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第157.4話:アスタリ湖攻略3

 アスタリ湖攻略の為に拠点周りの魔物を排除した私たちは、今後の攻略の方法について話し合うことになっていた。

 サーリア殿下のテントに向かうとそこには、装備や通信機材を輸送してきたジルコニアが到着していた。

 他の方々はともかくジルコニアはまずい、閣下やユミナ様に今回の事が伝わったら・・・

 どうだというのだろう?どちらにせよ私の心にはすでにその感情が芽生えはじめている。

 ならあとはもう突き進むしかないのではないか?

 私の葛藤は昨日の夜に端を発する。



 アスタリ湖攻略の為に作られた拠点キャンプ、その要人用簡易宿舎の中で私は一人、好物の桃果汁を啜っていた。

 私の、というか元々はジャスパー様とユミナ様の好物で、私は甘いもの自体そんなに好きではなかったが、ジャスパー様の事を思い出したいときには自然と手を出してしまうのが、この桃果汁なのだ。



「もう22歳になっちゃったよ・・・、ジャスが死んでもう11年も経つんだな・・・。」

 先ほど顔合わせしたホーリーウッド家のユークリッド様はとても健康そうで、もう少し若ければ間違いなく美少女と見まごう程であっただろう中性的な美貌に、その眼には強い意思と責任感をうかがわせた。


 それから恐らく女性と同じ宿舎に泊めるのに選び抜かれた護衛だとおもうのだけれど、そのユークリッド様よりも更に女性的な外見をしたウィングロード中尉とグレートワール少尉、とくにグレイトワール少尉の整えられた黒髪は、私の記憶の中にあるジャスとは色こそ違うものの、そっくりなものに見えた。

(それにあの眼・・・)

 どこか力強さを感じさせる私の大好きだった乳兄弟の、情熱を秘めた瞳にそっくりで・・・


 中尉も少尉も顔立ちは可愛らしい少年兵と言った風情だけれど、少尉のあの眼の力強さには惹かれるものがあった。


 私は、ジャスパー様の事が好きだった。

 別に同性が好きだったというわけではなくって、幼いころからお仕えしている方に敬愛の念を抱く機会が多かっただけの話、あんなことになってしまったから初恋の様に拗らせてしまったけれど、もしもジャスパー様が生きていたら、ユミナ様との結婚話も流れなかったと思うし、何もかも、上手くいっていたと思う。


 いまさらソレを思い返してどうこうということはないが、少し遠目ではあったがグレートワール少尉を見た途端に心がざわついてどうしようもなかった。

 普段ならジャスを思い出しても、こんな無様な精神状態にはならないのだが、今日の私はまるでヤケ酒でも呷る様に甘い桃果汁を飲んでいた。


 さてもう一献と思いグラスに注いでいる途中にちょっと手元が狂いグラスを倒してしまい桃果汁が零れてしまった。

 テーブルの上に溢れた桃果汁が床を汚す。

「あぁしまった。布は・・・あぁ脱衣場の下の棚に用意してあるといっていたな。取りに行くか・・・」


 廊下にでてすぐ右手側脱衣所の前に立つとだれか入っている様だった。

(確かもう、ユークリッド様はメイド殿と共に済ませていて、その前にカグラ様とサクヤ様は入っていらしたな、エル殿とトレント殿は夕方に入っていらしたはずだから、入っているとしたら中尉か少尉、同性ならば問題なかろう)


 何より桃果汁を早く拭かないと、虫が寄ってくる。

 そう思った私は、ノックもせずに脱衣所のドアをあけた。

 すると湯浴み中どころか、着替え中だった様で、中から声があがる。

「ごめんなさい使ってます」


(女性と聴き違える様なボーイソプラノ、声まで中性的とは・・・)

「あぁ気にしないでください。布を1枚拝借しにきただけなので」

 そう声をかけて脱衣場に入る。

 目的は布一枚なので5秒くらいなものだ。


「ちょ、今裸なんですけど!!」

「はは、恥ずかしがらなくっても、男同士・・・なんですから、護衛任務ご苦労様です。」

 そういって彼の目を見る

 少尉は手にもっている布で下を隠し遅れて手で胸を隠した。

 女性的な隠し方、とっさにとったポーズとしては完成度が高い、彼の容姿と相まってこうなるとほとんど女性に見える。

 酒の席の見世物にもなりそうだ。

 それにしても若年兵にしても細いし、本当にこれで護衛が勤まるのだろうか?


