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第90.1話:暁の姫君 side.T

 ガサガサと茂みを掻き分ける音がして、私は警戒を強めた。


 アイリス様が裏切り者たちのキャンプにさらわれたらしくって、シア先輩がエッラさんを連れて洞窟を出て行ってからそれなりに時間が経ってしまった。

 私も一緒に行きたかったけれど、それだとココを襲われた時に中にいる皆が危ないから、少しでも戦える状態の私とデルテュフさんが入り口に隠れて外を警戒している。

 アレが帝国兵か、裏切り者のオケアノス兵であったならば、私はまた人を殺さないといけない。

(マスター・・・・)


 私は人を殺すことがアンナにもきついことだと思わなかった。

 キスとシャのハーフの私と、ヒトの彼らとでは同属・・・ではないのだろうけれど

 それでも人間を殺めることは、忌避感がひどくて、昨日私がもっと頑張れていれば、けが人が一人は減ったかもしれない。

 でも私が頑張って魔法を使いきっていれば、けが人を治せなかったかもしれない・・・

 今、ここで見張っているけれど、今茂みを揺らしたものが、また敵だったら・・・・?

 私は躊躇なく殺せるだろうか?爪が手のひらに食い込む・・。


 かくして茂みから現れたのは・・・・

「マスター!ユーリ様!」

 激しく耳をピクピク尻尾もついバタつかせてしまったが、隣にデルテュフさんがいるのを思い出したのですぐに平静を取り繕って。

「お早い救援に感謝します。」

 事務的に話しかけた。


 顔を合わせた事がある人間の死というのは重い・・・・。

 マスターにあえばもっと私の心は晴れやかになるはずなのに、ぜんぜん上向かない・・・。

 洞窟の中にマスターたちを招き入れて、マスターに、まだ11歳の女の子に弱音を吐いてしまう。

(私はだめなメイドだ・・・・)

 心に決めた主人とはいえ私よりも4年度も年下の女の子に、もう6年も頼りっぱなし。

 今も弱音を吐く私の心を察してか腰に手を回してだきよせて、身体を密着させてくれる。

 その温みは今も昔も変わらない。

 ずっとこのままマスターに抱いていていただけたら、私はどんな艱難辛苦だって乗り越えられる気がする。

 


「トリエラ・・・スコフォールド・レトレーバです、よろしくお願いします。」

 ソレが私の第一声だった。

 メイドとしてあまりに失格な態度。

 私は、あまりに大人気なく、失礼な態度で、小さな主人たちに挨拶した。


 だって気に食わなかったんだ。

 親友だと思っている同い年の先輩メイドのナディアが、一体何年の間ユーリ様を想っているか知っているのだろうか?

 時に姉の様に諭し、時に友達のように笑いあい、時には母の様にユーリ様を甘えさせている。

 ナディアはユーリ様の事を男の子として愛しても居る。

 言われなくっても分かってたよ、お姉ちゃんたちと同じ目をしてるもの。


 私は5人姉妹の末っ子だったけれど、お姉ちゃんたちは一人の男性にほれて追いかけていっていなくなってしまった。

 亡き父の縁で、私はホーリウッド家のメイドとして城に勤める様になってもう3年くらいたつのか、母二人は健在だったはずだけれど、父がなくなった後姉たちに私の世話も任せて、父の遺体を故郷に帰してくるといって旅立ってしまってそれからあったことはない。

 私も連れて行ってよ!って泣いたものだけれど子どもには無理だといって連れて行ってはくれなかった。

 一人になって寂しかったけれど、ナディアが親友になってくれて、ユーリ様も「マスター」ではなかったけれど、すごく優しい人で、そんな二人はきっといつか結ばれるんだって想っていたのに。


 数日前突然に告げられた、ユーリ様の婚約者候補が城にやってくるということ、ソレもユーリ様とは顔も合わせた事がないって・・・。

(そんなばかな!?)

