#01:手のひらに刺さった棘(2)
昼休み。
トイレから戻ってくると、自分の席を確かめる。
すると、当然のように由香里が俺の席を自分のと合体させている。
「渉、早く早く」
『早く俺の弁当を広げろ』と言っている。
「ねえ、今日のお弁当は?」
「これ」
「卵焼きとウインナーがこんなに! 羨まし~!」
「そうか?」
「栞さん、お料理上手だもんね」
「……」
ツッコミを入れることができない。
いや『こんなの誰でも出来るだろ!』とはっきり言えばいいのに、と思われるかもしれない。
でも、俺には言えないし、言わない。
「おいしい」
ごく当たり前に、卵焼きを口にする。俺はただ、おいしそうにもぐもぐする様子を眺めているだけ。
さりとて、腹は減っている。今朝食べた分は、とっくに消化されている。
ウインナーを手で摘んで、口に入れる。冷たい肉味を感じる。
「由香里の弁当は?」
「ん? いつものやつ。あたし、これいらないよ? あげよっか」
レタスとハムが挟まっているサンドイッチを取り出した。コンビ二で買ったもの。
「おいしそうだな。じゃあ、もらうわ」
俺は、サンドイッチを手に取ると、弁当を差し出す。
「ありがと。いつも」
栞にいつも頼んでいた。できるだけ、多めに弁当を作って欲しいと。成長期の身体にこんなんじゃ足りない、と。
それがいつの間にか、量が多くなってるだけじゃなくて、もう一組の割り箸まで付いてるときた。
そんなこんなで、俺はサンドイッチを齧っている。
ハムもチーズもレタスも、なんだか塩っ辛い。ああ、でも運動した後だと、こういうのがうまいんだよな、と思いながら――ふと、篤の席に目をやった。
……あの手紙が置いてある。中身が覗いている、あの手紙が。
「篤の机にモノが投げっぱなしなんて。珍しい」
「ああ、そういえば。最近ここにいないことがあるな」
「あたしは見てないよ。ねえ、砂羽は? 知ってるんじゃない?」
砂羽は、もくもくと握り飯をほおばっている。
水筒のお茶で喉を潤したなら、
「ほかの男子といっしょにいる」
静かな調子でそう告げた。
寂しそう、とはなにか違う。心配、とでもいったらいいのか。
「あー。見たことあるわ。箱田とかと一緒に話してるとこ。いつの間に仲良くなったんだろ……どうやって?」
「由香里。気になるか?」
「うん、気になる」
「……そうか。気にしない方がいい」
机の上にあった封筒から手紙を取り出した。
ササッと、三つ折りになったそれを開いたなら流し読みをする。
「あ! 渉……人の手紙、とっちゃだめ」
砂羽からの注意が入る。
「いいだろ、俺にも来てる手紙なんだから。中身はわかってる」
手紙の本文に入ったところだ。
――ほら、やっぱり。
要約しよう。隣保館で学習会があるとのこと。
手紙を破り捨てた。
「ちょっと! 渉」
「ばかじゃねえの。こんな会」
「……やりすぎだよ」
抗議の声など知らぬとばかり、俺は、
「いったい、こんなところに通ってなんの意味があるってんだ? 意味がないからクソ会だって言ってんだ」
すると、由香里が立ち塞がるようにして、
「砂羽の言うとおり、やりすぎだよ。篤はね、あの国府高校に行くのが目標なんだよ。だから、この会に参加してるの」
「とっくの昔に知ってる。この会がそれに何の関係があるっていうんだ」
「うちの先生だって、ほかの学校の先生だって、国府高校の先生だって参加するんだよ? 関係あるに決まってんじゃん」
「そんな会に行かなくても、あいつ成績いいだろ」
「成績いいだけじゃだめなんだよ。公立高校なんだから」
「……ねえ」
ここで、砂羽が割り込んでくる。
……目が笑っていない。
「ど、どうした? 砂羽」
