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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【短編版】婚約破棄されてやり直しましたが、ヤンデレに妨害されました。

作者: 稿 累華

 あと、少し。


 途中まで、とても上手くいっていた。そのはずだった。なのに。


「……もう逃がさない」


 彼が、微笑んだ。


 *


 そもそもの事の発端は、メリヤナ・グレスヴィーが一度死んだことにある。そう、死んだ。


 処刑されたのだ。売国罪で。


 ドール公爵の嫡子として生まれたメリヤナは、王太子の婚約者だった。生まれてすぐに婚約関係にあった二人は、幼い頃から一緒にいた。生まれたての雛のようにメリヤナは王太子に懐いたし、王太子もメリヤナの面倒を見た。


 いつの頃合いだろう。それが、恋心に変わったのは。


 気が付けば、メリヤナは王太子にぞっこんだった。それはもう、大、大、大好きだった。


 周りが見えなくなるほど、メリヤナは王太子に夢中だった。


 子どもの頃はそれでも良かった。


 問題になったのは、ふたりが社交界に出てからだ。


 相も変わらずメリヤナは王太子を追い回していたが、王太子は、ある時からメリヤナを遠ざけるようになった。メリヤナが姿を見せれば、蝿でも直視したかのように顔をしかめて見せ、あからさまに避けるようになった。


 これに、メリヤナは驚いた。今まで押せば、満更でもなそうだったのに、急に距離をあけられたのだ。とてつもなく、不安になった。


 不安を落ち着かせるための方法を、メリヤナは周囲への威嚇という形で表出させた。当たり散らし、喚き散らし、罵倒した。


 王太子の近くに少しでも妙齢の令嬢の姿がちらつこうものなら、公爵家の権力をもって牽制をかけた。


 今考えてみれば、そんな姿を見たら、百年の恋も冷めるに決まっている。王太子からは、ますます嫌悪されるようになった。


 そのくらいの頃合いだろう。王太子が、とある成り上がりの男爵令嬢と頻繁に接するようになったのは。


 今までの令嬢たちと、その令嬢との関係はまるで違っていた。夜会では、婚約者であるメリヤナよりも先に円舞を共にし、ひっそりと露台で言葉を交わす。


 明るく天真爛漫を絵に描いたようなかわいらしい令嬢に、王太子が夢中なのは明らかだった。


 嫉妬に狂ったメリヤナは、その令嬢にとにもかくにも嫌がらせをした。地位や生い立ちを見下すようなありとあらゆる罵詈雑言を吐き、ならず者をけしかけてほんの少し脅すような真似もした。


 今考えてみれば、なんと愚かな真似をしたのか。メリヤナの心は、ほんとうに幼かったのだ。


 だから、断罪された。


 新年を祝う夜会の折に、衆目の前で婚約破棄を申し渡された。メリヤナは目の前が真っ暗になった。


 その場では理由は明らかにされなかったが、誰もがメリヤナの行いを知っており、暗黙の了解がその場を占めていた。


 婚約破棄だけなら、まだ良かった。父公によって蟄居を命じられたメリヤナのもとに、新たに降りかかったのは売国罪だった。曰く、メリヤナは隣国エストヴァン国に、フリーダ王国の重大な機密を漏洩させ、王国から逃亡しようとした疑いがある、と。


 あれよあれよと言うままに、王室裁判にかけられ、有罪が言い渡された。


 処刑法として言い渡されたのは、火刑だった。


 大罪人への一番惨たらしい処刑法である。火に炙られ、苦しみ抜いて死ぬ。


 メリヤナは、最後まで泣き叫んで暴れた。その足元に火が届いた時、メリヤナは絶叫した。


 そうして、火が肌を炙っていく、耐えがたい苦しみのなか、メリヤナは許しを求めた。もう二度と、恥ずべき行いはするまい、と。もう一度、同じ人生を歩めるようなら、二度と人として(もと)らない行いをすることを誓い、絶命した。


