エピローグ
私が先輩とカフェで雑談をしてから一週間──木曜日の放課後、その日の授業が終わると私は大原先生に職員室に呼び出された。
その理由は図書室のうわさの件だった。聞けば幽霊ではなく、残っていた生徒を理事長が誤解されたということで、事態は終着を迎えたそうだ。
今回の騒ぎにあたり、大原先生の管理不届きが指摘されたが、誰かが被害を被ったわけでもないのでお咎めはないそうだ。ただ、図書室の不正利用の反省文を提出するようにと言われたらしい。
「すまないが、来週末までに頼む」そう言って原稿用紙五枚ほど渡された。大原先生はこの件について、誰かを責める気がないことがその姿から見てとれた。
わかりました、と原稿用紙を受け取る。原稿用紙五枚は少ない量とは言えないが考えたところで仕方がない。私は他に気になっていたことを質問することにした。
「理事長は納得されたんですか?」
「……渋々な。高齢といこともあってか、幽霊の仕業という考えからなかなか方向転換してくれなくて苦労したよ。でも途中から奥方も議論に参加してくれたし、結局は図書室で勉学に励む学生たちのことを考えて、という建前でなんとか了承してもらった。それに……」
大原先生は、試験や受験勉強で忙しい時期は、図書委員が残って使用すること了承していた、ということにしてくれたらしい。
私はもうひとつ気になっていたことを質問した。これは最初から訊きたかったが、タイミングがなくて事後になってしまったのだ。
「……ところで理事長が幽霊の笑い声を聞いたのはいつの話だったんですか?」
街に沈む夕日を第二校舎の三階の廊下から眺めていた。私は携帯電話をポケットから取り出して時刻を確認した。午後六時を少し過ぎていた。私はそこで時間が過ぎるのを待つと、やがて夕日に照らされた美しい田園はその姿を隠し、夜の闇と通学路に点在する街灯の光だけが目に映っていた。
私は第一校舎へ歩き始めた。第二校舎から第一校舎へと繋がる渡り廊下を通り過ぎると、いくつかの教室がみえてくる。そのまま、まっすぐ進むとやがて音楽室が見えた。続いて理科室、美術室を通り過ぎる。そして図書室に辿り着いた。あの夜に理事長が通った道だった。
図書室のドアにそっと手を掛けると、静かに力を入れた。ドアには鍵がかかっていた。ドアから手を離すと、私は右耳をドアにぴたりとくっつけて中の様子を探った。すると小さな笑い声のようなものが聞こえた。
カバンから図書室の鍵を取り出す。職員室に置いてあったスペアの鍵だ。鍵を静かに鍵穴に差し込む。小さな金属音が鳴ると、私は静かにドア開けて中に入った。入り口にある受付カウンターと部屋の窓側から最も遠い一角の電気だけが点灯していた。そこは私の個人スペースとして、金曜の夜に利用している場所でもあった。
つまり、この人は私とまったく同じことをしていたのだ。そして、あんな大騒ぎになった事件の翌週から、懲りることなく同じことをしていたということになる。私はその人物の背後へ音を立てないように回り込んで移動した。そして背後に立つと、唐突に声を掛けた。
「──なにやってるんですか、恵先輩」
「きゃあああああ!!」
想像していたよりも大きな声をあげられて、思わず私も驚いてしまった。だがそんな私よりもずっと驚いている恵先輩が、目を見開いてこちらを見ていた。
「……え? あ、春香さん……?」
「……そうですよ。恵先輩が幽霊の正体だったんですね」
大原先生が教えてくれた。理事長はかならず木曜日に見回りを行うらしい。事件があった日も木曜だったという。それならば原因は私であるはずもなく、他の誰かということになる。もしくは幽霊だ。
だけどそれを聞いた私にある考えが閃いた。根拠の乏しい、ただの閃きだったが、私はそれをどうしても確かめたくなっていた。
