5
今日も今日とて、とりあえず逃げている。
唯一ある俺の逃走スキルが成長することだろう。
俺たちが逃げている相手はゴブリン五匹。
俺の横には俺の仲間、剣一姫、フィリー・ラポーズ、古場佐々子の三人が並走している。
「佐々子がアホなのが悪い!」
「佐々子は悪うない!」
斥候役の佐々子のドジでゴブリンに見つかってしまったのだ。
「見つけたら黙って戻って来いよ! 何が『おったでー』なんだよ!」
「言われたとおりにしただけやん! 教えろ言うたやん!」
「しかも逃げるなら別の方向へ逃げろよ! 何で連れてくるんだよ!」
「旅は道連れ、世は情けっちゅうやろ! うちら仲間やろ!」
「漫才はいいから逃げるのじゃ!」
「死にたいデスか、早く逃げるデス」
死にたくないから、必死に逃げましたとも。
そもそも、このパーティは俺以外の戦力が少ない。
俺が参加するまで不意打ち以外でゴブリンを倒せなかったのだ。
気付かれない距離まで近づき、速攻の一撃を加えて倒すのが彼女らの戦法。
対峙したときは、戦略的撤退が常だ。
森さえ出てしまえばゴブリンは諦める。
あとで死んだゴブリンから爪を回収して、逃げかえるのが常だったらしい。
俺だって、この間の戦いで二匹のゴブリンを相手取り、なんとか仕留めたものの、あれは背水の陣で死に物狂いだったからできたことだ。毎回毎回というわけにはいかない。せいぜい一匹を相手にするのが今の俺では精いっぱいなのだ。
俺が加入してから、一匹を不意打ちで倒し、俺が一匹を受け持ち、残りの一匹を三人で戦ってもらうというスタイルになった。このスタイルが取れないときは、即座に撤退という形をとっている。
何とかこの数日はこの戦闘スタイルで討伐依頼をクリアできていた。
不器用ながらも一姫たちも必死に戦って戦果を挙げていた。
まだ一人分ではあるが、俺たちのパーティはゴブリン討伐だけで目標である銀貨二枚を稼げたのだ。
初めての依頼を成功したあの日の夜、俺はみんなを正座させて話を聞いた。
一姫曰く、戦いなどこの世界に来て初めてしたのじゃ。
フィリー曰く、今日こそ勝てると思ったデス。
佐々子曰く、一人増えたし何とかなるやろと思ってた。
「一つ聞きたい。ここでのルール銀貨2枚を上納するのは各個人ごとだよな?」
「そのとおりじゃ」
「お前ら払えてるの?」
「…………」
誰も答えなかった。
やはりポンコツパーティーだった。
一姫は俺より2か月前くらいにこの世界に現れた。
3か月前がフィリー、半年前が佐々子だ。
「……借金というか、貸しにしてもらってますデス」
「佐々子に関しては銀貨12枚の貸しかよ。大きいな」
「ビレンさんには悪いことをしていると思っている。じゃが、私らはまともに他のことができん」
「手伝っても人様の迷惑にしかならんのや」
こいつらのポンコツ具合も甚だしいな。
ちょっと疑問に思うことがある。
何故ビレンさんは、いや、何故この街自体が俺たちみたいなのを世話するんだ?
俺たちは何の技術も戦闘力もないただの子供だ。
この世界では成人だが、今の俺たちでは何の役にも立っていないだろう。
この世界に勇者は必要とされていない。
必要とされるのは魔物を退治する冒険者だ。
俺たちの腕でははっきり言って役に立てていない。
そんな俺たちを条件付きとはいえ、衣食住を賄ってくれている。
しかも、その条件すら守れていないのに、まだ面倒を見てくれている。
俺たちを保護することで大きなメリットがあるとは思えないのだが。
その答えはすぐに訪れた。
「それは王様の命令であることと、私がその子たちを助けたいと勝手にやってるからさ」
教えてくれたのはビレンさん。
どうやら、今のこの国王。
実は俺たちと同じ異世界人だというのがあっけない理由だった。
元々ずば抜けて優秀な人物だったようで政治部門でめきめきと頭角し、貴族として爵位を授与、果ては若くして国政大臣にまで昇りつめ、ついでにお姫様のハートもいただいちゃったらしい。
その後、上位の爵位を授与し、身分的に問題がなくなったところで正式にお姫様にプロポーズ。
それから数年後、先代の国王様が引退し、跡を継いだのが今の国王様。
普通はもめそうなものだが、誰からも異論なく、みんなに祝福されての戴冠だったらしい。
それもそのはず、この国のためだけならず、他の国にも色々な支援を送り、お互いが繁栄していくように日夜努力し続けているという、実際に功績を残している働き者の王様だったからだ。
