第157.6話:アスタリ湖攻略5
拠点化しつつある最初の広い空洞から私たちが入ってきた道と、これから進む予定の道、それからユーリ様たちが侵入していったもう一方の横穴・・・
ユーリ様たちが侵入して30分弱経過し少し不安を覚えた私は、ローパー型魔物の群生しているらしいその横穴へユーリ様達を追いかけることにした。
穴に入って3分ほどで、ローパーの残骸が少し転がっていた。
といっても既に細切れ、身動ぎ一つしない肉片だ。
体液が既にほとんど放出されていて、少し時間が経っているのが分かる。
「生臭い臭いですね・・・。」
トーマ様が口と華を押さえながらつぶやく
確かにローパー型魔物の体液の臭いが狭い道の中に充満していてやや酸っぱい臭いが鼻腔を刺激する。
ただそれもさることながら奥が・・・
「すごく奥行きのある穴ですね」
見る限り奥が見えない・・・。
勿論ユーリ様たちもその後姿を見ることは出来ない。
「それに入り口は狭かったけれど、意外と天井も高いし、幅もフェンサーなら通れるくらいありますね。」
魔導篭手の魔力灯で壁や足元、天井を照らして確認しながら進む、妙に窪みや地面の穴が多いのが気になるが、たぶん床や壁にローパーが張り付いていたんだろうと思う。
さらに5分ほど歩いていくと、ようやく物音が聞こえ始めた。
音は聞こえてくるけれどまだ遠い様に思える。
「あぁ、やっぱり穴が深かったから時間がかかっていただけみたいですね。」
私は少し安心して隣のトーマ様に声をかける。
トーマ様も安心したのかこちらをみて先ほどまでとは違う緩んだ表情を浮かべた。
そしてその油断した表情は次の瞬間に驚きのものに変わる。
みれば足元の床が消失して、変わりに真っ赤で柔らかそうな粘膜質がうごめいていた。
足元の床に、ローパーが擬態していた様だ。
先ほどから妙に壁や床に穴が多いと思ったら、こうやって壁や床に擬態してローパーが張り付いていたのか!!
「トーマ様!」
とっさに、まだ足先だけしか飲まれていないトーマ様を身体で押す。
トーマ様は魔導篭手を身につけているけれど、魔導篭手は危ないと感じた瞬間にタイムラグなしで障壁を発生させるものなので、まったく意識外なうえ、気付くことも出来なかったローパーからの捕食行動には反応が遅れたらしい。
加えて障壁で攻撃ははじけても自分自身の重さで下方向に落下することは止める事ができない。
私はトーマ様を突き出す代わりに、自分自身がローパーの開口した口の上に立つことになった。
ソレはつまり私が、ローパーのうごめく肉襞の中に放り困れる事を意味している。
「アイヴィ殿!!」
一瞬、驚愕に染まったトーマ様の目が私の目と合う。
(心配しないで・・・)
私はそうおもうけれど、言葉を改めて交わす暇なんてなくって私はローパーの口の中に転落した。
固有魔法の鋼体化を使う。
コレで私の体は毒や腐食に強くなり、代わりに動きが鈍重になる。
軍官学校での研究によれば魔物の消化液に浸ってもすぐには溶かされない。
だから私は大丈夫・・・。
生暖かいローパーの体内で、酸欠になって意識を喪った私が次に目を覚ました時、目の前でトーマ様が泣きはらしていた。
その手にはトーマ様の武器の短い槍が握られ、ローパーのものと思われる粘液を滴らせていた。
私が目を開けていることには気付いていない様子で声を上げて泣いている。
「アイヴィ殿・・・私はまだあなたに謝ってもいないのに・・・どうして私なんか庇って・・・」
(なんでって・・・それは私が護衛役だからで)
「トーマ様?」
私は呼びかけるが、トーマ様は気付いてくださらないで私の体を抱きしめた。
(あぁ私ずぶ濡れなのに・・・汚れてしまう。)
「私はあなたにひどい事をした・・・とてもひどい事をしたというのに、逃げて、ジルに任せて・・・。」
私が体を身動ぎさせても、名前を呼びかけても
ブツブツと嘆きの声を漏らし続けるトーマ様
「トーマ様、苦しいです。」
四度目の声をかけると、今度は気付いてもらえた。
「アイヴィ・・・殿?」
体を離して目を丸くするトーマ様はしかしすぐさまもう一度体を寄せてきた。
それはもう・・・熱烈に・・・。
「アイヴィ殿!無事でよかった!!無事で・・・いてくれて!!」
「ちょっちょっと!トーマ様!?おやめください!」
まるでアイラちゃんに抱きつくユーリ様みたいに、強く強く抱きしめられた。
私の胸鎧がガチリとトーマ様の鎧と当たって、その衝撃がダイレクトに胸に伝わってくる、それと金属が冷たい
(あれ?なんで冷たいの?まるで金属が直接胸に当たっているみたいな・・・?)
