10
これにて完結です。
逃げている。いつもみたいにとりあえずどころじゃねえ。
森の出口へ向かい、必死に逃げている。
俺は佐々子を、フィリーは一姫を抱えながら逃げている。
俺たちを追うのは、この森に潜む魔物。
お馴染みゴブリン、狼型の魔物サーベルウルフ、猿型の魔物エイプス。
ゴブリン以外は普通なら大森林の中間層で見られる魔物だ。
はっきり言って俺たちのレベルでかなう相手ではない。
「やばいやばいやばいやばい!」
「急ぐデス! 急がないとまずいデス!」
「ちくしょう! 何でこんな奴らが森の浅いところにいるんだよ!?」
俺の悲鳴めいた声が森の中で響いた。
☆
その日、俺たちは朝から、いつものように討伐依頼のクエストを受けて、大森林に向かった。
今日の相手はウツボカズラを巨大化したような植物系の魔物。
森に入っていた低レベルのパーティーが見つけたものだった。
初めての相手だが、討伐の総報酬は銀貨2枚、そこそこ悪くない。
こいつは幻覚作用のある甘い匂いで誘惑し、獲物が近づいたところを蔦で捕まえて食す。
本体の周りにゴブリンと思わしき骨が落ちていたので魔物も例外ではないようだ。
こいつの攻略法はギルドで教わってきた。甘い匂いの対策にマスクさえ被っていれば、あとは魔物の武器である蔦を気にするだけでいい。
蔦は射程距離も短い上に、同時攻撃はしてこないので、誰かが攻撃を受けている最中に、別の誰かが攻撃するというパターンだ。簡単な相手のようだが、表面がそこそこ硬いので、レベルが低い冒険者では傷つけることもできない。
筋力次第だが、大体の冒険者はレベル10を超す辺りで攻撃が通じるようになり、討伐のターゲットになる。俺たちもレベル10はあるのだが、俺たちのうち一番非力な一姫の攻撃はまだ通用しない。
単純に筋力が足りないのだろう。
「ぬぅ、まだ斬れぬか。仕方ない、私が囮になるのじゃ、頼んだぞ!」
「任された!」
「行くデスよー!」
「そっちも頼むで一姫!」
一姫はウツボカズラに近づいては離れ、蔦の攻撃を華麗に避けていく。
俺たちは攻撃の隙をついて、本体を攻撃。
深い傷はなかなか与えられないが、確実にダメージを蓄積させていた。
10分ほどの戦闘でウツボカズラはようやく動かなくなった。
「こいつ思ったより硬いな。フィリーでもダメージがなかなか通らなかったんじゃないか?」
「そーデスねー。なんか硬さの中の柔らかい部分に弾かれてた感じがしますデス」
「斑目もフィリーも攻撃の中心が叩き潰す打撃系やからね。こいつは斬撃系のうちとか一姫の方が相性いいんよ」
「せっかく刀技を覚えても、根本的に筋力が足りず、活かせられないのは悔しいの」
「まあポンコツだからしょうがねえよ」
「斬るぞ?」
討伐証明に袋の上の蓋を切り取って持ち帰る。
蓋に甘い匂いを出す器官があるらしく、マスク越しに甘い匂いがまだする。
「斑目、さっさと防臭袋に入れんと、幻覚にやられるぞ」
「ああ、分かった」
一姫の注意を受けて、息を止めてから、ギルドで貸してもらった防臭袋に蓋を入れ込んだ。
背中に背負って紐で止めておく。
大森林の出口へ向かう途中、餌を探していたゴブリン三匹と遭遇。
今では余裕の敵だ。
それぞれ1対1で一姫、フィリー、佐々子が対戦し、あっさりと勝利を収めた。
昔は一匹に対して三人がかりでしか戦えず、苦労していたのに、一姫たちも強くなったものだ。
