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図書室で笑う少女  作者: イイダマサムネ
3/5

第3話 先輩

 午後の授業がすべて終わると、私は図書室閉鎖の真相を確認しようと職員室を訪れた。職員室のドアの前に立つと、ドアを二回ノックした。


「失礼します」


 ドアを開けて中に入る。見回すと先生たちが何人か机のところに座っていた。私は図書委員の顧問の机を見たが、そこに先生はいなかった。その左隣にいた女性の先生に尋ねてみると、「一度、戻ってきたけど図書室に行くと言って出ていったよ」と教えてくれた。私は礼を言ってから職員室を出ると、三階にある図書室に向かった。


 図書室は職員室から見て、一番遠くに位置した。この学校の校舎は大きく二つに分かれていて、空から見下ろすとL字型をしていた。Lの長い辺にあたるところが第一校舎で、短い方が第二校舎と呼ばれている。職員室は第二校舎の一階に位置した。職員室から図書室に行くには、三階まで階段を上がり、第二校舎と第一校舎の端から端まで歩くことになる。運動嫌いな私にはいささかハードな運動だった。


 やがて図書室の前にたどり着いた。私はドアを開けて中に入ると、受付にいる図書委員に尋ねた。


「こんにちは。顧問──大原先生はこちらにきていますか?」


「こんにちは。大原先生はさっきまでここにいたけど、さっき職員室に戻りましたよ」


「そんな……」と私は肩を落とした。すれ違ったようだ。


「何か用事でも?」


「いえ、そんなたいしたことじゃないんですけど……」そう答えながら、ふたたび職員室に戻る気力が湧かない私はこの生徒に聞いてみようか、と考えていた。それに職員室からわざわざ大原先生が訪ねた理由に心当たりもあった。私は大原先生へする予定だった質問を彼女に尋ねることにした。


「図書室閉鎖のうわさを耳にしまして、その……本当なのかなって」


「あの幽霊騒ぎね。ちょうど、その話を先生としてたのよ」


 やっぱり、と私は心の中で呟いた。カウンター前で話し込むと他の生徒の邪魔になるのでカウンターの内側に移動した。それから私は自分が何者か名乗っていないことに気がついた。


「私は図書員をしている宮部春香っていいます。名乗るのが遅れてすみません」


「もちろん知ってるわよ、図書委員の集まりで顔合わせしてるじゃない」そう言って笑った。その笑顔を見てようやく私は思い出した。私が好きそうな本をたくさん取り寄せていた三年のあの先輩だった。以前にあったときは幼い印象を受けたが、こうして一人で落ち着いた顔をしているとまた違う印象を感じた。


「西野恵よ。あんなうわさがたったら気になるよね、大原先生は後でみんなに事情を説明するみたいだったから連絡が後から行くと思うけど……まあ今聞きたいよね」そう言われて私は小さく頷いた。


「図書室が閉まる時間が早めるそうよ、しばらくは午後四時には閉めるみたい」


「それはいつからですか?」


「今日からね、だから私のところに一足先に連絡してきたみたい」


 どうやら使えなくなるわけではないらしい。私は安堵して息を吐いた。それなら一六時に鍵を閉めたあと、室内に残ればいつも通りだ。むしろ、自分だけの時間が増えたと言える。


「じゃあ、利用する人たちには悪いけど……しばらくはしょうがないですね」私は内心では喜びながら残念そうなふりをした。


「そうね。まあ戸締りの手順が変わることを大原先生はだいぶ嘆いてたけどね」


「戸締りの手順が変わる?」私は首を傾げた。


「今までは、戸締りを図書員が行なっていたでしょう? それを大原先生がすることになるみたい。全員が退室して、窓が閉まっているのをちゃんと確認してから図書室の鍵をかけるようにって、しつこく言われたらしいよ」


