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150キロ彼方の証明 ~二宮浩太郎の独断推理ノート特別編~  作者: スズキ
特別編 「150キロ彼方の証明」 VSツアーコンダクター/菅野遼
8/15

八・開けられた扉



 八・午後十時三分 旅館あさみな応接室


 突如発生した天堂院創大の毒死事件は女将である中将の通報により、現場に駆け付けた京都府警の刑事たちによって行われた。創大の遺体は検案の結果、遺体の口から青酸カリ特有のアーモンド臭がすること、創大の鞄から彼の指紋が付着したタレビンと、遺書と思われる文章が発見されたことから自殺だと判断された。


「嘘よっ、先生が自殺するなんてありえない!」


 旅館の応接間にて、刑事たちから事情聴取を受ける創大の愛人である飛鳥はそう証言した。当然だろう、彼自身が死を選んだ訳ではないのだから。しかし、刑事たちは彼女に自殺の決定的な裏付けを取る証拠品について語った。


「しかし、被害者の手荷物から青酸カリが入っとったであろう容器と、遺書が発見された以上、これは自殺と言うしか……」


「そんな訳無いでしょう! 先生は殺されたのよ!」


 騒ぎ立てる飛鳥を前に、刑事たちはただ困り果てるしかなかった。


 そんな彼らを遼は応接間の外から眺めていた。どうやら、計画は予想以上にうまく進んでいる様だ。


「いやあ。大変な事になりましたね」遼の後ろから声が聞こえた。二宮だった。


「……二宮さんですか。どうしてここに?」


「いや、ちょっと事情聴取の様子が気になって聞きに来たんです。菅野さんも僕と同じ理由で?」


「まあ、こっちも少し気になってきたんです」


 計画が上手く行っているか確認するために。


「そうですか。こんな所で立ち話もなんですから、ちょっと場所を変えませんか?」


「それが良いですね。刑事さんの邪魔になったら悪いし」


「では行きましょう」


 遼は二宮が歩き出した方と同じ方面へ歩き始める。


 ――こいつといると、調子が狂うな。遼は自分より年下の二宮に、完全に立場をリードされているという事に焦りを感じていた。そう思っていると、二宮から話し掛けられた。


「そういえば聞きたいことがあるんですけど」


「何です?」


「ツアーの参加者が自殺をするという事は、これってちょっとあり得るんですか?」


「そうですね、これは会社の先輩から聞いた話だけど……聞きます?」


「お願いします」


「何年か前に東北地方の温泉巡りのツアー企画があったんです。それで山奥の温泉に泊まっている時に、夜遅くに若いカップルが旅館を出て、こそこそと山のほうに出て行ったんです。その様子を見て気になった先輩のコンダクターが彼らの後をつけていったんです」


「なるほど……続きを」


「それがその二人、樹海へ入って心中しようとしていたんですよ」


「心中ですか。動機は何だったのでしょう?」


「そこまでは知らないけど、何とかその二人を引き留めて、思い留まらせたみたいです」


「そうですか、あるものなんですねえ。しかし、今回の場合はまだ何とも言えませんね」


「いや、警察の見解は殺人ではなく、自殺みたいですけど?」


「うーん、それなんですがね、僕としてはちょっと気になる点があるんですよ」


「気になる点?」


「その説明の為に今現場に向かっているんですが……あ、着いた」


 そういわれると、遼は自分が知らず知らずの内につぐみの間の前に来ている事に気がついた。部屋の扉は開けられているが、入り口に立ち入り禁止のテープが貼ってある。


「ちょっと現場に入ってみましょう」


 二宮はポケットから出した白いゴム手袋を嵌めて、テープの下をくぐった。


「大丈夫なんですか、勝手に入っても」


「許可は取ってあります。さあ、入って」


 遼は二宮に言われるままに彼と一緒に部屋の中に入った。中で捜査している刑事たちから何も文句を言われていない所を見るに、許可を取ってあるというのは本当の事らしい。


「この手袋を着けて」


 二宮から彼が今嵌めているものと同じ手袋を渡された遼は、それを手に嵌めた。


「朝バスでいっていたのは本当の事だったみたいですね。これまで幾つも事件を解決してきたというのは」


「ええ。しかしこうやって事件にばったり遭遇したというのは初めてのことです」


 二宮はそう言うと、近くにいる鑑識員に声を掛けた。


「大川さんは今どこに?」


「あの女の人? そんならベランダにおるで」


「そう、どうもおおきに」


 いんちき臭い関西弁で二宮は礼をいうと、部屋の奥へと向かって窓を開けると、ベランダに入った。そこには置かれている椅子に座りながら、テーブルの上でうつ伏せになっている千尋が居た。どうやら寝ているらしい。


