#07:「Dive or Die」(3)
ついに、飛び降りた。
真下の光景が目に入る――砕け散ったガラスが入口付近に散らばっている。傍らには死体がある。
手を繋いだままのふたり。繋がった手を通して体重を感じつつ、己が身体に受ける空気抵抗に恐怖をおぼえる。
高まる恐怖心。声が出そうになるも、由香里の体温を感じて堪える。
……時間を長く感じている。
『だめだ、このままだと――』
……浮いた。浮いていた。
厳密には違う。ゆっくり、ゆっくりと高度が低下している。
ひとりだけならば浮くことができるのかもしれない、と思って由香里を見る。真剣な面持ちで目を閉じている。片手でスカートを押さえながら。
ふわふわと空中を漂っていたと思ったら、もう地上まで3、4メートルのところだった。
……つま先から地面に着地する。しっかとした感触を得て、そして――
歓声とともに、拍手が起こった。まだ数十名の市民が文化会館の前に残り、館内の様子を気にかけている。見た目からして保護者と思われる。
道路にはパトカーが停まっている。が、警察官がこちらに来る様子はない。無線でなにか話している。
「あああ、やめてくれえええっ!」
「あ、いや、いやあああああああぁッ!!」
4階からは阿鼻叫喚が響いている。重火器の音も。
「くそっ!」
地団駄を踏んだ。右掌を握り締める。
「渉! 汐町さん!」
集が走ってくる。
「館内の避難は終わった。が……」
4階の方を見て眉を潜める。
「諦めろ。いったんこうやってドンパチが始まったらどうしようもない。どちらかが死ぬまでだ。お前らもわかってるだろ? 使用者はな、こういう理由で社会から隔離されるんだ」
戦いという名の音楽を聴いているばかりだった。それも、阿鼻叫喚を。
「ねえ」
声がしたような気がする。残念ながら、心のゆとりがない。
「ねえってば」
「?」
振り向くと、そこには――梔子ほのかがいた。
笑んでいる。
「わたしが、なんとかしようか?」
「!?」
俺は、ほのかに近付いた。
多分、怒気をはらんでいたと思う。
「おい、自分がなにを言ってるのか、」
「わかってるよ」
「……え?」
頭が追いつかない。
「なら、梔子さん。お願いするわ。やってみせて」
由香里が、前面に出る。
「渉。この子、使用者よ」
そうか、そういうことか。あの時、感じた違和感は……いや、でも、なんであの時、わからなかったんだ?
そして、そんな思いとともに、
「でも、どうやって解決するんだ? 多勢に無勢、乗り込んでも殺される」
ほのかは、深呼吸をした。
息を吐き出しながら、
「……」
――印章が見えた。黄色がかったような緑? そうだ、うん。どちらかと言えば、緑の方が強い。
大気が、どんどんと印章の色に染まっていく。強い風に吹かれたそれらは、散り散りになって彼女の周りから消え去って、現われて、消え去って、現われて――奔流が駆け巡る。
悲鳴が聞こえる。体育ホールが地獄であることを思い知る……ほのかに目を移した。目を閉じている――開かれた。
――《大地加速》――
地が揺れる。
耳が潰れそうなほどの大気の奔流が。ところどころに植えてある木々がごうごうと揺れている。思わず、頭を押さえた。
今にも、今にも――吹き飛ばされるッ!
「由香里ッ!」
吹きすさぶ嵐の中、由香里の手を取った。
集の方を向く。
「集、どこに逃げればいい! この、超強力な概念力……巻き込まれるッ!」
凄まじい風圧だった。声が届いている自信はない。視界すら封じられている気がする。
集は、ひたすらに佇んでいる。
「おい、集!」
「渉、大丈夫だ。暢気に構えてろ。これは攻撃じゃない」
淡々とした調子で答えている。
「これはな……単なる魔法強化だ。攻撃手段でもなんでもない。が……国府の森の使用者が使えばこうなる」
「……どういうことだよ、おい。ただの強化って」
強風が吹く中、集は、平然と歩いてくる。
「彼女が桁違いに強い。それだけだ」
俺は、ほのかに視線をやっていた。
由香里の肩を抱いて。その震えを感じながら。
「……」
ほのかの指先が、文化会館へと向けられる。
「グラビティ・フォール……リバースッ!」
声は、高らかだった。
その瞬間、俺は、由香里を抱えながら身を伏せていた。
ドオ……ンッ!
「うわあぁッ!!」
大地そのものから拒まれたかのように飛び上がってしまった。
当然のごとく着地に失敗する。
「……」
静寂が戻っている。
どれくらい、じっとしていただろう。聴覚が生きていることを確かめて、立ち上がる。
「……?」
ない。
文化会館がなくなっている。
……急に、辺りが暗くなった。ただ、なんとなく。本当になんとなく、空を見上げる。
あった。文化会館が――今ちょうど、太陽の光を遮る位置にきたところ。
「……ははっ」
笑うしかなかった。
上空を移動するだけの物体となった文化会館を見ている。次第に、その影が山岳の方へと移ろっていく。
……太陽の光が戻ってきたことで、理解する。高度が下がり始めたことを。
どこだ? どこにぶつかる? 大丈夫だ、市街地じゃない。山の方に落ちるコースだ。多分。多分。多分――
そんなことを考えているうち、文化会館を見失った。なんだ、いったん落ち始めると、どんどん加速するんだな。
「あ、もう、落ちる……」
呟いたほのか。
パカンッ。擬音で表すとしたら、こんな感じだろうか。遠く離れているからだろう、あっけない音だった。
『こっぱみじんにならないんだ』という、なんというか、素直な感想とともに――山々へと屋根から突き刺さった、建物だったものを見ながら、思う。
(第7話、終)