「女性みたいな隠し方ですね?たしかに女性みたいに可愛らしい顔をされていますし声も可愛い感じですから、そうしてると女の子に見えますね。少し興奮しちゃいそうです。それでは失礼。」

 そういって何事もなかったかの様に脱衣所を出た、床を早く拭かなくっては


 部屋に戻って床を拭いていると、桃の甘い匂いが鼻腔を刺激する。

 床にかがんでいると先ほどの光景が目に焼きついていることに気付く。

(どうしたことだ・・・。グレートワール少尉の肌が忘れられない・・・?)

 悶々とした気持ちが、先ほどまでのジャスを懐かしむ寂しさをかき消してしまい、私は床を拭き終わると眠ることにした。


 しかし一晩中モヤモヤとする感覚に中々寝付けず。

 ようやく眠ったと思ったら、脱衣場で少尉を襲う夢をみてしまい、だいぶ早い時間に目を覚ましてしまった。

 ソレならば仕方ないと、予定より3時間ばかり早い明け方4時、私は表のテントに移り、仕事を始めた。


 それから5時くらいにエル族のサーニャさんがテントに入ってきた。

 彼女はとてもきれいな娘で、恐らく街を歩かせれば振り向かない男はいない目を引く容姿をしている。

 それはコレまで女性にほとんど興味を持てなかった私をしても同じことで、キレイな人だとは思うし目も引き寄せられるが、少尉に対する様なムラムラとした感情は湧き上がってこない。


 ジャスパー様に続いて少尉か・・・もうこれは言い逃れが出来ないな・・・。

 私はどうも男性を好きになってしまう性質になってしまった様だ。


 その次にユークリッド様の側室の一人、カグラ様が起きてこられた。

 その腕にはまだ起ききっていないサクヤ様を抱かれていて、母というものはこんなにも神々しいものなのだと、聖母教徒なら誰もが見惚れるであろう姿だ。


 少尉がこの様に幼子を抱かれたら、どれだけ美しいだろうか?

 できればその隣に立って・・・。

(いかんいかん、コレでは変態ではないか、少尉は男で父にはなれても母にはなれないのだ。)


 それから件のグレートワール少尉が起きてきて

 そこでようやく名前がアイヴィだということが分かった・・・。

 思えばこの時点でもう少し頭が回っていればよかったのだが

 それなのにこのときの私は、まるで明かりに誘われ 炎に身を焼かれる羽虫の様に「禁断の恋の相手」を視線で追いかけてしまっていた。


 カグラ様と向かい合って笑って話すアイヴィ殿はとても可愛らしい笑顔を浮かべ、カグラ様に懐いている様子であった。

 普通部下が側室とはいえ自分の夫人に懐いているのはユークリッド様にとって不快なのではないかと思っていると、ふと気付く、この二人髪の色が珍しい黒同士・・・そして何よりアイヴィ殿はカグラ様をお姉様と呼ぶ・・・ファミリーネームが違うので気付かなかったが、コレはあれだ。

 頭に浮かんだ事をつい口にしてしまう。


「アイヴィ殿はもしかして、カグラ様の弟様なのですか?」

「え?どうして弟だとおもうんですか?」

 私の問いに、カグラ様は質問で返す。

「いえ、髪の色も珍しい・・・あぁナディア殿もいるので目立たないですか、黒髪っていうのは、普通珍しいほうなのですが、この部屋では黒髪が多いですね、キレイな色だと思います。それと昨日も思ったのですがアイヴィ殿がカグラ様の事をお姉様お姉様と慕っていらっしゃるので・・・」

 つい口をついて出た質問にしまったと思いながら、自分がアイヴィ殿を見つめてしまっていた事を気取られるのを恐れて早口で捲くし立てる様に補足をする。

 すると予想外の答えが返ってきた。


「あぁいえ、そうではなくってどうして弟だと思うのですか?アイヴィはこんなに可愛い女の子なのに」

 そういってカグラ様がアイヴィ殿の頭をそのすべすべした手で撫でて、そのまま身体のほうへ引っ張り寄せた。

 途端に昨夜のアイヴィ殿の肌の色を思い出し頭の中が沸騰しそうになった。


(女性・・・!?アイヴィ殿が女性!?ということは同室のウィングロード殿も!?)