 って思った。

 シャ族は情熱的な恋愛至上主義で、キス族は一人の主人を決めたらその人に一生ついてく性質を持つ、私はそのハーフだからその両方の特性を持っていて、一度も会ったことない人が婚約者だなんて貴族って嫌だなって思ってしまった。

 それにポッと出の女がナディアを差し置いて、ユーリ様と結ばれるだなんて赦せない!

 後になって思えばこの思い上がった感情自体メイド失格だったけれど、初めに話を聞いたとき私は強く反発していた。


 当日になって私とナディアとで入浴のお世話をすることになった。

 エドワード様がべた褒めしていたアイラ様は、まぁ確かに?賢そうだし、受け答えはまだ6歳にもなってないだなんて信じられないほどはっきりしているし。

 空気も読めるみたいだし、何よりユーリ様と似てキレイなお顔。

(可愛い・・・、コレなら確かにユーリ様と並んでも・・・)

 いや!違う、やっぱり初対面で婚約なんておかしいよ!

 候補だって言ってたし、まだナディアをユーリ様の一番にするチャンスはあるはずだわ!


 私がアイラ様の双子の妹アイリス様を洗っている間、アイラ様はナディアに身体を洗わせていた。

 二人並ぶと良くわかる、ナディアの膨らみかけの胸の美しいこと。

(アレはきっと将来ユーリ様をひきつけて止まないものになるわ。)

 そうしてアイリス様の髪を洗いながらふっと左を見ると、洗髪を嫌がって暴れる一番ちいさなアニス様をサークラ様が洗っている。

(って美乳!?おっぱいきれい!・・・え?アイラ様も将来あぁなるの?)

 だとしたらあのアイラ様将来はかなり無敵に近い生き物になるうんじゃ?

(ナディア、しっかり牽制しておかないと!)


 そんな風に様子を探っているとアイラ様はナディアにいくつかお願い事というか、気遣いなのかな?

 女の子がユーリ様と一緒にお風呂に入るのは嫌じゃないか?とか分かった風なこといって、ナディアはユーリ様のこと好きなんだからそんなわけないでしょ?

 あれ?ナディア笑ってる・・・?もしかしてその子のこと気に入っちゃったの?


 ナディアがエッラさんやノラちゃんに洗い方を実践形式で教えているので、その間私が湯船に浸かっているおチビ様たちの面倒を見ることになった。

(ふん、育ちが育ちだから、お風呂なんかではしゃいじゃって。あぁでも私もはじめてこのお風呂に入ったときはテンションあがったっけなぁ・・・ってそうじゃなくって)


 溺れでもしたら困るから見ててあげるけど、別に貴方たちのことなんてどうでもいいんだからね!?

 あぁいやちょっとかわいいなって思ってはいるけれど、あ、アイラ様がアイリス様をたしなめてる。

 ちゃんと言うこと訊くのね・・・、まだ小さいのに躾が行き届いてるのかも?


「トリエラさん」

 アイラ様に名前を呼ばれてじっと私を見つめているのに気がついた。

「はい?・・・なんですかアイラ様」

 ちょっとぶっきらぼうすぎたかな?ちっちゃな子ども相手に大人気なかったかな?

 私の目を見ていたアイラ様の視線がちょっと上を向く。

「ネコ?」

 不思議そうにつぶやくアイラ様にちょっと私は苛立ってしまった。


「確かに私はシャ族系の獣人ですけれど・・・それがアイラ様に関係ありますか?」

 別にいま耳なんてどうでもいいでしょ?それよりもほらもっとさ、婚約なんて困るからボクここ出て行きますねぇとか言ってみたら?それとも獣人きもい、獣くさいとか言っちゃうの?ココよりも西寄りの出身だもの、純血主義者の可能性だってあるわよね。