「起きなさい」


 二宮が千尋の頭を軽く叩いた。


「やだあ。もう動きたくないってえ」千尋の口から呻き声に似たような言葉が聞こえた。


「しっかりしなさい。夜はこれからなんだから」


「やだやだ。折角のバカンスなのに働きたくなんかないよお」


「諦めなさい。元々こんな事になる運命だったんだよ。ほら、起きなさい」


 二宮が何度も千尋に呼びかけをするものの、それでも彼女は「やだやだ」と駄々をこねていた。確かに休暇を返上させられた彼女に同情の余地はあるものの、これでは玩具を買ってもらえずに泣き喚いている子供と変わりはない。傍から見たら二宮の方が大人だ。


「困ったものです。いい所のお嬢様だから甘やかされていたんですよ」


「この人、そういう家庭で育てられてきたんですか」遼が二宮に尋ねる。


「何せ出身高校が天照女学院ですから。あんな学校に通えるのはよっぽど頭がいい人と金持ちだけです」


「天照女学院って、あのお嬢様学校の? そういえばあの学校もなにか事件があったとか……」


「ああ、それを解決したのも僕です」


「そんな馬鹿な」


「半年前の新聞読んでください。どっかに載っていると思いますから。まっ、本題に戻りましょうか」


 そう言って二宮は再び現場へ戻った。遼も彼の後ろについていく。


「さて、この現場は大体が事件が起こった時のままになっています。いちおう、被害者の天堂院さんの遺体が無い所以外は」


「でしょうね。それがどうかしたんですか?」


「あれを見てください」二宮は壁にある押し入れを指さした。


「あの押し入れです。扉が開いています」確かに二宮のいう通り、押し入れの扉は開いたままになっている。


「ええ、それが何か? 開いていておかしい所があるんですか?」


「あの押し入れはですね、布団とか枕とかその他諸々の寝具セットが入っている押し入れなんです。しかし、既に部屋には布団が敷かれているので中身は空っぽな訳です。覗いてみますか?」


 そう言われた遼は押し入れの方へ行き、中を覗き込んだ。二宮がいっていた通り、中には何も入っていない。遼が押し入れに隠れている時は全く気がついていなかった。当然だろう。その時はそんな事を気にする余裕が無かったのだから。


「押し入れの中に何が入っていようが、別に関係は無いんですけどね」


「どういう事です?」


「問題なのは、この押し入れが開けられたままの状態だったという事です。考えてみてください、普通押し入れを開けっ放しの状態にするでしょうか?」


「布団を出している途中だったとか?」


「それは違うでしょう」


「それはまたどうして」


「最初にこの現場へ来ていた時、天堂院さんは布団の上に倒れていました。つまりその時既に布団は部屋に敷かれていたという訳です。これが気になって彼の連れ添いの女性――名前は何て言ったかな……ああ、そうだ。弓野さんにこの事を訊いたのですが、自分も天堂院さんもあの押し入れを閉めて露天風呂に行ったといっていました。つまり彼らには押し入れを開けっ放しにする理由も、押し入れを開ける機会すら無かった訳で」


「なるほど、じゃあどうして押し入れは開けられていたんでしょう?」


「考えるとするならば、別の第三者が押し入れを開けたという可能性です。天堂院さんや弓野さんとは全く別の」


「だとしたら、何の理由で?」


「今ははっきりとは判りません。しかしこのような不可解な点がある以上、このまま事件を自殺で片付けるのは、ちょっと気が早いんじゃないでしょうか」そう言って二宮は頭に指先を当てて、考え事をしている仕草をした。


「まあここは捜査の進展を待つしかないでしょう」


「そうですね……あの、もうそろそろ部屋に戻って良いですか?」


 もう夜も遅い。遼には会社への連絡など、一刻も早く片付けなくてはならない仕事があるのだ。それにあまり現場に長く居るというのも、あまりいい気分がしない。


「ああ、そうですね。すいません、お仕事が忙しいのに話に付き合ってもらっちゃって」


「いえ、とんでもない」


「また何か判ったことがあればお話しします」


「お願いします。それじゃあおやすみなさい」


「おやすみなさい」


 遼は二宮から貰った手袋を返してつぐみの間から出た。部屋を出る時、遼を二宮は何か意味ありげな微笑みを浮かべながら見送った。


 それはただ単に友好を意味するものなのか。それとも――



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