そう思ってトーマ様を押しのけると私の服はほとんど溶けてなくなっていた。
鋼体化している関係で髪や体に被害はなかったけれど鋼体化できない服が溶けてしまった様だ。
「トーマ様、体を洗いたいのでひしゃくか、水を出してください、それと、この粘液繊維を溶かすみたいですから、トーマ様の服もちょっと溶けるかもしれません。」
もう裸も一度見られているし、前回の様に男だと思っていないので、ちゃんとトーマ様は目をそらしながら結露の柄杓を渡してくれた。
水は冷たいけれど、ローパーの体液も冷たいので気にならない。
体を一通り洗ってから、鋼体化を解く、即座に鋼体化をしたのは正解だったみたいだ。
鋼体化しているときは呼吸もあまり必要ないのに酸欠になって意識を喪ったということは5分以上はローパーの中にいたことになる。
鋼体化は私が自分で解除しない限り解除されないのでおかげで助かった様なものだ。
体についた液体の流し、胸鎧と、魔導篭手も洗って身につけなおす。
困ったことに、上着もパンツも下着も全部溶けてしまった。
これは慎重になるわけだね、あんな足元が丸ごとローパーだなんて思わないし、それにユーリ様たちがひとしきり片付けた後のはずなのに、あんなのがいるだなんて思わなかった。
悪いのは護衛としてついていたのに油断した私、それなのに・・・。
「どうしてそんなに泣いてるんですか?」
手で下を隠したままで、トーマ様に尋ねる。
「どうして・・・って、いけませんか?私の身代わりになったあなたを急いで引っ張り出したのに、冷たくて堅くて、死んでしまったと思ったんですよ?私はまだあなたに謝ってもいない、自分の気持ちを伝えてもいないのに・・・」
うん、確かに謝っていただいていない、ノックもせずに着替え中の脱衣所に入ってきたこと、あまつさえ男だと勘違いしていたこと。
でも・・・だからって・・・。
「そんなにボロボロに泣かなくっていいじゃないですか?ちょっとこの間は悪かったって言うくらいなのに、なんでそんなにボロボロ泣いているんですか?」
「好きだからです!」
(は?)
なんなのその回答は、話が飛びすぎている。
「いったいなんの話ですか?」
「なんでもないです。ただ私が、アイヴィ殿のことを好きだといいました。」
この人は・・・あれだ・・・。
危ない目にあった時に一緒にいた相手のことを好きだと錯覚するっていうやつに違いない。
そうでなければ最初同性だと勘違いしていた人間を好きだなんて、ほんの数日で恋心なんて抱くはずがない。
「トーマ様それは錯覚ですよ、トーマ様はご存知かと思いますが、私は見てのとおり、ついているかどうかくらいでしか、そうだとわからない様な女です。」
「う・・・。その節は大変な失礼を・・・ただあの晩も、まだ男だと思っていたのに、一晩中アイヴィ殿の肌が目に焼きついて眠れなかったのです。・・・一目ボレです。アイヴィ殿には軽薄な男だと思われるかもしれませんが・・・」
そういうとトーマ様はようやく私があの夜と大差ない薄着だとわかったのか、ジャケットを脱いで私にかけた。
丈が足りなくって相変わらず手で下を隠さないといけないけれど。
「すみません、パンツも脱ぎますね、私はまだ下穿きもありますし、男ですのでそんなにきになりませんから・・・。」
そういってパンツを脱ごうとするトーマ様を手で押しとどめる、そうするくらいなら走って拠点にもどってもらって変わりになりそうなものをシア先輩あたりから借りてきてくださったほうがいい。
護衛対象から服を剥ぎ取るなんてできない・・・。
「いえ、元はといえば私が横穴に入ろうと言い出したせいでアイヴィ殿にそんな格好をさせることになったのですから、ちゃんと責任を取らせてください。」
私の手を押し返してトーマ様が再び脱ごうとする。
片手だと負けてしまうので私は両手でトーマ様の手をつかもうとするが、逆に手をつかまれてしまった。
「お願いします!責任を取らせてください!」
そういうトーマ様の顔が私の鼻先に近づく。
「いや、でも私は・・・。」
「えっと、責任がどうとかじゃなくって、ダンジョン内でいちゃつくのはやめたほうがいいと思うよ?それとダンジョンないじゃなくっても無理強いはよくないと思う・・・。」
いつの間にかユーリ様がすぐ横に立っていらした。
「キャッ!?」
「ユ、ユークリッド様!?」
自分たちの格好とシチュエーションを客観的に見るとかなり問題があることに気がつく。
部隊の指揮を任せた二人が半裸で組み合っているのだ。
しかも、責任がどうとかいいながら。
「こ、これは違うんです。私がローパーに服を溶かされて!」
「いいえ、彼女に依頼してユーリ様たちの姿を探しに行こうと言い出したのは私ですので、責任は自分がとると・・・。」
二人して妙な言い訳になってしまった。
ユーリ様はどこから聞いていたのかわからないけれど、一緒に横穴に入ったはずの冒険者たちを連れていないところを見ると私の様子を察してお一人で戻ってきてくださった様だ。
「僕が討ち漏らしたのがいたんだね、ごめんねアイヴィ、これとりあえず着てね」
そういってユーリ様は収納から、女の子用の、というよりマタニティドレスで、妊婦向けの服にもかかわらずどことなく少女向けなデザインの水色基調の服・・・。
「これ・・・?」
なんでこんなものを持っている・・・?