「そんなに篤が気になるなら、今から直接聞きに行ったら? 手紙、破ったこと……謝らないといけないよね?」
「……」
所在なさげに、砂羽の目をみる。そっぽを向かれた。
が、また俺の方へと視線を戻す。かと思えば、またそっぽを向く。
「……わかったよ。行けばいいんだろ。行くよ。探しに」
すごすごと、教室から出て行く羽目になった。
* * *
「やっぱりな」
学校の敷地の端。フェンスを挟んで向こうに県道が走っている。
校舎の壁とフェンスの間に、等間隔にヒマラヤスギが立ち並んでいる。
……その一角だった。不良とおぼしき3人が篤を囲っている。さらにひとり、鵜飼尚吾も。
俺は、校舎の陰から見守っている。
「おい、黙っとらんで、今週の分を出せや」
「……」
「お~い」
箱田だった。
樹木の陰になって見えにくいが、目の前で手を振るという挑発行為をしている。
少しばかりの間が空いて、
「断る」
「ああ? なんだって?」
「こんなのは……友達でもなんでもないだろ」
離れていてもわかる。
篤の武者奮いが。それ以上に、心が震えている。
「おいおい、お前らがよおー」
別の声になった。
残りふたりのうち、どちらかだろう。
「お前らがよお、クラスの誰とも喋れないからってよお、箱田くんが不憫に思ったんだぜ? 俺らだってよ、ほかの連中と一緒で、怖くてしょうがねえんだ。でも、お前と一緒に遊んでやっただろうが」
「それは……感謝……いや、感謝とか、おかしいじゃないか。どうして一緒に遊ぶぐらいで」
「ガタガタ抜かしてんじゃねーぞ、オイッ!!」
3人目の声。篤を突き飛ばした。
「誰がてめえらなんかと、つるんだりするもんかよ。先公どもにしてもだ、普段はジンケンとかなんとか言ってるけどよ、そいつらからもロクに相手にされてないってんだからよ、お前らは。でもな、しょうがねえよな、それは。わかってんだろ。お前、あったまいいからなあ! いい加減、認めろよ。胸糞わるい。おら、分かったら、とっととお前なんかに付き合ってやった俺たちへの謝礼をよこせよ」
「……できない」
箱田が前に出てくる。
篤の胸倉を掴んだ。殴り倒そうとする。
「まあ、待てえや」
遠巻きに見ていた尚吾。ついに参戦する。
――圧倒的不衛生。ボタンをほとんど留めていない学ランに、黄ばんだワイシャツが覗いている。ズボンはよれよれで、様々なモノが付着している。
比べて、箱田は、これでもかというほどに模範的な着こなしをしている。ありとあらゆる制服の部位がピシッと際立っている。口調や振る舞いは品行方正とはかけ離れているが。
「鵜飼。悪いけど、お前には謝礼はやれん。俺たちみたく、こいつと遊んでやってないからな」
篤の顔。見えないけど、手に取るように伝わってくる。
「まあまあ、箱田よ。篤だって、もういやじゃ言うとる。これまでの分で勘弁してやったらどうじゃ。軽く2万は取ったじゃろうに」
「2万と3千円じゃ。でも、3人で割ったら1万にもならん」
「いやいや、十分じゃろ? 堪えてやり」
「……おい、鵜飼よ。お前をここに呼んだのは、一応の筋やぞ。こいつと同じ『聚落』の出なんだろ。だから呼んだ」
「ワシは、厳密にはのう、その……違うんじゃけどな」
それだけ言うと、尚吾は、胸倉を掴まれている篤のところへと。
「……おい、篤よ。お前とはすぐ近所に住んどるだけで、別に友達ってわけでもないけどのお……お前の気持ちはどうなんじゃ。今払ったら、もう二度とこいつらがお前につるむことはない。ワシが保証する」
「……いやだ」
「ああっ!? どういうことだよ」
要求事項を跳ね退ける。
堪忍袋の尾が切れてしまった箱田。
「これで最後なんだとしても、今ここで、お前に金を払ったら……僕はもう、未来の自分に顔向けできそうにない。今……そうだ、今なん――」
