三・素性
三・午前八時五分 京都行きバス内
三ツ谷駅から出発したバスは発車から約十五分後、高速道路へと入っていき、本格的に京都へと向かい始めていった。
バス内での旅行客への自己紹介と、会社への連絡を終えた遼は一息つき、鞄から事前に買っておいた菓子パンなどを出して少々遅めの朝食を始めた。最初に袋から出したメロンパンを食べながら、遼はバスの一番前にある自分の座席から後ろを振り返り、バス内の様子を眺めた。
乗客は基本的に後ろの方の座席から詰めて座っており、遼が目を付けている創大と、その愛人の飛鳥はその乗客のまとまりの中でも前のほうの座席に座っている。
しかしその二人からずっと離れた前の席……遼の座るガイド席のすぐ後ろに、二宮と大川千尋がちょこんと座っていた。千尋は遼と同じように菓子パンを食べ、二宮も漫画雑誌を読みながら菓子パンを食べていた。千尋がパンを食べながら、二宮の読んでいる雑誌を横目で眺めている。
この他の客とは余りにも異質な雰囲気を漂わせている二人に、遼は声を掛けた。
「お食事中すいませんが、ちょっといいですか」
遼の声を聞いて二人は雑誌から目線を上げると、遼の顔を見た。
「どうしました?」
最初に返事をしたのは二宮のほうだった。
「あの……失礼ですが、お二人はどういう関係で?」
「関係?」
「いや、さっき姉弟じゃないって言っていたから、どういう関係なのか不思議に思って……」
二宮が遼の言葉を聞いて、「へえ」と声を漏らしながらにやりと笑うと、言葉を続けた。
「どういう関係だと思います?」
逆に質問され返されてしまった。
「判らないなあ。どういう関係なんだろう」
悩み始めた遼を見て、二宮が「ははは……」と小さく笑う。
「絶対判らないと思いますよ。ぜんぜん現実味が無いから」
思考を巡らせる遼に千尋が言った。
「ううん、現実味が無い、か――」
その言葉は遼をより一層悩ませた。一体、どういう関係だというのだろう?
結局遼は二人の関係を当てることは出来ず、降参することになった。
「駄目だ、まったく判らないな。答えは何なんですか」
遼がそういうと、二宮は手を自分の口に当てて「ううん」と唸った。
「ええと、どう説明すればいいのかな……大川さん、バトンタッチ」
「そんなあ、わたしにも説明のしようが無いんだけど」
二人とも互いの顔を見ながら困惑した。すると、二宮は最初に千尋の紹介をした。
「まずこの人、大川千尋というんですが……刑事でして。愛知県警の捜査一課の警部補なんです」
「えっ……刑事さんなんですか、この人が?」
「ええ、ぜんぜんそう見えないでしょう」
「確か捜査一課といえば、殺人とか重大な犯罪を担当するっていう……」
「その通りです」
「驚いたな」
驚きの声を上げる遼の言葉を聞いて、二宮の隣に座る千尋は「てへへ」と照れ笑いをした。
「だけれど、その事が二人にいったい何の関係が?」
次に遼の疑問に答えたのは千尋だった。
「いやあ、こいつ……二宮浩太郎って名前で、わたしはニノと呼んでいるんですけど、何度か担当している事件の現場にやって来て、勝手に捜査に口を挟むんですよ」
「勝手って、途中からはそっちから手伝ってくれって頼んできたんじゃないか」
「それはそうなんだけどもさ」
「それに手伝いどころか、事件を解決しているじゃない」
「事件を解決? それ、どういう事です?」
遼は更に困惑した口調で二人に訊いた。
「そうですね……半年くらい前にあった高校生探偵の事件って知ってます?」
「ええ、週刊誌で見ました。幼馴染を殺してしまったという……」
「あれ解決したの僕なんです」
「そんな、まさか」
「いや、本当なんです。あとはどんな事件があったっけ……」
二宮はそういいながら千尋の方を見た。
「ラノベ作家のゴーストライター殺人事件」
「そうそう、そんな事件もあったなあ。ご存知ですか」
「ええ、聞いたことは」
「あれも解決したの僕なんです」
「……信じられないなあ」
「まあ、普通はそうですよね。漫画じゃあるまいし」
二宮はそういいながら苦笑した。
「そんなこんなでお互い縁が出来ちゃって。今回の旅行も警察からの感謝状と一緒に貰った旅行券を使おうってことで、なんやかんやで一緒に行く事に」
「何で旅行券だったんだろうね。普通に金一封で良かったと思うのに」
「はあ……それでどうして京都に?」
「うーん。行き先は正直どこでも良かったので、ダーツで決めました」
「ダーツ?」
「壁に日本地図を貼って、そこから数メートル離れた所で、大川さんが地図にダーツを投げるんです。それでダーツで当たった場所に行くって決めたんですけど、最初に当たったのが――どこだったっけ」
「沖ノ鳥島」
「そうそう。流石に沖ノ鳥島に行くのは嫌なので、もう一度投げると今度は京都にダーツが当たったので、京都に行く事になりました」
「へえ、それはラッキーでしたね。京都といえば、観光の定番ともいっていい場所ですから」
「ええ。それに大川さん、小学校の時に修学旅行で京都に行くはずだったのが、出発前日の晩御飯で食べた生牡蠣に当たりまして。それで京都には一度も行ってなかったんです。いわばリベンジというわけです」
「うう、あまりそのこと言わないでよ。嫌な思い出なんだから」
「まあ良かったじゃない。これで念願の京都旅行が出来たんだから」
「わたしとしては、グアムに行きたかったんだけどなあ」
「日本地図にグアムが載っている訳無いでしょう。人の旅行券で行かせてもらっているんだから、我慢しなさい」
「そりゃそうだけど、何で年下の男子に叱られなきゃいけないのかなあ」
不貞腐れる千尋を見て、遼は笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ、きっといい旅行になりますから」
そういうと遼は自分の席に戻り、溜息を吐いた。
いい旅行になる、遼は二宮と千尋にそう言ったものの、このツアーが彼らにとって良くないものになってしまう事を遼は知っているのだ。彼らへの罪悪感が募る。
そしてあの妙な学生――二宮の事が気がかりだった。あの二人のいう事が本当だったら、遼の計画にとって二宮は大きな脅威となるかもしれない。
しかし――今更計画を中断させる訳にはいかない。今回のツアーは遼にとって、“復讐計画”を実行できるまたとないチャンスなのだから。