カフェで雑談した恵先輩を思い出した。本への考え方がまったく同じで、家に自分専用のスペースがない恵先輩はどこで本を読んでいるのか? 自分が担当する金曜では、その姿を見かけたことはなかった。それなら自宅か教室か。またどこかのカフェで優雅に本を読んでいるのだろうか。それらはどれも私が試していまいちだった。他人が邪魔に感じることもあるし、お金も限られている。そこで……もしかしたら、恵先輩なら私と同じ結論に至ったのではないかと考えた。
そして木曜日は恵先輩が受付当番の日だった。理事長が見回りをするのも木曜日である。疑う余地は十分にだと思った。
「……その、ごめんなさい」恵先輩はこちらに向き直ると、頭を下げて謝罪した。それから事情を語り始めた。それは夜に図書室を利用している理由だった。自分がゆっくりできる場所が欲しい。誰にも邪魔されずに本が読みたい。私だけの空間に気が付いたら、それがいつの間にか掛け替えのないものになっていた。──と、それらは私が夜に図書室を利用する理由とまったく同じだったことを私はあまり驚かずに聞いていた。
「私の声が部屋の外に漏れたとき、ちょうど理事長が部屋の前にいたらしいの。がたがたとドアを開けようとする音に驚いた私は本を読むのを中断して部屋の外に出たの。でもそこには誰もいなくて、……怖くなった私は急いで図書室の鍵を閉めてその場を立ち去ったの……」
そうして誰もいなくなった図書室に、職員室から図書室の鍵を取って戻ってきた理事長が中に入ると、当然そこには誰もいなかった。そしてその現象を幽霊の仕業と理事長が勘違いした、というのがこの事件の真相になる。
「……その、本当は何度も大原先生に説明しようと思ったんだけど……ごめんなさい!」
「いいんですよ、結果的にうまくことをまとめてくれたみたいですし」
結局のところ、私は夜の図書室を利用できればそれでよかったのだ。それは恵先輩も同じだと思っていた。それだけが目的だったはずだ。
「あー、でも恵先輩が卒業するまでは、私の好きな本を入荷できるように協力してもらおうかな」
「え……、あ、もちろん!」
「ついでに木曜日の夜は私もこのスペースを使わせてもらいますね。もちろん邪魔にならないように配慮します」
「……はい。まあ春香さんなら、いいよね……うん」恵先輩は困り顔で、自分に言い聞かすように頷く。
「……それと、これ」私は笑みを堪えながら、五枚の原稿用紙を恵先輩に渡した。
「なんですか? これ……」
「図書室を不正利用したことの反省文です。もちろん恵先輩が書いてくれますよね」
「はい……もちろんです」恵先輩は肩を落として、それを受け取った。
「ふふ……」と私は小さく笑うと、恵先輩が机に置いていた本を手にとった。傍の椅子に腰を下ろすと、その本──推理小説を読みはじめた。週一回だった楽しみが増えたことを喜びながら。
最後までご覧頂きまことにありがとうございます。実は他の練りに練ている構成と設定の作品をしたためていたのですが、まったく筆が乗らないので、ひとまず余計なことを考えないで書いてみようと始めたのが本作であり、処女作になります。
最初は登場人物の名前を「私」や「顧問」「先輩」で進めようと考えていたのですが、それだと他の先生や先輩と区別がつかないので途中諦めました。「私」くらいは最後までいけたかもしれませんね、主人公視点ですし。
またカフェを折り返し地点にしようと考えていました。ふたたび理事長が見回りに来るのを図書室で待ち伏せて、幽霊の姿をした春香がなんかいい感じに説得するという展開を後半に持ってこようかと。でもその内容がまったく思い浮かばなかったので諦めてカフェで話をまとめました。せめてクライマックスは考えてから書き始めた方がいいですね、ほんと。無策、ここにありです。
それとペンネームは変えるかもしれません。なんかしっくりくるのを考え中です。名前とか考えるの苦手です。
次回は倍の文章量を目指して頑張ります。その際は何卒よろしくお願いします。