「おそらく抵抗したんでしょうね。大原先生はけっこう太ってるから、ここまで歩いてくるのも大変そうだし……」


「そうそう、嫌がる顔が目に浮かぶよね」恵先輩は肩を上げて笑う。私も一緒に笑った。だが私の頭の中では別のことを考えていた。『全員の退室を確認する』ということは、扉を閉めて居残ることができないということになる。


 今まで、戸締りに使用した鍵は翌日返却する仕組みになっていた。なので私は居残った翌日の朝か休憩時間にいつも鍵を職員室へと返却していた。


 大原先生が退室と戸締りをするということは、私もその時点で退室しなければいけないということだ。私は戸締り後の図書室──自分の部屋となる空間を守るためにどうしたらいいか考えた。


 例えば図書室のどこかに身を隠して、大原先生の確認を逃れ、そのあと図書室のドアを内側から開けて、誰もいない職員室へ立ち寄り、鍵を借りて再び鍵を閉める、とかどうだろう。職員室で見つかったらと考えると実行する気は起きなかった。


 もしくは鍵のひとつをすり替えておくのはどうだろうか? スペアが一緒に職員室の鍵を管理する場所に提げられていたはずだ。犯罪みたいだと思うとこの案も取り下げた。


「でも幽霊とか笑っちゃうよね」恵先輩が困り顔で言った。


 そうだ。そもそもこの話は幽霊などという如何わしい理由から始まっていることを忘れていた。


「……そんなわけないですよね。実際は不法侵入者とかそういうのを疑っているんですよね?でもここは三階ですし、外部の人間がわざわざくるとは考えにくいですよね」


 私は図書室の窓に目を向けると、夕焼け空が目に映った。私が真面目に考えていると、恵先輩が笑いながら顔の前で手を横に振った。


「それが幽霊の仕業だと思ってるみたいなのよ」


「……え? 本当に幽霊だと思ってこんなことをしてるというんですか?」私は聞き返した。


「ええ、なんでも、その幽霊に遭遇した見回りの方はこの学園の理事長らしいの」


 話が私の予想外の方向へ進み始めた。


「理事長なのに用務員みたいなことをしてるんですか?」私は恵先輩に尋ねた。


「そうみたい、大原先生から聞いた話だと週に何回か用務員の代わりに見回ることがあるらしいの。なんでも、学園の設備に問題がないか調べてるとか……」


「真面目な方なんですね」


「そうね。で、その理事長は……心霊現象っていうのかな? 霊感とか幽霊とか祟りとかそういうのにうるさいらしいの」


「……なるほど、話が見えてきました。つまり理事長は生徒がその幽霊に祟られないように、図書室の利用終了時間を早めたんですね」私は顎に手を当てながら呟いた。


「そういうこと」


「そんなのいるわけないじゃないですか」つい思ったことがそのまま口から出てしまった。けど恵先輩も同じ意見だったのか「だよね」と言うと、ふたりで声をあげて笑った。


 それをうるさく思ったのか、他の生徒たちの視線が集まるのを感じた私は慌てて口を閉じた。先輩もすぐに口に手を当てて笑い声を抑えてはいたが、目は笑ったままだった。


 それからしばらくして大原先生が図書室のドアを開けて入ってきた。私は図書室の柱に掛けられている時計に目を向けた。時刻は午後四時になろうとしていた。


「今日からしばらく図書室は午後四時に閉めることになりました。みなさん、退室をお願いします」と階段を上がってきたからか、乱れた呼吸を整えながら、大原先生は生徒たちに退室するように告げた。


 普段から勉強に利用している生徒たちから不満の声が漏れる。渋々と勉強道具をしまい始めた。恵先輩が窓の戸締りや机の整頓を始めた。


「すまんな」と詫びながら生徒たちの退室を見守る先生。


 私もカバンを肩に提げた。すると「一緒に帰ろうか」とすっかりくだけた言い方で恵先輩が言った。「いいですよ」と私が答えると、恵先輩は急いで残りの仕事を片付け始めた。


 私は退室していく生徒たちをぼんやりと眺めながら、どうしたら理事長を説得してこの状況を撤回させることができるのか考えていた。



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