 その呪いとも言える言葉が、神に届いたのだろう。


 冥府へと下る階段の最中、光が差した。


 運命の神だと自称する口の悪い神は、かく語った。


「お前のせいで、おれは賭けで負けちまった!」


 知るかである。


 メリヤナは現世での苦痛によってその魂は疲弊し、絶望していた。そもそも運命の神とは、美しく気高い女神のはずだ。中年男を思わせるような野太い声ではないはず。


 相手にせず冥界への道を進もうとしたところで、慌てた神が言った。


「待て待て落ち着け。そのまま冥府にいっちまったら、おれでもなんとかできん。ここは交渉しよう」


「……こう、しょう?」


「もう一度、人生をやり直す機会を与えてやろう!」


 頭を持ち上げると、光が続ける。


「盤上をひっくり返すことで、もう一度、初手からはじめる機会をお前に与える」


「初手……?」


「そうだ。今度こそ、生きろ。そして、国を救え」


「……何をおっしゃるのやら」


「お前が処刑されたあと、王国がどうなったか知っているか? エストヴァンの血筋の者を処刑したとして、やつらがフリーダに攻め入ってきたのさ」


 メリヤナの祖母が、エストヴァン国の皇女であることは言わずと知れている。


 そうか。わたしの死を利用したのか。


「結果、王国は敗戦し、王族に連なる者は惨殺され、属国となった。おれが、エストヴァンの主神に負けた結果とも言える」


 だからお前、と運命の神は告げる。


「生きろ。生きて、国を救え」


「……王太子さまも殺されたのですか」


「そうだ」


 愛した人間を救いたいだろうという問いに、メリヤナはわずかな間ののち、こくりと肯いた。


「だったら、交渉成立だ。おれの逆戻しの力を使って、この悲劇を巻き戻す。お前は、おれがエストヴァンの主神に負けないよう使命を果たせ」


 太い声が念押しするように言って、逆戻しがはじまった。視界に映る像が、遡って展開していく。メリヤナの体から時が吸い上げられていく。


 火刑に処せられた尋常ではない痛みが再び訪れて、叫ぶ間もないうちに終わる。そうして、新年の夜会、舞踏会、王宮、公爵家の屋敷、社交界へのデビュタントまで巻き戻ってから、しばらくして唐突に終わりを告げた。


 はっとすると、目の前に心配そうに首をかしげる少年の姿があった。


「どうした? メリヤナ?」


 声変わりもまだ済んでいない王太子の姿が、そこにはあった。


 どうやらメリヤナと王太子は、11の歳つきまで戻されたらしいと気づいたのは、その日が王妃主催の園遊会で、初めてふたりが婚約者同士で公然に紹介された直後だったからだ。


 大人たちから拍手を受けて照れくさく、一方で誇らしい気持ちで踊り出したくなったことを覚えている。


 恥を知らなかったこの頃、その気持ちを直接王太子にぶつけ、大好きと言って抱きついた覚えがある。


 紹介を受けたこの瞬間に戻されたということは、ここがまず運命の分かれ道なのだろう。


 メリヤナは青ざめるのがわかった。もうすでに、ここから間違えていたのか。


「……メリヤナ?」


「……なんでもありませんわ、殿下」


 そっと笑うと、驚いたように目を皿にする王太子の表情があった。


 それに気づかないふりをして、周囲に愛想笑いを浮かべると、ぺこりとお辞儀をしてその場から去った。


 わたしは、殿下に嫌われてはいけない。


 あんな侮蔑されるようなことがあってはいけない。


 するすると人がいないところを探しながら広大な庭園を進んでいく。生垣を抜けた先の空間は芝生が広がって、がらんとしていた。メリヤナは飛び込むようにして、寝転がる。そうすると、鬱屈するような悲しみが草を通して地に流れ出ていくようだった。


 生きている。生きねば。生き続けなければ。でも、どうやったら——


「何してるの?」


 見上げると、無邪気そうな少年が自分を見下ろしていた。


 彼こそが、巻き戻しの世界で、メリヤナの唯一の協力者——フィルクだった。




 フィルクは、聡明で優しい少年だった。メリヤナよりふたつ年上で、伯爵家の三男として育てられたせいか、跡取りの気負いをせずに伸び伸びと育ったのだろう。その発言や行動は好奇心そのもので、けれど、時にはっとするほど大人びたことを言う少年だった。