「ゴブリン相手なら斬れるのじゃがなー」
刀に付いた返り血をぬぐいながら、一姫は言った。
「ゴブリンはとりあえず、ぶん殴っておけばよいんデス! 即撲殺デス!」
「フィリーは相変わらずの脳筋やなーって、あれ?」
佐々子が急に周りをきょろきょろと見まわした。
「どうした、急にきょろきょろして?」
「なあ、今気づいたんやけど、何でこんなに静かなん?」
佐々子の言ってる意味が少し分からなかった。
ここでの戦闘が終わったのだから、この現場は静かになったに決まっている。
周りに俺たち以外、誰もいないのだから。
「気のせいじゃないか?」
「ちゃう! 虫の鳴く声とか動物の声が一つも聞こえへん。いつも何かしらの音はしとる。こんなん異常や!」
その真剣な声に、俺たちは互いに背中合わせになって、周りを警戒する。
確かに佐々子の言う通り、辺りは静寂に包まれている。
慣れ親しんだ森だ。思い返せば、確かに何かしらの音はいつもしていた。
何だこの静寂は。こんな状態の森は初めてだ。
「嫌な感じがするのじゃ」
「これ、もしかしてビレンさんの言っとった前触れかもしれん」
「何の前触れデス?」
もし、ここに水たまりがあったなら気付けたかもしれない。
地面に波動が伝わっていたことを。
もし、仲間に獣人がいたなら気付けたかもしれない。
遠くから殺到する何かが近づくことを。
「魔物の暴走や」
佐々子の声をかき消すように、突然、地面から轟音が聞こえた。
静寂を切り裂き、草むらから巨大な猪――バグスボアが現れ、その後ろを次々と見たこともない魔物の群れが追従していた。興奮しすぎているのか、その眼には狂気が宿っているように見えた。
呆然としていた俺は佐々子に突き飛ばされ、フィリーは一姫に突き飛ばされた。
バグスボアはあっという間に俺とフィリーの間を走り抜け、そこにいた一姫と佐々子の身体を吹き飛ばす。舞い上がる一姫と佐々子の身体、何の障害もなかったかのように、まるで体重を感じさせないかのように宙を舞う。その姿は俺の目にスローモーションのように映る。俺は佐々子に、フィリーは一姫に手を伸ばす――だけど、その手は二人の身体に届くことなく空を切った。
狂気に溺れた魔物の群れは俺たちを気にすることなく走り抜けていった。
俺は起き上がるとすぐに、跳ね飛ばされた佐々子の様子を確かめる。
フィリーも同じように一姫の様子を確認していた。
二人は血の気の引いた顔つきで完全に意識を失っていた。
1トンは余裕で超えているであろう巨大猪の体当たりをくらったのだ。
このままじゃ、死んでしまう。
早くビレンさんに治癒してもらわないと。
まだ間に合うはずだ。そんな簡単に死ぬわけがない。
いくらこいつらがポンコツだからって、猪にはねられたくらいで死んだりするわけがない。
少なくとも俺たちは以前に比べたら強くなっているはずだ。
俺は佐々子を抱き上げ、フィリーも一姫を抱き上げ、ひたすら森の出口へと走り出す。
もうがむしゃらだった。
その途中、いつの間にか俺たちを追っている魔物がいることに気が付いた。
普通ならこの辺りにいるはずのない魔物。
狼型の魔物サーベルウルフ、猿型の魔物エイプス。
それぞれ複数体で追いかけてきている。
その群れに入り混じるようにゴブリンも確認できた。
さっきの魔物暴走の群れとは違い、目に狂気は感じられない。
おかしい。こいつらが共闘するなんておかしすぎる。
この森で何が起こってるんだ?