 あぁそういえばアイヴィというのは普通女性の名前だ。

 いやまて、昨夜私はとんでもないことをやってしまった・・・!?


 思い出す思い出す・・・。

(男同士とか口にしてしまった!?いやいやそれ以前に婦女子の同意を得ずに肌を見てしまった!!)

 頭の中が興奮と混乱、それから歓喜に満たされていく。

 アイヴィ殿が女性であったことは私にとって、男色ではなかったということであり喜ばしいことで、昨日の夜から味わってきた虚無感も打ち消せるものだ・・・しかし同時にソレは私が、ペイロードの指揮官として情けないことに、婦女子の着替えているところに踏み入ったという不埒を働いたことを意味している、そしてなにより、アイヴィ殿に申し訳ない。


「あれ・・・?アイヴィちょっと熱くない?」

 カグラ様がアイヴィ殿の顔を覗き込む。

(そういえばどうして私の勘違いをアイヴィ殿は訂正しなかったのだろうか?)

「あぁいえ、ちょっと朝から走ってきたので、それで体温が上がってきたのかも知れません。」

(ちがう、私と目を合わせるのを逃れている、コレは昨夜のことを恥ずかしがっているのだ。)


 アイヴィ殿が昨日の私の不手際を黙っていてくれる意味は分からないが、なんとか解決したいと思ったのだが、丁度他の皆がテントに入ってきたためタイミングを逃してしまった。


 その後任務で同じ隊を担当することになり、話をするチャンスはいくらでもあったというのにモノに出来ず。

 この日の任務も完了してしまった。

 焦りが私の心を支配する、とりあえず一旦頭を冷やそうと思い、兵士たちを拠点に戻す勤めを自分が果たすと告げて、アイヴィ殿には先にテントへ向かっていただいた。

 そして兵士たちに明日の予定と、本日の労いを告げてサーリア殿下のテントへ戻ったのが今しがたのことだ。


 まさかジルコニアがもう着いているとはそしてその隣にいるアイヴィ殿の表情が心なしか明るい・・・。

(コレは相談済みか・・・?)

 ソレにしては別にジルコニアから冷たい視線を向けられるという様なこともない、いや私が戻ってきたことに気付いてないだけか?


「ジル、ご苦労様、通信機の設置も終わっているみたいだな?」

 テントの中央に結晶通信機が組み立てられている。

 非常に高価ではあるが、固定式でない結晶通信機、先の戦争中に開発されたものを持ち運びしやすい様に改良したものだ。

 移設できる代わりに、魔力の運用が難しく中級以上の結晶魔法使いにしかまともに動かせない代物だと聞いているが、現在王国の最上位の結晶魔法使いであるジルコニアなら何の問題もない。


「あら、トーマお兄様、この度は遠征司令官着任おめでとうございます。従妹として鼻が高いです。」

 ジルコニアは興味のないことには無頓着で無愛想な生き物だが、幼いころから接している身としては、可愛い妹分で、それはお互いいい大人になっていても同じことだ。


「ありがとうジル、司令官といってもペイロード兵の司令だけどね、全体の指揮は姫殿下がお執りになる姫殿下が間違った指揮をしない限り私の出番はないさ」

 そういいながらジルコニアの頭を撫でる。

 ジルコニアも優秀なんだけれど、浮いた話は聞かない、ペイロードはそういう地方だっただろうか?


 侯爵家に幼いころから出入りしている仲間で婚姻が決まっているのがラピス様の執事をやっているジルコニアの弟のヒアシンスと、ユミナ様の元メイドで私の妹のリチア・ルベライトがマラカイト家の次男の正妻として婚約しているくらいで、他は皆独り身だ。


 とはいえ・・・だ。

 私の心情を話せる知り合いといえるのは今のこのキャンプではジルコニアくらいで、さらにいえば彼女は無頓着な他人の感情の動きに敏感な娘だ。

「ジル、この会議のあと少し時間をもらえるだろうか?相談したい事があるんだ。」


 そういった瞬間ジルは一瞬ちらりとアイヴィ殿のほうを目で見て、それから私にこういった。

「了解、あまり時間は取れないけれど、お兄様の頼みとあれば無碍には出来ないですね、アイヴィさん今晩はそちらに泊まる様にしますのでその時またたくさんお話しましょう。」