「初めてみました、結構かわいいですね」

 そういって微笑む、お風呂の温度で上気したアイラ様の好奇心に溢れた笑顔は私のちょっととげとげしくなっていた心を柔らかく解した。


「獣人をみるのが初めてですか?」

 ちょっとやっぱり大人気なかったかな・・・、この方は故郷と家族を失ったのに、空気をよんで、子どもらしからぬ気遣いをして、ココまで家族を守ってきていたのだ。

「はい」

 特に辛そうとかでもない表情でアイラ様は私の耳に興味を持った様だけれど、ソレが嫌悪感からでないとは限らない。


「気持ち悪いとか、思わないのですか?」

 ぶっきらぼうに尋ねる、耳を見られていると思うとちょっと落ち着かない。

「フサフサしててかわいいです。触ると失礼になりますか?」

 どうも触ってみたい様だ。

 触った結果気持ち悪い!とか言われなきゃいいけど、そんな不安を覚えながらも。

「ん・・・そうですね、異性であれば番でもなければ触らせませんが、アイラ様は同性ですし、許可を取ってからなら大丈夫です・・・触りたいのですか?」

 と応えてしまった。


「はい、トリエラさんがお嫌でなければ」

 むぅ・・・自分から言った以上触らせて差し上げよう

「仕方ないですね・・・少しだけですよ・・・?」

 そういって体をかがめて頭をアイラ様に差し出した。


 小さなおててが私の耳をなでた。

 まるで絹でも触る様なおっかなびっくりした手つきは優しくて

 全身に鳥肌が立つほど気持ちよくって

「フッ、ヤ・・・ん」

 思わず変な声が出た・・・。

 思えば亡くなった父や、旅立った母や姉たち以外に耳を触らせたのは初めてだけれど、こんなに気持ちいものだっけ?

(脚に力が入らないや・・・)


「ありがとうございます、堪能しました」

 にこやかに礼をのべてニコリと笑う笑顔に私も正気を取り戻しなんとか取り繕いつつ

「いえ、満足いただけたなら幸いです」

 とメイドとしての態度で接した。

 すると興味を持ったらしいアイリス様が

「アイリスもお耳撫でる!」

 と身を乗り出した。


 ま、まぁ?ヒトに触られるのが予想外に気持ちよかったし?

 アイラ様にだけ触らせて、アイリス様にはなしなんてちょっと意地悪く思われるかもだし・・・と私は自分にイイワケしながらアイリス様に耳を差し出した。

 ムンズ!まるで書き損じを握りつぶすかの様に耳が小さなおててで握りつぶされる。

 

「キャーッ!痛い痛い!!強すぎだから!敏感な部位だから優しくしてください!!」

アイリス様はキャッキャと笑いながら私の耳を引っ張った。

 ギュッと握りしめてモニュモニュした。

 私は仕える相手を力ずくで引き離す訳にもいかず痛みを堪えながらも

 アイリス様が満足するまで耐え切った。


「はぁ・・・はぁ・・・」

 まだジンジンする。

 湯槽に寄りかかりながら肩で息をしているとアイラ様が手を伸ばしてきて。

 私の耳を慈しむ様になでてくれた。

 すると痛みが嘘の様に引き、全身を快感が包む

 お姉ちゃんたちが言ってたなぁ。

 キス族は仕えるべきヒトに出会うと、他のヒトとは感じ方が違うものなんだって。

 頭なんかなでられた日にはもう、足腰立たなくなってその人のためならどんなことだって耐えられるんだって言っていた。


 もしかしたら、アイラ様が私のソレなのかもしれない・・・そう思った瞬間だった。

 それから私は、アイラ様に一生懸命仕えてみることにした、手始めに身体をお拭きするところから・・・。

 全身の水気を優しく布で拭きとる。

 冬だし、湯冷めすると風邪を召してしまうかもしれない

 この愛らしいアイラ様が風邪を引いたらと思うと手は抜けなかった。

 耳の中も指の間もきれいに水気を取る。


 あぁ女の子の部位も忘れてた。

 ここ小さいうちは洗い方がいまひとつ分からなくってよくかぶれてかゆくなったりしたよねぇ

 そう思って無造作に内側を確認するとキレイなものだった。

 内腿に汗疹もないし、痒そうなところもない。

 上手に洗えているみたい?あぁ今日はナディアが洗ったからなのかな?