ひたすら逃げる俺たちを追いかける魔物。
かろうじて、足の速さは負けていない。
足の速さとスタミナなら、うちのパーティーは街で一番だ。
伊達に毎日のように街や大森林を逃げ回っているわけじゃねえ。
余裕はないが、距離は詰められずに済んでいる。
この距離をキープできるのも、森の中だからだろう。
この先に開けた場所があるが、そこで追いつかれる恐れがある。
今の位置は既に見知った場所で、森の出口に近い距離まで来ている。
残りの距離がとても遠くに感じられた。
もう少し走れば小川があって渡れば土手に出る。
少し開けた場所になる。おそらくここが一番危険で、最後のチャンスともなるだろう。
「フィリー、いいかよく聞け。小川を超えたらお前に佐々子を託す。俺が時間を稼ぐから、お前は死ぬ気で街まで走れ。こいつらを死なせないでやってくれ。お前なら二人を抱えても走り続けられる」
びっくりした表情のフィリーだったが、いつもだったら俺が何かを提案したらニコニコするその顔が大きく苦しそうに歪んだ。頭の悪いこいつでも俺の言ってる意味が分かったのだろう。
「どうしてデス。また斑目デスか。こういう時の斑目はいつも死にそうなってるじゃないデスか! 斑目が犠牲にならずに済む方法はないんデスか!?」
「お前は本当に馬鹿だなあ。そんな手があったらとっくにやってるって。いいか、馬鹿なことは考えるな。こいつらを助けるのがお前の仕事だ。俺はあいつらの足止めして隙を見て逃げる。分かったか? パーティーでの役割分担、いつもみたいに間違えるなよ。」
何か言いたそうな顔をして、諦めたように泣きそうな表情をして頷くフィリー。
小川を抜け、土手を上りきったところで、フィリーに佐々子を託す。
受け取ったフィリーは、ぐっと目をつぶってから、俺に背中を向けて走り出した。
「目を瞑って走り出すなんて、あいつはやっぱポンコツだな。さーて、手持ちの武器は愛用の剣と短剣のみ。荷物はウツボカズラの蓋だけか、まあやるだけやっていつもみたいに逃げるか」
ウツボカズラの蓋を荷物から取り出し、土手を上ってきたサーベルウルフに投げつける。
「おらよ! 幻覚でもくらいやがれ!」
狼型の魔物なら狼同様に嗅覚も鋭いだろう。どこまで通用するかわからねえが、時間稼ぎしてやる。
ウツボカズラの幻覚作用が働いたのか、サーベルウルフ数体が近くにいたエイプスやゴブリンの喉に噛みつき、食い破る。他の数体も仲間割れを起こした。思った以上に効いてる。
ここで追撃して数を減らしておきたいところだが、俺の剣ではゴブリンにしかダメージを与えることはできないだろう。だとしたら、数を減らすべくゴブリンを狙うまでだ。
ゴブリンは潰し、サーベルウルフとエイプスからの攻撃は回避を優先させる。
下手に防御して、足を止められた方がやばい。
ゴブリンを仕留め切ったところで左腕に衝撃を受ける。
たった一発、エイプスが放った無造作な手での攻撃をくらった。
吹っ飛んで転がるが何とかバランスを取り戻して立ち上がる。
俺の左腕はだらんと垂れ下がり、使い物にならなくなっていた。
「あー、いてえ。やっぱ骨までいくと痛いな。これマジで今のうちに逃げないとやばいかもな」
とりあえず逃げる?
今までみたいに、逃げることを選択する?
答えはNOだ! まだ、あいつらが森の出口までたどり着けていない。
俺は知ってんだ。あいつらの速さを。
いつも一緒に逃げ回ってるから、あいつら自身に追われてばっかりだから、あいつらを追いかけまわしたりしたこともあるから、どれぐらいの距離をどのくらいの速さでどんだけで走れるか、仲間だから知ってるんだ。
もっと時間を稼がなきゃならない。
お前らがあいつらのところに追いつく可能性があるうちは俺が相手をしてやる。
今、この時点でお前らをあいつらのところに行かすわけにはいかねえんだよ!