 途中でアイヴィ殿のほうへ向き直りそういう事を言う。


(コレは、アイヴィ殿もジルコニアに相談するつもりだった様だ。)

 危なかったのかそれとも・・・。

「ありがとうジル。アイヴィ殿も先約があったなら申し訳ない。」

 この機に少しだけ話ができないか・・・?そんな願望もあって声をかけてみる。


「いえ、トーマ様お気になさらず。」

 ほんのりと頬が朱に染まっていて、とても可愛い。

(っと・・・やっぱり私はもう完全に彼女のことを恋愛の対象としてみているな)

 あって2日目、しかも最初は同性と思っていたというのになんて節操のない男なのだ・・・私は


 その後報告会と会議を終え、ホーリーウッド側の拠点に戻るときに、ジルコニアの枕やちょっとした本を持って移動する。

 本人は着替えなどの入った鞄から今夜使う予定のものだけを手に持って移動する。


 本来ジルコニアは通信役としてサーリア殿下に近侍する予定であるが、今夜はちょっと積もる話もあるだろうということでホーリーウッド側の宿舎に泊まることになった。

 最初に私の部屋で相談にのってもらい、その後アイヴィ殿たちと語らうそうだ。



「それで、どうしたのお兄様?深刻そうなお顔は珍しい」

「あぁ、実は・・・・」

 昨日の出来事と、その後悶々としていたこと、そして今朝発覚した事実とを話、私がアイヴィさんに恋心を抱いている様であることを話した。


「へー、あのトーマお兄様が初恋ねぇ・・・?ユミナ様でダメだったのに、まさかあのアイヴィちゃんと、しかも昨日初めてあった上に男だとおもってたんでしょ?」

 なんでかしらないけれど、男性だと思い込んでしまったんだ。


「まぁ、私は応援するよ?ただ最初はあやまらないとね?」

 そういっておどける様にジルコニアは私の唇を指で撫でた。


「ソレは勿論だ。今回のことは私が全面的に悪い、ペイロードの名に泥を塗る様な行為をしてしまったし、サーリア殿下や、ユークリッド殿下に訴えられれば私は罷免され、投獄されることもありえる。それだけの事をしてしまった。」

「そうだね、ソレが分かってるお兄様のことを追い詰めるタイプの子じゃないよアイヴィちゃんは素直で可愛い人が好きだからね、きっとお兄様とも話したら好きになってくれるよ、私にまかせてきっと上手くいく様に運んであげる。だから私が良いって言うまでアイヴィちゃんに挨拶以上のお話はしないこと・・・いい?」

 その後ジルコニアから短距離通信用の結晶を渡されて、ジルコニアは隣の部屋に移っていった。


 短距離用通信結晶は片方が結晶魔法の心得があれば使える通信手段この拠点くらいの範囲ならば通信が出来る結晶魔術だ。

 私はコレをもって今か今かと連絡を待ち続けて居たが、実際にジルコニアから合図が来たのは、当初の予定と異なる編成で、私とアイヴィ殿、それとユークリッド様とが一緒のグループになってダンジョンに潜る様に決まって、今からいよいよ実際に潜るために、ダンジョンの入り口になっている攻略拠点からギリギリ見えないくらい沖のところにある小さな島の洞穴の前で装備の点検をしているときだった。


 わざわざ見送りにきたかと思ったらこの通信を入れるためだったのか?

 後ろを見るといつもの眠たそうな顔とはうってかわって茶目っ気のある笑顔を浮かべてジルコニアは言った。

「根回しはしました。後はお兄様次第です。」


 その言葉にドキリとする。

 私の今日の行い如何で・・・?


 国の命運と私の恋を左右するダンジョン攻略が始まろうとしていた。


また次はアイヴィ視点に戻す予定です。

トーマ君は自分の恋愛をいきなり従妹に頼る悪いお兄ちゃんです。

ジル先輩は他の人の前の時と若干態度が違いますが、トーマと親しいからです。

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