 そもそも、芝生で寝転がっているようなはしたない娘に話しかけるご令息は、国中を探したところで彼しかいないだろう。


 頭がいいようで、時としてこちらが驚くほどの行動力を見せるフィルクに、メリヤナは関心してばかりで、尊敬の対象であった。


 王太子を虜にしたい、と打ち明ければ、おそらく誰もが一笑に付すところをきょとんと首をかしげた。


「ふーん。なんで?」


「えっと……、好きだから」


「へえ。僕から見れば、すでに王太子はメリヤナの虜だと思うけど?」


「ちがうの。ちがうの。そうじゃなくて、今じゃなくて、えっと……」


「あ! わかった。もしかして、メリヤナは王太子に永遠に好きでいて欲しいんだ?」


「……うん、……まあ、そんなところ」


 フィルクが合点がいったように肯いているので、ほっとしていると、質問はそれで終わりじゃなかった。


「じゃあ、どうして、今だけじゃ満足できないの?」


「それは……」


 わたしは今のままでは婚約破棄されてしまうから、という言葉を発することはできなかった。長く口を噤んでいると、フィルクのほうがけろっと諦めた。


「……まあ、言いたくない事情は誰にでもあるか。僕にもあるし」


「え?」


「もし、いつかメリヤナが理由を話したくなったら言ってよ。そしたら、必ず聴くから」


「……うん」


 にっこりと笑う顔には、年上の余裕のようなものが感じられた。さあて、と伸びをするフィルクは、メリヤナににやりとした。


「それじゃあ、王太子を未来永劫メロメロにするための作戦を考えようか」


 結果的に言えば、フィルクの作戦はとても上手くいった。メリヤナが今までの反省として、常に押し続けて、押し続けて、押し続けまくったことにあることを伝えると、ふむふむと聞いたフィルクは、年齢に即した関わりが必要であることを説いた。


 押してもいいが、時には気のない態度を取ってみるのもいい。あるいは、他の男に興味があるような素振りをちらつかせる。


 その相手役として、フィルクは自分を指名した。そのほうがやりやすいだろうという提案に、メリヤナはふたつ返事でお願いした。


 作戦決行の時期は、社交界に出てからとして、それまでは、 所作などの演技をとにもかくにも練習し、いざ社交界に出ると、メリヤナは練習の効果を遺憾なく発揮した。


 王太子は、メリヤナの不意に見せる冷たい態度や他のフィルクと親しくする態度に不安を煽がれたのか、巻き戻る前の頃合いには、すっかり嫌っていたメリヤナを大切に扱った。夜会では自分の社交が終われば、メリヤナに付きっきりで、円舞に何度と誘う。会が終わったあとには、必ず屋敷に花を届けに来て、いかに君との結婚が待ち遠しいかを婉曲的に語った。


 あまりにも上手くいったので、しばらくすると、フィルクと関わる時間を取れないくらい王太子との時間を過ごすことが多くなった。


 それが嬉しい一方で、フィルクとの語らいの時間が取れなくなっていることに、一抹の寂しさを感じていた。


 ある時、久しぶりにフィルクとのお茶の時間を取れて、メリヤナは、彼の作戦の結果を褒め称えた。


「フィルクのおかげよ! ありがとう。やっぱり、男心は男の人に訊くのが一番ね」


「……そっか。それは良かったよ。……でも、僕はちょっと妬けるな」


「妬ける?」


「だって、メリヤナは王太子に夢中だ。王太子も、メリヤナにメロメロだ。なんだか、僕だけ蚊帳の外みたいじゃないか」


「なにそれ」


 おかしみを交えて言うフィルクに、メリヤナはくすくすと笑う。やれやれとおどけていたフィルクは、ふっと火を消したように真面目な顔になって、視線をあらぬ方向にやった。


「メリヤナは……」


「ん?」


「……もし、僕が、君のことを好きだったら、どうする?」


 にわかにフィルクの視線とぶつかってどきりとした。すうっと心ノ臓の底まで覗き込まれた感覚がして、鼓動が早くなる。


「どうって……」


「だって、こんなにいい男そんなにいないよ? そんな男に好かれたら、嬉しくない?」


 にこりと笑って言うので、からかわれたことがわかって顔が真っ赤になった。


「もうっ!」


 ははは、と笑うフィルクはどうなのと再び尋ねる。


「どうも何も、好きに決まっているよ」


「…………へえ」


「フィルクは、わたしの唯一の味方だもの」


「ふーん、そっか」


 返事を聞いたら、気が済んだらしい。適当な相槌を打つと、彼は何かを考えるように上のほうを見てから、あっけらからんと言った。


「わかった。ありがとう、教えてくれて」


「もう。なんなの」


「そのうち、わかるよ。——僕も決めたから」


 何をだろうか。


 この時、質問をしなかったことをメリヤナは悔いた。


 それからも、メリヤナとフィルクの会う頻度は変わらず、メリヤナと王太子の関係も円満だった。かつて、王太子がうつつを抜かしていた男爵令嬢が現れた時には、ひやりとさせられたが、王太子は見向きもしなかった。


