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現場での調査

 貴族の生活というものは、一に暇つぶし二にお茶会、三も四で陰謀をもてあそび、五に夜会、という調子だと聞いたことがある。

 だからベリエル伯爵家の十八になる子息が夜会に出ていたのも自然な事であり、昼になるまで起きて来ないのもいつも通りだったのだ。

 そのため発見が遅れた。


「イヴァン殿下がお亡くなりになった後、エイセル殿下にはよくして頂き、これからお役に立つつもりだったというのに……」


 父親であるベリエル伯爵は、青い顔でそうガイストさんに告げた。金糸で刺繍された立派な上着が、彼の顔色の悪さを強調している。


「エイセル殿下も、この事を聞けば大層残念に思われるでしょう。お悔やみ申し上げます、伯爵」


 ガイストさんの方もあの強面無表情にさらに沈鬱な色を添え、ベリエル伯爵に答えた。

 その少し後ろで、わたしは所在なく待つしかなかった。

 ベリエル伯爵家へ入ったのは、わたしとガイウスさんだけだ。

 駆けつけた時には、既に事件があったベリエル伯爵家には第一分隊が到着し、現場の調査を始めていた。


 そのため管轄を犯すことになるからと、第三分隊の者達は一旦戻ることになり、ガイウスさんとその付き添いということでわたしだけ、伯爵家へ足を踏み入れることができたのだ。

 第一分隊の人間も、近衛騎士が王子の命で訪ねてきたと言われれば断れるわけもなく、嫌そうな顔こそしていたものの、わたし達を現場へ通してくれた。


 ベリエル伯爵子息の部屋は、人が死んだと言われなければ素直に趣味良くお金をかけた、広く、居心地の良さそうな部屋だった。淡い緑の壁紙に、森の風景のようにさらに深い緑の布のソファやカーテンを配置している。


 わたしは明るい色調の木の家具に目を走らせた。

 第一分隊の者は、ベリエル伯爵が王子の使者を通すからと一度廊下に追い立ててしまっている。けれど既に回収されてしまったのだろう、箱は見あたらなかった。

 遺体も既にない。


 そこだけが唯一心配だったわたしはほっと息をつく。

 火傷を見るだけでも、自分が平静を保つのが難しいことは昨日わかっている。だから焦げた遺体を見たら、大騒ぎしてしまうのではないかと、密かに心配していたのだ。


 ただ、そこにあった痕跡は残っていた。

 ソファの後ろ、天蓋が垂れ下がる寝台との間に、一部だけ絨毯が焼け焦げた痕がある。

 それも梔色の黄色みの強い地に、茶の色で模様が織り込まれた絨毯なので、それほど目立たない。


 ただ一点、青い色が落ちている部分を見つけた。

 ガイストさんとベリエル伯爵の話を邪魔しないようにそっと近づき、その青い物を拾い上げる。


「鳥の……」


 青い鳥の羽に見える。けれど白いしなやかな軸から離れた羽毛部分だけだ。何の鳥の羽なのかも、推測しようがない。

 これが遺体の傍に落ちているという青い羽の一部だと思ったわたしは、他にもないか探そうと思った。しかしそれはできずに終わる。

 開いたままの扉の前に立ち、ベリエル伯爵に呼びかける人がいたのだ。


「ベリエル伯爵様、宜しいでしょうか?」


 わたしは、彼女を見て「あ!」と声を上げそうになる。

 白金の髪は品良く結い上げられ、年相応に落ち着いた紫の髪飾りを付けている。緑の瞳を囲むのは、穏やかな性格を感じさせる皺の老貴婦人。

 紫紺のドレスの上に羽織った黒のインヴァネスに留められているのは、金色の双頭の竜が紫玉を抱く形の大きなブローチだ。そのブローチは、王宮錬成術士の証だ。


「おおファンヌ殿ではありませんか」


 彼女の登場に、ベリエル伯爵が驚く。


「ご子息が亡くなられましたこと、お悔やみ申し上げます伯爵様。未来ある若者が、私のような老いた者よりも先に天の扉を開けて旅立つとは、本当に悲しい事です」


 一通り悔やみの言葉を告げたファンヌは、さっそくに自分の用件を告げる。


「私、王都第一分隊を通して陛下から依頼を受け、事件について調査しに参りましたの。お部屋を調べさせていただいても宜しいかしら?」

「ええもちろんです」


 ベリエル伯爵はうなずき、そこへガイストさんが声を掛ける。


「伯爵、ではご子息のお顔を拝見していって宜しいでしょうか」

「あまりお目にかけられるような有様ではありませんが……。ぜひお願い致します」


 死出の別れは、できるだけ多くの者に声を掛けられた上での方が良いとされている。葬儀に近衛のガイストさんが来れるのかはわからないので、伯爵は彼を遺体と引き合わせることを承諾したのだろう。


 二人についてわたしも部屋を後にした。

 ファンヌの方は、焦げ後にそっと手を伸ばそうとしていた。彼女が何をどう調査するのか興味があったが、さすがにそこまでじっと見ているわけにはいかなかった。

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