地を少し残しておいて、小麦粉に混ぜて膨らませる。2週間に1度ほどコレットさんが公共の窯で焼いてくる。
天然酵母の作り方は簡単。
清潔なビンに果物などを入れ、水で満たすだけ。それを冷暗所で保管しておけば発酵を促す菌が繁殖して酵母になる。ハズだ。
食卓に出てくる貴重な甘味の果物は惜しいけど、これで美味しいパンになるならばガマンできる!して見せる!
--------------------------------------------------
ミル君と森に行って果物を探す。
少し暖かくなってきたけど、まだ花の季節。果実にまでなっていないものが多い。ベリー系がちらほらとあるのがありがたいね。
赤く実って見つけやすいベリーを食べたいのを我慢して、潰れたら嫌なのでわざわざ用意した柔らかい布に摘んでいく。甘酸っぱい香りがするぅ。美味しそうだけど、我慢。
瓶は無いので壺に入れる。ちょっと大き目しか無かった。その内この壺を一杯に出来ればいいな。この壺一杯の天然酵母で作るたくさんの柔らかいパン。夢が広がるね。
ベリーを洗って水と一緒に壺に入れる。配分は知らないので適当。あまり水が多いのもどうかと思ってひたひたになる程度にしておいた。
壺が大きかったので水を入れても半分にもなっていない。壺を覗くとぷかぷかとベリーが浮いている。かわいい。
これが美味しいパンになってくれると思うととても愛おしい。
そして冷暗所。キッチンはリビングと繋がっていて暖かいので工房の倉庫の暗がりに入れておく。これでしばらく待てば天然酵母菌が増殖して醗酵して炭酸ガスが出てくるとかだったハズだ。
ウキウキ、ワクワク。待ち遠しい。
二週間後…見事にカビていた。
--------------------------------------------------
カビたり、腐ったり、水没したりと、失敗を繰り返した天然酵母作り。
失敗する事11回。
12回目の挑戦。
果物だけを浄化の魔法を掛けた後、空気中で放置して酵母菌を取り付かせる。壺と水も徹底除菌。空気も入らない様にして、さらに除菌。空気も除菌。風も除菌してやる!ちくしょう!
壺も小さいものを粘土から作ってやった。4回目の時に。適当な粘土を形にして、不格好でも構わない。暖炉の薪と一緒に焼いて縄文土器を作った。縄目は無いけど。
安置所も倉庫の中から、庭の木陰の風通しの良いところに変更している。更に、ミル君に手伝ってもらって土を掘って涼しい環境にして、雨避けをかけて、排水路を作る。9回目の挑戦の時水没したんだよ!
やっと醗酵して炭酸が出てきたと思ったら、パン焼きタイミングに合わなかった。
発酵し過ぎた。また腐った。
再トライ。
--------------------------------------------------
そして今日、13回目の挑戦。やっとパンを焼くことが出来る。
やっと成功した。
やっと果物が食べられる。
体が甘味を欲している。
パンを焼くには多くの薪が必要なので、まとめて焼く事になる。だから2週間前に焼いたパンとか食卓に普通に出てくる。お店で買えればいいんだけど。節約だね。
コレットさんにパンの材料を分けて貰う、ライ麦?小麦じゃないんだ。
天然酵母の量が解らないから、量を変えて三種類作る。
一次発酵を終え、切り分けて二次発酵。各々4個に切り分けて形を整え目印を付けてコレットさんのパンの片隅で焼成。
やっと出来た~!
長かった、苦しかった。失敗続きだった。喜びもひとしおに、いざ、実食!
そんなに美味しく無かったです。
--------------------------------------------------
失敗の原因を探そう。
幸いにして夏に入り日が長くなっても、灯りを点けないこの街の夜は長い。
初夏の風が気持ちいい。虫の音が聴こえる。
何度、こんな夜を迎えたか。
パンだけで13回目。
雨じゃなくて良かった。
失敗の原因は解っている。
材料の選別だ。
ライ麦。
小麦と良く似た雑草。
いや、雑草は言い過ぎか。
山の恵の果物。
木苺や赤い粒みたいな実。
甘さが足りない。風味が無い。
糖分が少ないから糖分を分解する微生物が着きにくい。
ライ麦の香りと酸味に酵母の味が消えてしまった。
逆にライ麦の味がボケて香ばしさが無くなってしまった。
天然酵母は液体なので、水分が多すぎたかも。フワフワにはならなかった。
麦と果物を変えれば解決しそうだ。本当に?
混ぜる時に水分を減らせばどうだろう?
問題は資金だ。金だ。
有り合わせのモノで作った今回と違い、市場で選んで買わなければならない。
割合も変えて試してみないと美味しいものになるかわからない。
薪を節約するために一度にたくさん焼く。今回はそれに便乗した。
だけど美味しいパンは日持ちしないハズだ。水分が多いから。
日が経てば水分が跳んでパサパサになり、カビが生えて腐る。
毎日焼くには窯が必要だ。
このまま続けられるのか?
撤退だ。
こんな日は雨が降っていれば良かったのに。
夜が短ければ良かったのに。
--------------------------------------------------
次回:『ホットドック』を売りに行こう!