数ある国の中でも、バランスの取れた政治を行う名君として、他国にも名を馳せている。
その国王の唯一の我儘というか、私的な政策が――異世界人保護政策。
国王が独自に調べた調査でも、俺たち以外の数十人がこの世界へ移動してきているのは判明済み。
国王自身は、個人の力が元から優秀だったことで立身出世できたが、そうでないものもいる。
俺たちのように本来なら親の保護下にいるべき年齢の者までいる。
そのことを知った国王は直々に御触れをだしたのが、この政策だった。
異世界からの彷徨い人を保護し、一人前になるまで国で支援していくというもの。
衣食住を保証し、本人が望むものを斡旋し、挑戦させてやるというのが柱だ。
斡旋された人の中には技術職、農家といった生産業へ進んだ人もいるそうだ。
最初のうちは無償で支援していたそうだが、途中で引きこもりの奴が現れたのだろう。
最低限働かないと3か月で衣食住が止まる仕組みに改正された。
それが今の制度である。
本来なら佐々子はすでに支給停止され、放り出されてもおかしくない状況だった。
だが、世話役のビレンさんから見ても佐々子は毎日ゴブリン狩りに挑戦し、ただ失敗していただけなので、見捨てられなかったという。他に天職もなし、ないない尽くしで困っていたところにフィリーが来た。
しかし、役立たずが一匹増えただけで状況は変わらなかった。
そして、一姫。
刀をもとから所持していたので、ものすごく期待されたが、何のことはない刀は単なる飾りだった。
非力な役立たずが一匹増えただけだった。
本来なら一姫たちがビレンさんを通じて国へ納めるべき銀貨を、ビレンさんが代わりに毎月収めてくれているという。まさしくビレンさんの温情によって、一姫達は生かされているのだった。
そして、ビレンさんもまた、俺たちと同じ異世界人なのだった。
国王の政策によって、役所勤めをするにまで至った――つまり結果を出せた人なのである。
ビレンさんの世界は魔法のある世界で、この世界でも多少なら使えるものもあるらしい。
俺に掛けてくれた『言語理解』という魔法がそれに当たるらしい。
「この魔法のおかげで私は今の職を手に入れたようなものなのだ。最初に言語の問題が必ずというほど起きるのでな。今では私が教えたから各町の高名な魔法使いは使えるようになっているよ」
俺たちを見守ってくれるビレンさんはとても良い人だ。
一姫たちの懐き様を見てもそれは分かる。
ビレンさんのことを、まるで姉のように慕っているのだ。
一姫たちに見せる表情を見ると、俺に剣を刺した人と同一人物とは信じられなかった。
そのビレンさんに恩を早く返すことが俺たちの目的となった。
一匹相手だけとはいえ、戦える俺が参入したのだ。
今までの貸しを早めに返そうということで、毎日討伐依頼を受けて出かけていた。
四日連続で成功したのが、仇となったのか、油断したのか。
いつもなら斥候役はフィリーなのだが、たまには役目を変えようと佐々子に行かせたら、よりにもよって、五匹同時に見つけて、その全部に自分の存在を大声でアピールしやがった。
相手が女の子だろうが、ゴブリンには関係ない。
ゴブリンにとって、別種族はいたぶり殺すだけの対象なのだ。
当然、佐々子に襲い掛かってきたのである。
慌てた佐々子は助けを求めて俺たちの下へと逃げ帰ってくる。
それで冒頭のとおりである。
「どうすんだ、どうすんだ、これ!」
「どうもこうもあるか。逃げるしかないのじゃ!」
「もう胸がやばいくらいにバクバクいってるデス」
「あかん、こらあかん。これあかん奴や」
五匹は流石にまずい。
うちの娘どもは三人がかりでようやく一匹倒せるレベルだ。
俺に至っては初めての討伐で二匹を倒したが、普段は一匹が関の山。
捕まったらマジで終わる。
捕まれば間違いなく容赦なく残酷に殺される。
俺たちはまさしく必死だった。
そして最悪が訪れる。
「わぁっ!」
佐々子が地面から出ていた木の根に足を引っかけて転んだ。
俺はゴブリンたちに剣を向け威嚇、一姫、フィリーは佐々子を立ち上がらせる。
この僅かな時間で稼いでいた距離がなくなった。
追いついたゴブリンたちはじわりじわりと俺たちを囲むように陣形を整えていく。
俺たちは背中合わせになって取り囲むゴブリンたちをそれぞれの武器で威嚇する。