「王都によった時にお土産に買ったんだ。数に余裕があるから、あげる。」
そういって私に差し出したドレスは肌触りもよい上等なものだ。
数に余裕があるとはいうけれど、たぶんお嫁さん全員分買ったんだろう。
「そんな、いただけません・・・大きさ的にカグラお姉様か、クレアリグル様の分でしょう?私のせいでお土産がなくなる方に申し訳がないです。」
「お土産は帰りにまた買えばいい、もうすぐ僕が連れまわしていた人たちが戻ってくるから早く着て、今のままだと僕はトーマを処罰しないといけなくなっちゃう。」
そういって私にドレスを渡してユーリ様は後ろを向く。
「すみませんお騒がせしました。」
「こっちこそごめん、まさか狩り忘れがいただなんて・・・。」
胸鎧をはずしてドレスを着て、その上から胸鎧をつけなおすと不思議ともともとそういうデザインだったみたいになじむ。
ホーリーウッドのメイド用鎧なんかがこんなシルエットだ。
「うん、よく似合ってる・・・・ねぇトーマもそう思うよね?」
私が服を着終わると、ユーリ様は隣で黙り込んでいたトーマ様に尋ねる。
「そ、そうですね、よく似合っていると思います。とてもかわいいです。」
ユーリ様の登場に忘れていたけれど、私は、いまトーマ様に告白に近いことをいわれたのだということを思い出した。
急に気恥ずかしくなる。
「トーマ、今日はもういいから、君はアイヴィを連れて先に地上の拠点に戻って、第一は第二が拠点を作り終わったら戻るから」
「そんな!ユーリ様私はまだやれます!」
「そうです私もまだまだ・・・」
まだ今日の探索予定時間を半分も消化していないのに・・・そう思って抵抗するけれど
「勘違いしないで、僕と一緒にローパー狩りした人の中にもちょっとドボンして気持ちが沈んでる子がいるのと、初日から飛ばしても怪我の元だとおもうから今日だけは早めに帰ろうと思っただけだよ」
そういって柔和に笑うユーリ様は、きっと特別に私たちに気を使っているわけではなく
ただ自然にそうできてしまう人なんだって、長くその姿を見てきた私にはわかる。
「だから君たち二人でこの人たちを連れて先にもどってよ」
ユーリ様がそうおっしゃるとちょうどローパー狩部隊が追いついてきた。
「わかりました。」
「了解しました。」
兵士たちの前で命令されれば私たちは、従わざるを得ない。
私たちは一足先にダンジョンを出て、拠点に戻った。
拠点に戻ってからいったん私とトーマ様は宿舎に戻り、お湯を浴び、その後トーマ様の部屋に招かれて改めて先日のお詫びの言葉をいただいた。
そしてその上で
「私はアイヴィ殿の矜持を傷つけることをしてしまいました。そんな私の、しかも一目ボレなどという理由では信じていただくことはできないかもしれませんが、真剣にお願いいたします。私とお付き合いしていただけないでしょうか?」
そういって頭を下げられた。
私としてはもうあの日のことはそんなに気にならなくなった。
私はこのトーマ様のことを見ていて、どうも少し自分に似ている様な気がしてきている。
大事な人、私にとってはユーリ様とアイラちゃん、彼にとってはジャスパー様。
私は恋には破れたけれど、それでも近くにお仕えすることができた。
今の生活にそれなりに幸せを感じている。
だけど、この人は・・・
「顔を上げてくださいトーマ様、トーマ様はペイロード様の名代、立場のある方です。それが一介の少尉にそんなに頭を下げられては・・・・一目ボレは悪いことじゃあないですし、私は信じられますよ?」
名誉とか体面とかそういう話ではなくって、もっと自分の心の中を話そうと思った。
私の信じるという言葉に顔を上げたトーマ様は自信のなさそうな顔をしている。
「私も、一目ボレしたことあるんです。でもその方には婚約者がいて私はその人の一番にはなれないってわかって・・・。そのとき2番や3番でも、もっと下でも結婚を申し込んでみてもよかったのかもしれないけれど、私はその『二人』を見た時また一目ボレをしたんです。その『二人』をその『家族』を内側からじゃなくって、外から見守って生きていきたいなって、自然にそう思えたんです。」
だから私は一目ボレというものを信じられる。