言葉が途切れた。殴り飛ばされたから。
続いて、ほかの2人も、地面に倒れ伏した篤をひたすらに蹴りまくる。
「……」
ハア、とため息をつく尚吾。
俺は、ひたすらに眺めている。
「……」
これこそが自然! とでも言わんばかりの勢いで、篤がリンチを受けている。
胸のボタンが、またひとつ飛んだ。
俺は、ひたすらに眺めている。
「……」
攻撃は続く。篤は、うずくまって痛みに耐えるだけで精一杯の様子だ。
午前に降った雨のせいで、地面がぬかるんでいる。制服が泥だらけになっている。
俺は、ひたすらに眺めている。
「……」
早いもので、もう2分が経っている。
たった今、箱田が肘鉄をお見舞いしたところだ。
俺は、ひたすらに眺めている。
「はぁ……は、は、は、ああ! あぁ……!」
空気が変わった。
篤が、寝そべった状態からひざをついた。
顔を上げて、不良どもを睨みつける。
「は、は、はぁ……!」
これは、気のせいじゃ、ない――燃え滾るような大気を孕んだ風が、周辺を漂っている。
「オラァッ!!」
ここで、箱田による容赦ない蹴たぐりが炸裂する。
もんどり打って倒れてしまう篤。
「アブねえ。警戒しておいてよかった」
「おいおい、お前らのそれをよお、俺たちが見逃すもんかよ。お前らが能力を使う時、その印章とやらが出るんだろうが」
「そんなことしてるから、いつまで経っても信用されないんだよ。おら、なにしようとしてたのか言ってみやがれ!」
篤の左手首に、勾玉が付けられた腕飾りがある。俺の手首にも。
使用者免状。俺達、使用者が装着を義務付けられているもの。
「ごふっ!」
篤の腹を蹴り上げる不良たち。必死に堪えているのが伝わってくる。
箱田は、すぐ傍に落ちていた石片を持ち上げると、そのまま、それを――
「しにやがれッ」
振りかぶって投げた石片が、篤のどこしれぬ箇所にブチ当たった――と、箱田は認識しているだろう。
「あっ!?」
が、その石片は、今だ自分の手に握られている。
「……は? おい、おい、これ」
動揺している。
そんな様子をいぶかしんでいる2人。
尚吾は、にやついている。
「おい、待てよ」
俺は、姿を現した。
粛々とした歩みで奴らの方に近付いていく。
箱田は、俺の姿を認めると、怪訝な顔つきでもって、
「なんだよお前。見てたのか、そこで。コソコソと」
「隠れるのにちょうどいいスギの木があったから」
「そんなことはどうでもいい。そうだ、ちょっと教えてくれよ。さっきこいつは、どんな能力を使おうとしてたんだ?」
「……それこそどうでもいいし、篤はもらっていく」
「だめだ! それとも、お前がこいつの代わりに1万払うってのか!」
なぜだろう。心が涼しくなった。
次の言葉が勝手に浮かんでくる。
「払うわけねーだろッ、ボケッ!」
箱田に突っ込んでいく。
その後ろでは、尚吾が変わらずにやついている。
「ぶっ殺してやるっ!」
箱田は、その拳をまっすぐに振り抜いた。
それは、俺の顔面を捉えている。捉えていた。
「……?」
拳を振り抜いたはずの箱田。が、当たっていない。
ほかの不良らも、呆然としている。
「今度こそ」とばかり、突きに、蹴りに、掴みかかりを繰り返す箱田だったが、ただの1回すらも命中することはない。
「ああッ! なんでだ、おい……あがぁっ!」
ローキックを命中させてやった。パァンッ! という小気味のよい音がする。
すかさず、距離をとった。
「やりやがったな、だが次は逃がさねえ。ボコボコにする」
「……もう、お前立てないぜ」
「ああ!? ほざいて……ろ……?」
心の声が手に取るようにわかる。
動かない足。崩れ落ちようとする膝。手に力が入らない。これはいったい、どういうことなんだ――!?
