五・ちょっとした推測
五・午後五時二十七分 旅館あさみな玄関口
二年坂での昼休憩を終えた一行が次に向かったのは醍醐寺だ。そこでの観光を終えた後、彼らを乗せたバスは京都の南東方面にある旅館あさみなへと向かった。彼らが宿泊する旅館あさみなは他の旅館に較べて特筆するべき点がある旅館という訳ではないが、露天風呂から見ることのできる美しい京都の夜景が観光客からは評判がいい。
発車から三十分ほどしてバスは目的地に到着すると、一番最初に遼がバスから降りて旅館へ向かい、旅館の女将と対面した。
「新日本ツアーズの菅野です。今回はツアーにご協力頂きありがとうございます」
遼は懐から名刺を出し、女将にそれを渡した。
「あさみなの女将の中将と申します。こちらこそ毎度新日本ツアーズさんにご利用頂いてほんまにありがとうございます」
中将は関西弁で挨拶をしながら遼の名刺を受け取った。
「早速ですがお客様に書いていただく宿泊票を頂いても宜しいでしょうか。事前にお伝えした通り、なるべく部屋への移動をスムーズにしたいものですから」
「ええ、判りました。少しお待ちください」
中将はそう言って受付に行くと、人数分の宿泊票の束を取り出してそれを遼に渡した。
「こちらが宿泊票となります」
遼は宿泊票を受け取り、中将に「ありがとうございます」といって笑みを浮かべた。
一通りの手続きを終えた遼はバスへ戻り、彼が用意したクリップボードに取り付けた宿泊票と、サインに使うペンをそれぞれの参加者の代表者に手渡しながら、旅館での宿泊の案内をした。旅館あさみなには本館と、本館の東側にある別館に分かれており、今回のツアーメンバー一行は別館に宿泊する。
それぞれの宿泊部屋を説明する頃には全員宿泊票にサインを終えており、説明を終えた遼は宿泊票を回収して参加者をバスから降ろし、玄関前で待っていた中将が彼らを案内した。
「うーん、いい雰囲気の旅館だなあ。小学校の修学旅行を思い出しますよ」
遼の近くにいた二宮が感慨深そうに言った。
「確かあの時は晩御飯に紙の鍋が出て、それでしゃぶしゃぶを食べた記憶があります。あの鍋の紙ってどうして燃えないんでしょうねえ、長年の疑問なのですが」
「あっ、それわたしも気になっているのよ。前に良い値段のするお店で見た時から、不思議で堪らなかったのよね」
二宮の隣にいる千尋も頭をかしげた。遼は彼らに説明をする。
「ああ、あの鍋の仕組みは紙の器に水を入れている所がミソなんです。紙は高温の熱を与えてしまうと燃えてしまうんですが、器に入っている水の温度の上昇は百度で止まってしまうんです。水の温度は百度以上にはなりませんからね。そのお陰で紙が燃えてしまうのを防いでいるんですよ」
遼の解説を聞いて、二宮と千尋はしきりに感心した。
「なるほど、そういう事なのかあ。意外と単純な原理なんですねえ」
「確かに、仕組み自体は中学校レベルの理科で説明できるもんね。だけどわざわざ紙にする必要はあるのかな? 普通に陶器で済ませればいいと思うんだけど」
千尋の意見を聞いて遼は苦笑した。
「まあ、それはわび・さびという物ですよ。ああいう物を使う事で雰囲気を高めているんですよ」
「いや、僕は紙を使う事にはもっと違う理由があるんじゃないかと思うんです」
「へえ、何です、その考えというのは?」
「例えばですよ、普通に陶器とか鉄の器を鍋にして使うのだとしたら、使った後洗わなきゃいけません。これには少し手間がかかります。しかし紙の器だったら使い捨てなので、使った後簡単に捨てることが出来ます。これなら食器を洗う手間が少し省けるし、片づけが簡単になるので旅館側としてはとても都合が良いわけです。これが僕の考えですが、どうでしょうか?」
二宮の考えを聞いて遼は感心した。彼のような発想をした事など、遼には無かったからだ。
「へえ……そんな事考えたことも無かったな。確かに、十分あり得る考えです」
――中々鋭いな、この男。
遼は二宮を見て、彼の存在が計画に影響を及ぼすかもしれないという危機感を覚えた。