本当はさらにカグラお姉さまにも一目ボレしているけれど。
「私の想いを、信じていただけるのですか?一度は貴方を男性と勘違いした様な男ですよ?自分で言うのもなんですが」
トーマ様はわざわざもう謝罪してすませた問題を掘り返して、素直な方、そして正面から私を見てくれる人だ。
「そうですね、正直同性だと思っていたのにその日のうちから欲情されていて、まだ1週間も経っていないのにこんな風に迫られても説得力はないと思います」
でもわかってしまうもの、私もユーリ様のこと「カワイイ」のに好きになっちゃったんだから。
「でも私は一目ボレは信じられる女なので、お友達のお付き合いならさせていただきたいと思います。・・・ただ知ってのとおり私はホーリーウッド家に仕える近衛、トーマ様はペイロードの重臣候補、残念ですが私は・・・」
ホーリーウッド家でアイラちゃんたちを見守り続けていたい、それでもいつかは結婚して子どももほしいけれど、ユーリ様とアイラちゃんの下を離れるつもりはない、だから「ホーリーウッド家を辞めるつもりはありません」そう続けようとしたのだけれど。
「ペイロードを出て、ホーリーウッドに住もうと思います。」
「はぁっ!?」
トーマ様とんでもないことを言い出した。
「何を言ってるかわかってるんですか!?ただ一人暮らしをする、とかとは違うんですよ!?」
トーマ様は先ほどまでとは違い強い意欲を感じさせる視線で私を見ている。
「わかっているつもりです。ですがアレク様やユミナ様も認めてくださると思います。あの方たちが一番私に、幸せになる様にと仰ってくださる方たちですから」
本人が言うならいいのだろうか・・・なんか目を細めて幸せそうだし?
(ううん、っていうか・・・今はまだ友達づきあいするっていう返事しかしてないのに、もうそんなこと決めちゃうの?)
「アイヴィ・・・さんと呼ばせていた代でもよろしいでしょうか?その、お友達づきあいさせていただくので・・・」
おずおずと手を挙げて尋ねるトーマ様、すでにちょっと自信のない感じに戻っている。
「いい・・・ですけど、私は必ずしもトーマ様のことを好きになるとは限りませんよ?」
そういいつつもすでにちょっぴり好ましく思えてきているのは、好意を向けられたからだろうか?
人間誰しも自分に好意を向けてくれる相手のこと好ましく思いやすいものだというし。
「アイヴィさん私のことはどうかトーマと呼び捨ててください」
と、いきなり距離をつめてくる、自分はさん付けのくせに・・・
「いやですよ!いきなりそんな呼び方になってたら兵士たちもびっくりしますし、私恋人でもない年上の男性のことを呼び捨てなんてできません、できるのは同級生だった友達たちくらいです。」
年上でもオーティスやノヴォトニーは後半はオータやノヴとニックネームで呼ぶくらいになったけれど、アレは同級生だからだしね。、
「・・・だから、ひとまずトーマさんとお呼びすることにします。」
たぶん私は今顔真っ赤だろうな・・・そんなことを考えつつ私とトーマさんは友達になった。
私たちに遅れること1時間ほどで、ユーリ様たちも第二第三部隊もほとんどが戻ってきた。
内部に残ったのは第二部隊の夜警備担当班だ。
彼らの任務はほかの部隊と入れ替わりになって夜の間拠点化したポイントを守ること
明日攻略班と入れ替わりに地上に戻って休みを取る。
本日は初日ということもあって早めに切り上げたけれど、明日からはもう2時間ほど探索時間が長くなることを確認して、報告会も完了となり私たちもホーリーウッド側のテントへ戻った。
イシュタルト側のテントを出るときにトーマさんが根回しがどうとかいってジル先輩と話していたけれど、いったい何のことだろうか?
まぁ従兄妹同士らしいしいろいろあるんだろうなぁ・・・。
ダンジョン系の魔物と設定している、スライム、ローパー、コウモリなどは年中繁殖が可能で、女性とあればすぐそういう目的で襲いますが、大怪我をしていたり、老齢だったりすると子孫を残すのに向かないと判断して殺して食べます。
この世界のローパーは歩き回れるイソギンチャク的な形状が基本ですがいろいろいます。
アイヴィは年上の男性を親しく呼ぶのに照れのあるタイプの娘です。




