第150.7話:最後と初めて
パパ譲りの体力と、ママ譲りの前向きさで、小さいときから楽しく過ごしてきたと思う。
春は森を駆け巡り、夏は川で泳ぎ、秋は森を駆け巡り、冬は森で駆け巡る・・・いつだって私はそうやって楽しく生きてきたんだ。
いつも笑って生きて、だから、いつかおばあちゃんになって死ぬときも、笑っていられるって、そう思っていた。
だからこそあたしはちょっと体の弱いリルルにも、みんなにもいつも笑っていて欲しくって、後悔しないで欲しくって、やりたいこと、やれること、一緒にどんどん見つけて、一緒に笑ってきた。
それがあたしの生き方だった。
あの冬になる直前のあの日、もうすぐイルタマ煮の時期で私はちょっとはしゃいでいた。
みんなは将来のためにお勉強を頑張るけれど、子どものうちにしか遊べないのだから、子どものうちは遊んだら良いと思ってたあたしは、お勉強は13歳くらいから頑張ろうと思ってた。
あの日も、みんなが勉強している中退屈したあたしは一人外に出て、庭の虫の巣を壊したりして遊んでたんだ。
「あー、もうみんなまだ子どもなのにあんなにおべんきょおべんきょで疲れないのかなー。」
庭に出て目につく石拾っては外の森に投げ込んでいく、一昨日庭で走ってて石踏んづけてちょっと切ったんだよね。
(双子や小さなアニスが石踏んだら、靴はいてても、こけたりするかもだし、ちょっと大きいのは避けとこ)
「とりあえずこれで終わりかな?」
めぼしい石ころは大体投げ捨て、最後の一個で地面に落書きする、途中で小さな、毒のない種類の虫の列を見つけて追跡開始、列を追っていくと少し森の脇道に入ったところで木の根もとに巣穴を発見!
「わー、ガチャガチャー」
手に持っている石ころで巣穴の入り口を崩す。
虫たちは大混乱するものの壊すのをやめるとすぐに落ち着きを取り戻したのか巣穴の入り口を再度作り始める。
「むぅ、なんか悔しい」
もう一回ガジャガジャとやるけれど、また少したてば穴が復活する。
「むー頑張るねー、そだ!」
石をぽいと捨てて、思い付きを実行しようとする。
お外のひしゃくは・・・アンナが多分畑仕事に使ってるかな?
(ちょっと手がばっちぃけど、まぁいっか?)
ワンピースの裾で手をぱたぱたして土を落として・・・裾を捲り上げる、下着を膝まで脱いで腰を屈め、巣穴めがけて発射!!
したのだけれど、あまり遠くに飛ばない、ほとんど足もとの土に吸い込まれていく。
「あら?あぁそっか」
一度止めて、今度はおしっこの穴がちゃんと出た状態になるよう、指で両側を引っ張って、もう一度 、狙いをつけて・・・
「やたー!虫退治成功!!」
さっき石で掘られていたことで周りより低くなっていた巣穴の入り口は完全に水没し、何度か内側の空気がポコポコと出て、たくさんの虫が溺れているのがわかる。
「あ、拭くものないや、んーちょっと乾かそ」
一度靴を脱ぎ、下着から足を抜き靴を履き直す、下着はポケットへ、濡れてるからか多少スースーするけどすぐ乾くよね?
手にもちょっとついたので近くの木に擦り付ける。
「あ、そだせっかくここまで森に入ったんだから、カメ捕まえに行こう!」
カメ島なら魔物もほとんどでないし、カメはかわいい上においしい、暇潰しにもなって良いことづくめだ。
「カメならあたし一人でも取れるしね。」
歩いてカメ島の方へ向かう途中、突然足が引っ張られるというか、ひきつる様な感覚がしてこけた。
「痛ったーい!」
びっくりする、まさかエントじゃないよね?ここらにはいないはずうん、足に蔦が絡んでるとか枝が伸びてきているわけではない。
なんだろう?
(あれ?)
足が上手く動かない?なんかつっぱる感じがする。
(あ、動くや)
なんだったのかわからないけれど、膝も擦りむいたしささっとカメ取って帰ろう。
「一番おいしい黄色か、二番目の茶色はいないかなー? 」
カメ島まできて、水で手を洗ってから、甲羅干ししている亀の中で一番味の良い黄色を探す。
「にゅーん・・・」
ガサリ
独り言を言うのは森の中が寂しいからだけれど、森の中で自分以外の物音がしたときはヤバい・・・
恐る恐る後ろを振り返ると、そこにはやどり木型エントが一匹。
(なんでこんな村の近くにエントが!?)
襲われないうちにこっそり帰ろう、それでトーレスかパパにお願いして倒してもらおう。
刃物もないのにエントに近づくのは危ない。
あたしだってそれくらい知ってる。
だけど村に帰るにはあのエントの横を走り抜けないといけない
(大丈夫、足遅いやつだし)
ゆっくりと距離をつめて、脇を通り抜ける隙を伺う。
(今だ!)