これはまずい。距離を縮められば逃げ場所がなくなっていく。
どうする、どうすれば逃げられる。
時間がない、一斉に襲われたら誰かがやられる可能性がある。
――あった。
これなら何とかなるかもしれない。
今ならまだ間に合う。
俺は背中越しにみんなに声をかける。
「お前らいいか、俺が目の前のゴブリンに攻撃する。そのまま俺についてその脇から逃げろ」
「お前はどうするのじゃ」
「お前らのあとで逃げるに決まってるだろ! ちょっとは時間稼ぎしてやるよ」
「わかったデス。全力疾走しますデス」
「佐々子、さっきみたいなのはマジで止めろよ。これっきりにしてくれよ!」
「ホンマにゴメン。うちのせいでゴメン」
「そんなのあとでいいから、今は逃げて生き残ることだけ考えろ!」
俺たちは作戦通りに行動した。
俺が目の前のゴブリンに攻撃、俺の大振りな攻撃をゴブリンは棍棒で受け止めた。
その隙に、そのゴブリンの脇を走り抜けていく一姫たち。
俺はゴブリンの腹へ横蹴りを食らわして、残りのゴブリンに向かって剣を構える。
そう、これなら何とかなる。
俺が時間稼ぎをすればするほど、あいつらは生き残れる。
短い人生だったが、まあいいだろう。
ここで生きていくのも悪くなかったが、女の子が死ぬところは見たくない。
最後に華を咲かせてやろう。
男の意地っていう華を。
もうそれからはズタボロだった。
健闘はしたつもりだ。ゴブリンを二匹道連れにしたのだから。
二匹目を倒したところで剣を持った腕が折られた。
左手に持ちかえて戦ったが、もう様にならない。
相手の攻撃を防ぐのが精いっぱいだ。
防戦していると、太ももの裏に熱い痛みを感じた――この痛みは知っている――刺されたのだ。
乱暴に剣を後ろに大きく振り回した。ゴブリンは嘲笑うように攻撃を避ける。
俺は片足を引きずりながらも、剣を振り回し防戦を続けた。
もうこれで俺は逃げられない。
でも――もっとだ。もっと時間を稼ぐんだ。
あいつらが少しでも遠くに逃げられるように。
ただそれだけを考えていた。
防戦一方だったが、とうとう防ぎきれず頭に一撃をもらった。
額が割れたのか、血がドクドクと流れているのが分かった。
それでも剣を振る。なんだか勢いが足りない気がする。
力が抜けてきているのか?
痛い――いや、もう痛くない。というか、感覚が薄れてきている。
血が出すぎたのか、意識も朦朧としてくる。
ああ、俺死ぬんだ――そう、俺が思った時。
「ヒギュ!」
目の前にいたゴブリンの頭に矢が突き刺さっていた。
あれ、誰かが俺の前にいる?
なんかぼやけてよく見えない。
ぼやけた影を目にしたのを最後に――俺は意識を失った。
次に俺が目覚めたのは街の診療所の中だった。
体中が包帯でぐるぐる巻きにされている。
ベッド脇には一姫、フィリー、佐々子が泣きそうな顔で俺を見ていた。
「……よう。無事に生きてたか、お前らなんて顔してんだ?」
そう言った途端、三人は泣き出して俺に覆いかぶさってきたのだった。
「お前ら痛いって、俺は怪我人なんだぞ!」
そうは言っても離れてくれず、おいおいと泣き喚くだけだった。
落ち着いた三人から聞いた話だ。
俺が時間稼ぎをしている間に逃げていた三人は、森の入り口で奥地を目指す冒険者に会ったらしく、助けを求めたらしい。相手がゴブリンと聞いて拍子抜けされたようだが、求めに応じてくれたようだった。
俺を助けてくれたあと冒険者は俺に応急処置だけして、街へ引き返すように言ったらしい。
その冒険者たちはそのまま自分たちの目的地、森の奥地へと向かったそうだ。
今度会えたなら、礼を言わないといけないな。
顔とか全然見てないから、こいつらに教えてもらわないとだな。
隣町へと出張に行っているビレンさんが帰ってくるまで俺は入院らしい。
ビレンさんはこの街で唯一治癒魔法が使えるのだそうだ。
その効果は俺も身をもって知っている。
あの人、実は優秀すぎるんじゃないか?
病室のベッド脇にネームプレートみたいに俺のステータスカードが置いてあった。
痛む身体を起こして、手に取ってみる。
「あ、レベル上がってる」
そして――謎のスキル『男華』が新たに増えていた。
ステータス
名 前:斑目優日
職 業:冒険者
年 齢:16
レベル:2
筋 力:3
知 力:3
敏捷力:5
体 力:3
幸 運:3
スキル:逃走[2] 男華[1]