第1話 図書室
放課後の図書室で高校入試を控えた受験生らしい学生たちが勉強していた。わたしは受付カウンター越しに利用者を観察していると、そのうちのひとりが椅子を後ろに引いた。彼は両手を上にあげて背伸びをしたあと、机に開いたノートや筆箱をカバンに片付け始めた。彼が時計の方を向く。つられてわたしも時計を見る。時計の針は五時四十六分を示していた。
この図書室は六時に閉じる。わたしは受付カウンターを出て閉室の準備を始めた。机に仕舞われていない椅子をひとつずつ机の下に入れる。図書室には六人掛けのテーブルが六つある。窓際のテーブルから丁寧に椅子の並びを整えた。利用者の素行がいいからか奇麗に仕舞われているのだが、わたしはわずかなズレもないように配置した。そうして最初のテーブルと椅子が整うと、少しばかり気持ちが良かった。
気がつくと窓から差し込む陽光がだんだんと弱くなり始めた。窓を開けて校庭をのぞくと運動部員たちが部活動に励んでいる。三年は活動を終えている時期なので、生徒は二年生と一年生ということになるが、もしかしたら三年が抜けてのんびりとやれるので楽しいとかあるのだろうか。運動とまったく縁のないわたしでは想像でしか彼らの気持ちを推し量ることができなかった。太陽が街に沈むのを見届けると、室内の片付けに戻った。
片付けが終わると、図書室に残った生徒はわたしだけになっていた。時計を見ると、時刻は六時半になろうとしている。部活動に取り組んでいる生徒も帰宅を促される時間だった。わたしは内側から図書室のドアの鍵を閉めると、部屋の明かりを一部だけ残すように消した。室内には他に誰もいない。窓の外は夜の闇で暗かった。
──わたしはそんな夜の図書室が好きだった。
それは誰もいないこの空間が、自分だけの部屋になったように思えたからだ。わたしは学校から少し離れた河川敷付近にある2LDKのアパートに住んでいた。父と母と妹の四人家族で家に帰るといつも母か妹がいる。家族仲は良いのだがひとりの空間というものがまったくない。集中して本を読んでいても妹や母が平気で声を掛けて邪魔をしてくる。わたしはその度に顔を膨らませて不機嫌さをアピールするのだが気づいてもらえてるのかは不明だ。そういうときは戸建てに住む友達に与えられている自分の部屋という個人スペースが心からうらやましかった。誰にも邪魔をされずに本を読むことができる空間というのはわたしにとってファンタジー小説に登場するエデンや桃源郷という理想郷と同じなのだ。
わたしは文学コーナーに並んでいる本棚の前まで歩いてくると、これから読むための本を物色した。
純文学から人気ミステリー、ライトノベルと幅広いジャンルの本が並んでいる。図書委員のわたしが推薦した本もあるが、多くはひとつ上である三年生の先輩が推薦したらしい。推薦した本を見る限りなかなか趣味が合う先輩だと思った。いつか話がしたいと思っているが、おそらくその機会はないだろう。わたしが金曜日を、先輩が木曜日を担当しているからだ。図書委員がどこかに全員で集まる機会がほとんどないので、わたしが木曜の図書室に訪れるしかない。
とはいえ、先輩を図書委員の集会で見かけたことはあった。笑い声が印象的な女の子だった。小柄で走り回るのが好きそうな小動物を想像させる活発さと、一年生と間違われないか心配になる幼さを持ち合わせていた。地味の代名詞を語るわたしとは正反対だ。
せっかくなので今日は先輩が推薦した本を読むことにした。そこには漫画やラノベといったサブカル系が多く見受けられた。人気ミステリー作家の本もあったが、シリーズものの最初の巻だけが置いてあった。とりあえずわたしはお姫様が複数の王子様に囲まれている表紙の小説を手にとって読み始めた。
わたしだけの静かな世界に、ページがめくられる音とわたしの笑い声だけが響いた。




