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150キロ彼方の証明 ~二宮浩太郎の独断推理ノート特別編~  作者: スズキ
特別編 「150キロ彼方の証明」 VSツアーコンダクター/菅野遼
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二・標的




 二・午前七時四十二分 三ツ谷駅バスターミナル内



 本来、三ツ谷駅のバスターミナルにバスが到着する予定時刻は午前七時三十分だった。


 しかし、大川千尋の同伴者である学生のせいで笹ヶ峰駅を出発する時刻は大幅に遅れ、その結果として予定より十分近くも遅れてバスは目的地に到着した。


 到着した時刻が遅れたせいか、事前に集合場所に指定されたバスターミナルでは既に二組の予約者がバスの到着を待っていた。


 バスが停まり、遼がそこから降りると、まず待っていた客たちに頭を下げて謝罪をした後、予約の確認をとった。一組はアベックの盛岡もりおか夫妻、もう一組は夫婦と息子という組み合わせである三人家族の鶴田つるた一家だった。


 彼らをバスへと案内し、遼は予約者リストの項目にチェックマークを記入した。残りはあと二組だ。


 遼は再びリストを見て、残りの予約者の項目を確認しようとした。その時、彼は急に後ろから誰かに声を掛けられた。


「あの、ツアーガイドさん」


 遼は声の主は誰かと振り返った。彼に声を掛けたのは、例の学生だった。


「ああ、良かった。あなたがツアーガイドさんで合っていたんだ。何せ男性だから、本当にツアーガイドさんで合っているのか少し不安で……」


 呆気にとられる遼に向かって、学生はぺらぺらと喋った。


「そうだ、自己紹介をしないと。僕、二宮といいます。二宮浩太郎です。これから二日間よろしくお願いします」


 自己紹介をした二宮は遼に向かって手を差し出し、彼に握手を求めた。遼は妙に馴れ馴れしい態度の二宮を警戒し、彼の握手に応えるのに一瞬躊躇ちゅうちょした。だが、結局は彼の握手に応え、自分の自己紹介をした。


「菅野遼です。こちらこそお願いします。あと、正確にはツアーガイドではなく、ツアーコンダクター、なんですけどね」


「へえ、ツアーコンダクター、ですか」


 遼が微笑を浮かべると、二宮も笑みを浮かべた。


「それで二宮さん、いったい僕に何の用でしょうか?」


「ああ、その件なんですがね」


 そう言って二宮は自分から右側の方向を指差した。


「向こうの方を見てください。あそこにコンビニがあるでしょう?」


 遼は二宮が指差した方向に目を向けた。確かに、その方向にはコンビニが一軒建っていた。


「ええ、建っていますが。それが何か?」


「ちょっと行ってきてもいいですか、あのコンビニに」


「はあ?」


「もしかしたらあのコンビニに、朝から探しているお目当ての雑誌が置いてあるかもしれないんです。大丈夫です。買ってすぐに戻りますから」


 遼は先程、笹ヶ峰駅で二宮と千尋がバスに乗る時に交わした会話を思い出した。確かあちこちのコンビニへ雑誌を探し回っていたら、バスの集合時刻に遅れたという話だった。


 二宮のせいでバスの発車時刻が遅れたことを思い出した遼は、二宮に「それは、ちょっと……」といった。またこの少年に予定を遅らせられたら、たまったものではない。


 しかしそれでも二宮は「本当にすぐ戻りますから」と言って食い下がったので、とうとう遼の方が折れることになった。


「判りました。だけど、どんなに遅くなっても十分で戻って来て下さい」


「ありがとうございます。では、行ってきます」


 二宮はそう言ってコンビニのある方向へと駆け出していった。


 一体何者なんだ? あの二宮という学生は?


 そう思いながら遼は再び予約者リストを開き、まだバスターミナルに来ていない客の項目を確認する。


 まだ来ていない二組の客のうち、一組は嶺川みねかわという名前の五十代前半の男だ。二人組で予約をしている。


 そしてもう一組の名前の欄を見る――天堂院てんどういん創大そうだい、四十代後半の男だ。予約では二人組で来ることになっている。これが問題の客だ。


 さて、ここで今回の事件の重要人物である天堂院創大について説明をしておこう。


 天堂院創大は某大学病院の外科の准教授である。主に消化器官系の手術を得意としている彼は、現在大学で行われている次期教授選挙において、各学科の教授を集めたパーティーの開催や、製薬会社からのリベートで入手した金による買収などといった、合法、非合法問わず様々な方法で同世代の助教授と票争いをしている。


 予め説明をしておくが、今回の事件において彼の医療現場での活躍、および醜態は一切関係無い。だから彼の医者としての素性に関する説明はここまでにしておく。


 問題はここからだ。創大には妻がいて、彼の恩師である教授の娘がその妻である。


 しかし彼に妻に対する愛情は無かった。結婚をしたのも、教授への恩義と将来教授になる上で教授選を有利に進めるための、戦略結婚だったのである。


 だから彼に愛人が出来るのは、時間の問題だったのかもしれない。バスターミナルで二宮を待っている遼の前に現れた天童院創大の隣には、カジュアルな服を着た若い女が一緒に歩いていた。彼女は創大の愛人である弓野(ゆみの)飛鳥(あすか)だ。



 今回の旅行で創大と同行する飛鳥は彼の結婚後、四人目の愛人である。創大と飛鳥の関係が始まったのは一年前のことだ。創大は自身の所属する医局の研究員として勤務する飛鳥を、優秀な医者としてではなく、魅力的な女性として気に入り、彼女にアプローチを掛けたことから二人の関係は始まった。


 当時いた三人目の愛人を捨て、飛鳥に乗り換えた創大は何度も彼女の住むアパートを訪問したり、逆に彼の妻や子供が家を留守にしている間に飛鳥を家に呼んだりなどして密会を重ねた。今回の旅行は創大にとって日頃の疲れを癒す、いわば慰安旅行のようなものであった。この二日間は日頃のストレスをきれいさっぱり忘れることが出来る。


 隣に歩く飛鳥の顔を見ながら、顔を緩める創大に遼は声を掛けた。


「……おはようございます。新日本ツアーズ、京都一泊二日の旅をご予約の天堂院創大様ですね?」


「ええ、そうです」


「お待ちしていました。バスの中は自由席になっていますので、空いている席からご自由にお座りください」


 そして「荷物をお預かりします」といって創大と飛鳥のキャリーケースを預かり、二人をバスの中へと入れていった。


「中年の男と若い女……何だか“いかにも”って感じですね、あの二人」


「ええ、そうですね」


 ――待て、今俺に話しかけてきたのは誰だ。運転手の田上はバスの中で待っているはずだ。


 トランクルームにキャリーバックを運んでいた遼は後ろを振り返った。声の主はコンビニへ行っていた二宮だった。二宮の手にはコンビニ袋があった。


「戻っていたんですか」


「ええ。いやあ、おかげ様でジャンプが買えました。行っておいてよかった。これで移動中の暇が潰せます」


 そういって二宮はバスの中へ軽い足取りで乗車した。


 その姿を見た遼は仕事に戻って、キャリーケースをトランクルームへ入れた。


 全く、あの学生にはペースを崩されるな……


 遼はひっそりと溜息を吐いた。


 その数分後、もう一組の予約者である嶺川がバスに乗車し、遼たちを乗せたバスはようやく京都へと向かい始めたのだった。



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