#03:なんの取り柄もない自分にただひとつ(3)
翌朝。コンクリートが無事に固まりつつあることを確かめてから、ホームセンターにレンガを買いに行った。
……結局、二百個以上はトラックに積んだだろうか。タイヤを見ると、見るも無残に凹みができていた。
三良坂さんが言うには、これでもまだ過積載ではないらしい。いや、どう見ても過積載だろう、と思いながら助手席に乗り込んだけど、案外大丈夫なものだという平凡な感想しか出てこなかった。
戻ってきた時、すでに午前8時を回っていたから、大慌てでレンガを降ろしていった。午後になって、さあいよいよと現場に向かったところ、どうやらコンクリートの強度が不十分ということで、作業は明日に延期となった。
翌日の午後3時30分。満を持して、型枠を見下ろす俺と三良坂さんの姿があった。
型枠の対角線上の二隅をぐいっと持ち上げる。地面から型枠が抜け出る際の、わずかな感覚。三良坂さんと目配せをしたなら、一気に型枠を抜き取るのだった。
……完成していた。コンクリートの基礎が。この上に、これからレンガを重ねていくのだ。
あっという間に型枠の解体を済ませ、計六段あるうちの一段目のレンガを、コンクリートの基礎の上に仮置きしていった。それも終わると、いよいよ仕上げだ。
レンガを積み上げていくのだが、その際にモルタルを練って、レンガ同士の接着剤として利用する。1枚1枚丁寧にレンガを積み上げ、コテを使ってモルタルで接着していった。
……結局7時前までかかってしまい、栞から大いに怒られてしまった。
この頃には、クラブ活動や下校中の生徒からの視線がうるさくなっていた。こんなことをしていたら、いやがうえにも注目が集まってしまう。でも、個人的には、手伝いたいという由香里を宥めるのに一番苦労した……と思う。
そして――
* * *
「最後の段階だな」
男ふたり。今しがた集合したところ。
時計は、午前7時を指している。今日は金曜日、完了検査の日だ。これまで4日間、必死に汗をかいてきた。
ふと見ると、三良坂さんが乗ってきた軽トラックの荷台に土が積んである。
「これで最後?」
「そう、本当に最後だ。この花壇に足りないものは、土と種を除いてほかにない」
軽トラックの運転席に戻ると、車を発信させる。
バックで花壇のすぐ前まで着けたなら、そのまま、運転席内でかがむような仕草をした。なにをしているのだろうか。
ウイィーン……!
この軽トラック、荷台が傾いて――ダンプ機能が付いている。
あれよあれよという間に、トラックの荷台が傾いて黒土が落ちていく。
――ドバドバと流れ落ちる。零れ落ちている分もサービスだ、といわんばかり。
ガコンッ……!
落ち切ったなら、助手席に置いてあったスコップを使い、ふたりして花壇の土を整える。
「そうだ、渉。花壇といえば?」
「花……そうだ、花だ。でも、しばらくお預けか……」
「ほら」
作業服のポケットから、袋入りのパンジーの種を取り出した。
花壇の中に、規則正しく種を埋めていく。
「ほら、残りは渉が埋めてみな」
「わかった」
種の入った袋から、ひとつまみ、ひとつまみ取り出しては等間隔に落としていく。
我ながら、ぎこちない感じだった。十数個ほどの種を撒いた。
「……終わった。ほんとにこれで終わったんだな。ところで、これっていつ芽吹くんだ?」
「すぐかな」
「えっ?」
意味がわからない。
「渉ーーーーッ!」
くつ箱の方から由香里が駆けてくる。今日は早起きなんだな。
「由香里、なんでここに?」
「今日で最後なんでしょ? 渉の仕事、見ておきたくって――そちらの方は?」
「どうも、汐町さん。三良坂といいます。宜しく」
ふたりの視線が交わった気がする。
そうか、今日が初対面か。
「――!?」
これは……嫌悪感?
由香里からの嫌悪感が見て取れる。
「由香里。この人、いい人だよ」
「あ、渉がお世話になっています。汐町由香里です。今後とも……」
身震いをした。
「今後とも、宜しくお願いします」
「そうだな。今後とも、という表現は正しい。なんたって」
花壇に目をやる。
純白の、紫色の、黄色の――いつの間にやら、色とりどりのパンジーが咲き誇っている。
「なんだよ、これ……」
「渉、どうしたの? え、ちょっと、これ! さっきまでは確かに」
「……そういうこと。俺も使用者の端くれだから、種だって花にしてしまうわけだ」
言葉が出ない。
「ハッピーマウンテン市教育委員会、教育総務課。三良坂集。集って呼んでくれていい」
* * *
「ちょっと、渉! どういうことよっ」
「栞、どうした?」
「どういうことって、言葉のとおりよっ。あの三良坂って人、公務員だって知ってたんなら、どうしてもっと早く言わないのっ!?」
「どうでもいいし……」
平屋建ての一番奥にある部屋。俺たちの寝室だ。音がかなり響く。
「さては、渉。あんた……」
「なんだよ」、と言いかける。
「お姉ちゃんがお嫁が行くのが嫌で、わざと紹介しなかったわねッ!」
「いや、さ、今日わかったんだよ。ホントに」
後ろ暗い気分だ。俺だって、まさか公務員だなんて思わなかったから。
……恐る恐る、栞の方を見る。微笑んでいた。
「まったく、いつまで経っても姉離れできないんだから」
そのまま、俺を抱きしめる。話聞けよ。
「……」
ふた房のうちのひとつが頭上に乗っかっている。
「……重たい」
(第3話、終)