とでも、思ってるんだろう。
……容赦はしない。ステップの踏み出しは左足から。間合いを計りつつ、2歩目、3歩目、箱田のすぐ間際へと接地した。
今、俺の左手がこいつの右袖を、右手が同じく鎖骨のあたりを掴んだところ。両手を連動させて、真後ろの方向へとこいつの体勢を崩してやったときには、すでに俺の右足が振り上げられている――敵のふくらはぎを目がけて振り下ろされる、一閃――
「だりゃあッ!!」
一本、それまでッ!!
という審判のコールでも聞こえてきそうな勢いとともに、箱田が首から地面に落下する――大外刈り、炸裂。
「が、ああぁ……!」
悶絶。力なく地面を転がり、うつ伏せになってしまう。
「どういうことだ……? おい、箱田っ!」
「なんでこんなに動きが鈍い?」
心配の声が伝播する。
俺は、気にも留めず、倒れている箱田に近寄っていく。
「お、おい、道ノ上、お前ッ! 概念力を使ってるだろ、おい、おいぃ!! お前ら使用者は、使用者は……!」
「印章、出てないだろ。一切。だから、これはただのケンカ。なんのお咎めもない」
「うそを――」
グジャアッ!
箱田の顎に、スニーカーのつま先がクリーンヒットした。音もなく、その場に横倒しになってしまう。
さらに、もう一発ッ! 今度は、鼻っ柱にサッカーボールキックをお見舞いしてやったっ! 何度も何度も、地面を転がる羽目になる。
さて、そろそろ。頃合いじゃないか?
「おい、箱田。どうした。立てよ」
「……」
ブルブルと震えている。
戦意喪失、といったところか。
「最後にその腕、叩き折ってやるよ」
こいつの片腕を背後から掴んで持ち上げたなら、右足を肩甲骨へと押し当てる。
もう少しか? ……そう、そうだ。この角度。ここだったら、上腕骨を関節から剥がしてやれる。
「……折れろ」
「そこまでじゃ! 渉」
「うおっ!」
尚吾による体当たり。危うく転びそうになった。
ケンケンの後、なんとか体勢を立て直す。
「……尚吾。なにすんだよ」
「邪魔して悪かったのう。でもな、ほんまに折るつもりだったんじゃろ? 一般人相手に概念力なんか使うて、ただのケンカにしたって、こりゃあひでえ」
「……」
尚吾から視線を離す。
不良どもの方を見た。
ふたりとも、俺が見ていることに気が付いたようだ……。
「あ、あああああああああぁぁっ!!」
「……!」
ひとりは絶叫を。もうひとりは、絶望のあまり声を上げられずにいる。
「おい、どうしたお前らっ! 大丈夫かっ」
尚吾の足もとにすがる不良どもの姿があった。
「目が、目が見えないんだよッ!」
顔面蒼白。
まさに、この一言がふさわしい。
ふたりとも、尚吾の足もとで蹲っている。
「渉! そろそろ……やめてやれ」
「……チッ」
概念力を解いた。
ふたりとも、我に返ったように肩で息をしている。
「尚吾。俺、なんにもしてないけど」
「……ゴジョーダンを」
箱田たち3人を見下ろせるところまで歩いてゆく。
「……おい、お前ら」
「あ、ああ……うわあああああああああああああああッ!!」
退散しようとする。
が、足元がおぼつかず、ろくに立ち上がれもしない。
「尚吾、悪いな。お前がいなかったら、俺、あいつの後は、あのふたりもグチャグチャにして、それから……」
「もうええ」
尚吾が、俺の肩をフワッと抱きしめる。
「もうええ、もうええ」
そして、耳元で呟くのだった。
「……でも、渉。お前、概念力使っとったじゃろ」
「誰にも言うなよ」
「わかっとる。それに、あいつらも面子が丸つぶれになるけえの。先公どもには言わんじゃろう」