ここから先は独り言だ。
俺がボロボロにされているのは想像がつくだろう。
俺はこの時、ちょっと笑ってたんだよな。
『俺、戦ってる最中に何考えてんの?』ってさ。
まあ、その時に考えてたっていうのが――
なあ、神様。もし本当にいるならあいつらは助けてやって欲しい。
俺たちがどういった理由でこの世界に連れてこられたのか分からない。
俺たちの知らない誰かが手引きしたのかもしれない。
でもさあ、神様。俺、実はこうじゃないかなって思うことがあるんだ。
神様は俺の願いを叶えただけじゃないか?
俺は元の世界でも、すべてのことから逃げるポンコツだった。
口だけ達者で、頭も悪い、力もない、運も悪い、何一ついいところがない。
それが元の世界の俺だ。
学校からも、友達からも、家族からも、何もかもから逃げていた
俺は寝る前にいつも願っていた――この世界から逃げたいと。
もし逃げられたら、生まれ変わった気持ちになって、今度こそ何かを守れる人間になるって。
そう思ってた。
その願いは現実のものになった。
この世界に来て、あいつらと出会って、あいつらのポンコツぶりに正直驚いたよ。
前の世界の俺にそっくりじゃねえかと。神様は意地悪かよと。
気に障って仕方がなかった。だから、あいつらにも悪態づいた。
でも、実際違った。
あいつらは俺と違ってポンコツに負けない物を持っていた。
俺とは違う――強かった。逃げてなかった。大事なものを持っていた。
強くて、優しくて、眩しくて、いつもキラキラと輝いていた。
パーティーの中で俺だけだ。
とりあえず逃げてるのは。
変わってない。変われてない。
だったら、最後くらいは変わりたい。
どうせ死ぬなら、あいつらに胸を張って死にたい。
あいつらのために死にたい。
それが俺の最後の意地だから――なあ、神様にも見せてやるよ――男の意地って華をな。
☆
俺はビレンさんの魔法により全快した。
結局、死にきれなかった。
いや、死にかけたのは本当だ。
なんせ発見された時には、俺の左手と右足は千切れてたそうだし、あちこち深い傷だらけで、生きているのが不思議なくらい、あと少し遅ければ血が足りなくてマジで死んでいたそうだ。
何故俺が助かったかというと。
ちょうど俺たちがウツボカズラとやりあっているころに、別の冒険者が森の異変に気付き、街に通報していたのだ。
ビレンさんも加わった対策チームが編成され、森へ向かっているところに、フィリーが二人を抱えて助けを求めたというのがあとから聞いた話だ。
魔物暴走が何故起きたのかは調査中らしい。
まあ、俺たちには関係のないことなのだろう。
それで俺が何をしているかというと。
とりあえず謝っている。
許してもらえる目途もなく、ひたすら土下座して謝っている。
俺と同じく瀕死だった一姫と佐々子が、ビレンさんから回復を受けたあと、俺の無謀な囮作戦をフィリーから聞いて一緒になって激怒したのだ。
俺がどれだけ何を言っても謝っても、同じ言葉で返された。
「許さんのじゃ!」
「絶対許しませんデス!」
「ふざけんな!」
ひたすら謝りましたとも。
ようやく許してもらえたのはもう日が落ちる夕暮れだった。
その日の晩餐で一姫が言い出した。
「今日の反省会じゃ。あの時、佐々子が異常を感じたときに動くべきじゃった」
「おお、確かにデス」
「ああ、そうやな。確かにそうやわ」
「でも、あの時に何ができたんだよ。魔物暴走だってすぐに分かったんだぜ?」
「いやいや、タイムラグがあったじゃろ。私らは警戒するあまり集まってしまった」
「あれは悪手だったデス!」
「あの状態って、でっかい的の完成やもんな。確かに失敗や」
「じゃあ、お前ら聞くけど、あの時に何ができたんだよ?」
俺がそう言うと、ポンコツ娘たちはにやりと笑った。
「斑目も鈍いのー」
「私でも分かったデス!」
「うちも分かっとるで?」
ハテナマークが頭に浮かぶ俺に対し――
――とりあえず逃げる。
と、彼女達は誇らしげに声を揃えて言った。
リハビリ作品終了です。
読んでくれた方々ありがとうございました。