 男爵令嬢は、別の令息たちを侍らせるようになり、社交界では非難の的だったけれど、メリヤナと王太子にとっては対岸の火事でしかなかった。


 だから、あと、少し。


 あと、一年すれば、メリヤナと王太子はめでたく結婚するはずだった。


 なのに、突然、婚約破棄を言い渡されたのである。


 青天の霹靂だった。


 王太子に急に呼び出され、人払いをされたかと思いきや、突然伝えられた。


 頭がついていかず、口元をおろおろとさせていると、苦汁をなめたかのように王太子のほうが口を開いた。


「——すまない」


「……でん、か?」


「私では、どうにもできなかった……。君を諦めるくらいなら、太子の座さえ退こうと思ったが、向こうの要求はそんなことではなかった」


「いったい、何をおっしゃっているのですか……? 婚約解消と、何がつながるのですか?」


 やっとの思いで紡いだ言葉は、この数年をかけて築き上げたメリヤナの像とはちがうものだったが、王太子が気付いた様子はなかった。


 項垂れながらメリヤナの問いに答える。


「エストヴァンが……君を要求している」


「エストヴァン?」


 久方ぶりに聞いた隣国の名にぎょっとする。


 それは、巻き戻される前に、この王国を滅ぼした国の名だ。


「以前から、エストヴァンはこの国に侵攻する時宜を見はからっていた。隣国に攻められたら、ひとたまりもない」


「それと、わたくしと殿下の婚姻と何が関係あるのですか」


「君の祖母は、エストヴァンの皇女だ。それにかこつけて、孫にあたる君の身を差し出せと。さもなくば、この国を滅ぼす、と」


「そんなばかなこと……」


 言いかけて、かつての世界で、自分の処刑を理由に国が滅びたことを思い出す。運命の神が言っていたではないか。


 国を救え、と。


 これがつまり、運命なのだ。


「……すまない、メリヤナ」


「いいえ……殿下のお役に立てるようであれば……」


 死んでもかまわない、という言葉は出てこなかった。炎に灼かれた記憶がちりっと刺激されて、顔が歪む。


 無性に、フィルクに会いたかった。



 エストヴァン国に、人身御供として送られて、すぐに案内されたのは皇宮の離れの一室だった。人気のない離れに薄気味悪さを感じながら、部屋の入口をくぐると、すぐに目の前を何かが遮った。


「会いたかった! メリヤナ!」


 隣国に来ているという状況と、抱きしめられているという事実と、そして声の主がまったく結びつかなかった。混乱しているあいだに、声の主がにんまりと笑った。


「——やっと手に入れた」


「……フィルク?」


 どうして隣国に、という問いには、喉元に唇を当てられたことで引っ込んでしまった。


 ひっ、と声が出ると、ひどいなあと顔を上げたフィルクが言う。


「せっかく、僕の心を伝えているのに」


「どういうこと? これは、なんの冗談?」


「冗談じゃないよ」


 真顔になったフィルクに、メリヤナは射竦められた。(おのの)いているうちに、彼の唇が再び喉元へいき、それから首筋へと移っていくのを恐怖で染まった心で感じた。


「メリヤナが欲しかった。だから、手に入れた。そういう単純な話だ」


「ちがうっ。そう……、じゃなく、て……、どうしてこの国に……」


 耳元で囁かれると、くらくらする。


「——だって、僕はこの国の第三皇子だからね」


「そんな——」


 額と額がぶつかる。フィルクが、目の前にいた。


「フリーダには身分を隠して、伝を頼ってもぐりこんでいたのさ。そこで、メリヤナと会ったわけ」


「うそでしょう?」


「それは、うそだと信じたいだけだろう? これは、まぎれもない事実だ。そして、メリヤナがここにいることも」


 唇と唇がふれ合った。やわらかい心地が胸からじんわりと広がっていく。


 耳に戻った声は、ささやいた。


「——もう逃がさない」


 運命の神が、笑った気がした。

リライト版(長編)を登校しています(2025/05/17完結予定)

※こちらの短編とは展開が異なります。

https://ncode.syosetu.com/n3175fp/

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メリヤナの過去の狂気と絶望、そして火刑からの「巻き戻り」という劇的な導入が非常に印象的で、序盤から強く引き込まれました。運命の神とのやりとりにユーモアを感じつつも、やり直しの意志には切実な覚悟が滲みま…
[良い点] こう言う、読めば読むほど前回の失敗の原因・結末がわかる話。大好きです。全てを書かなくとも、流れで読者に分からせる手腕は素晴らしいと思います。 私は脳みそが単純なので、裏の裏まではわかりませ…
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