 ここは乾いてもいけないので軽く水気をとってそのまま脚の指まで全部拭いて差し上げた。

 


 その後お部屋までアイラ様を送り。その脚でギリアム様のところへ向かった。

 取次ぎを父の親友だったというメロウドさんがしてくださる。

「ギリアム様、トリエラです。」

「む・・・あの子たちは寝たか?入りなさい」

 ギリアム様はなにやら書類を確認していた様だ。

 もう2時近いというのに大変なことだ。


「さて、どうした?」

 ギリアム様はお忙しいのにわざわざ手をお止めになって私のほうを向いた。

「お仕事のお邪魔をして申し訳ございません」

 先に謝っておく。

「いやいい、君たちも、遅くまで使ってしまってすまない、明日は11時くらいまでは寝ていていいよ」

「あぁいや・・・そうじゃなくって・・・。」

 どうしよう言い辛い、一度私は新しく来る人たちの御付か補佐をしてみないかといわれて断ってしまった。

 西から来たなら獣人を嫌うかもしれないなんて、断り辛い理由をつけて・・・・。


「あの、ギリアム様・・・私を・・・アイラ様の御付きにしてくださいませんか?」

「むぅ・・・驚いたな、実際に接してみて気持ちが変わったということかそれとも・・・いや私からは許可を出そう、ただアイラが拒否すればなしだ。」

 おやさしいギリアム様は私の様なメイドの言葉にもちゃんと考えて答えを下さる得がたい主人で、とても好ましい方だ。


「ありがとうございます!ギリアム様。」

「いやいい、トリエラにようやくマスターが見つかるかもしれないのだから、喜ばしいことだよ。いや、発情期も近いだろうから、てっきりそういう話かとおもってちょっと身構えてしまった・・・。」

 そういって冗談めいた口調でギリアム様はさらっと下ネタを仰った。

 まぁたしかに時期ではあるのだけれど、私は鋼の精神力でなんとか耐えてきたのだから、今年だって耐えてみせる。



 翌日

(昨日許可は頂いたし、ユーリ様たちにも説明はした。あとはアイラ様だ。)

 アイラ様のお部屋の前、ナディアと一緒にユーリ様のお世話を少ししたあと、お昼の時間になったので私はアイラ様の部屋の前へ来た。

 ユーリ様とナディアは10分くらいしたら部屋の前にいくね?と仰っていたので先にアイラ様の部屋に来させてもらった。

 ノックしても呼びかけても反応がなかったのでお部屋に入ると真新しいゴージャスな天蓋つきベッドに小さな天使が横たわっている。

(なんて可愛いのだろう!)

 遠目にみても分かる可愛らしさでちんまりと寝ているアイラ様であったが、安らかな寝姿ではなかった。


(うなされてる・・・?)

 アイラ様は、身体を丸めて枕を抱きしめてずっと震えている。

「か・・・さん・・・・おか・・さん・・・・なんで・・・」

 あぁ・・・なんてことだろう。

 私はこの子のあまりにしっかりした受け答えに忘れていた、この子はまだ5歳の幼子なんだってことを・・・たまらなく愛おしくなった、守りたくなった。

「マスター・・・大丈夫ですよ、トリエラがおりますよ・・・」

 自然とそう呼びながら、私が頭をなで始めると、少しだけ寝顔が穏やかになった。


(あれ?私いまアイラ様のことマスターって呼んじゃった?)

 あぁもう、認めたくないけれどまだ早いと思うのだけれど、ごめんナディア、私この人のこと大好きになっちゃった。

 ユーリ様と幸せになっていただきたいって思ってしまったから。

 私のなでなでで幾分穏やかな寝顔を浮かべていたアイラ様が、うっすらとまだ涙の残る目を開き始める

「おかあ・・・さん。」

 


 あれからもう6年経つけれどこの小さなマスターの温もりはいつも私に頑張る気力を与えてくれる。

 沈んだ私の心を強くしてくれる。

 だから私は何があっても、この春の陽光の様なマスターと支えられるトリエラでありたいと願い、何度だって立ち上がるのだ。


 

別視点でのアイラちゃんを観察した猫耳犬尻尾メイドです。

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