エントが少し横にそれたので道が広く空いた、その隙を一気に走り抜け様としたら、またさっきのつっぱる感じがした。
ズシャ
「痛った、ヤバ!」
タイミングがあまりにも悪かった。
私の足にエントの蔦が伸ばされて巻きつかれた。
「ひっ!?や!やだ!」
やどり木型エントは足は遅いけれど力はそこそこ強い、時には寄生するための苗床を運んだりもする。
あたしは足に巻きつかれ、逆さ吊りにされた。
必死に抵抗するけれど刃物もないので動く蔦を切ったりほどいたりができない。
急に逆さにされて振り回されてそのまま意識を失った。
気が付いたとき、森の道で一人だった。
起き上がると、膝の擦りむいた痕が痛い。
けれどおかしい、私はエントに襲われたはずなのに、普通やどり木エントに襲われたら体に蔦が蔓延るか、怪我してるところなんかに種を植え付けられて疼痛がするはずなのに・・・そういうのはない。
それに私が襲われたのはカメ島のほとりのはずなのに、今いるのは、虫の巣を潰したところの近く、最初にこけたところ辺りだ。
(・・・夢?最初にこけたときに気絶しちゃったのかな?)
「痛ぁ・・・」
よくみたら肩もちょっと切ってる。
(このワンピース動きやすくてお気に入りなのに肩のところ破れちゃってるし・・・)
「・・・ん」
「・・・・ォルセー!!」
(あ、みんなの声だ。)
怪我したし、なんか足がつっぱる感じがとれないけど、戻ろう。
多分気のせいなんだろうし、引っ掻けて転んだだけだよね?
それからなんとなく元気が出ない、夜になると私は病気になったらしくて、腕や足が強張って、息が詰まって上手に呼吸ができなくなった。
その二日後アイラとトーレスがどこからか薬師見習いの女の子を連れてきて、その子から三日ほどかけて様子をみてもらって、ハシウトキシックという病気だと教えられた。
症状が出る五日以上前に足の裏とか怪我しなかったかと聞かれて、石を踏んだことを伝えたら、多分その時かな?ということ、普段からよく怪我はしてたのになんで今回だけ?と思わないこともないけれど、これで死んじゃうなら死んじゃうで仕方ないのかなって思う。
それからナタリィが従者の人たちを連れてきて、その人たちから治療してもらうと、数日で驚くくらい症状が軽くなった。
治ってるわけではないらしいけれど、歩けるし、息もできるし、痛みもほぼない、治療を続けていればこの状態は維持できると言う。
逆を言えば治療をやめれば一週間ほどで、あたしは死ぬらしい。
と教えられたのはある日アイラたちが帰されたあとの事だった。
その場にいるのはあたしとパパとママとナタリィたちだけ
それをナタリィから聴いたときあたしは仕方ないかなって思った。
リルルやパパ、ママを残して死ぬのは嫌だけれど、私には今までの想い出があるから、死ぬのは怖くないんだ。
ただ、私が死ぬことで、パパやママを悲しませることが怖くて、リルルを置いて逝くのが寂しかった。
(でも仕方ないよね、あたし死ぬ病気になったのに、たまたまアイラたちがナタリィたちをつれてきてくれたお陰で随分長生き出来ちゃったもの。)
「ナタリィたちは本当は、この村に来る予定はなかったんだよね?」
ナタリィはかわいい女の子、あたしといくつも離れてなさそうなのに薬師のお勉強中で大陸中を回っているらしい。
「そうですね、本当はそろそろスザク領にいる予定でした。」
あたしのせいで、こんな田舎足ぶみさせて申し訳ないな
「オルセーさん、そんな顔をしないで、私は貴方の笑顔が好きです、私は貴方を治してあげられない、力不足な私を許してだなんて言えないけれど・・・」
なぜか謝るナタリィ、なんでだろうね、気に病む必要なんてない、ナタリィはなにも悪くないんだから。
「ナタリィさん、顔をあげてください、これまで持たせて下さっただけでも私たちは感謝しています。みなさんの魔法だって本当ならたくさんのお金がかかる治療です。」
パパがナタリィに顔を上げてほしいと懇願する。
ママはあたしの隣に座ってあたしの肩を抱いている。
重たい沈黙がずっと続くのかと思ったけれど
「ナタリィ様、オルセーさんにお尋ねすることがあるのでしょう?」
おっぱいの人、フィサリスがナタリィの肩を撫でた。
ナタリィは暫く考え込んでいたけれど、あたしたち家族に違う選択肢を与えてくれた。
それはおとぎ話みたいな方法、どちらにせよこのあたしは死ぬし、あたしが人であることを捨てる選択肢だった。
正直そこまで乗り気ではなかった。
ただパパママがあたしが死んだあと5、6年で帰ってくるんだと喜んでて、すごくはしゃいでたから、それならいいかなって思えたから。
「ナタリィ、お世話になるね。」
気が付いたら頭を下げていた。
それから予定を決めた。
あたしのために遅れているイルタマ煮を最後の想い出にすることにして、オルセー・グランデの最後の一週間はスタートした。
「あー!ひさしぶりのお外だあー」
あたしにとっては久しぶりのお外、そして最後のお外。
あれから、自然に死ぬ状態を作るために、痛みを消す魔法以外の魔法をほとんどかけていない。
自殺や合意の下の他殺ではドラゴニュートにはなれないらしいのだ。
不思議なことに、痛みを消す魔法というのがかかっていると手足は強張るし多少息苦しいけれど、普通に出歩くことが出来た。
解毒や治癒は最低限なので、今夜の何時頃になるか分からないけれど、あたしはたぶん死ぬ。
ヒト族としてのあたしにとってはたぶん最後の夜だからなんだかすごく楽しくて。
「リルルッ!煮えるまで影踏みしよう!!」
自分が病気だってことは忘れることにした。
「もぅ!病み上がりなんだからあんまりはしゃいじゃダメだよ!オルセーちゃん」
そういって笑うリルルが見れたからうれしい、コレであたしの中の最後の日のリルルは不安そうにあたしの手を握るリルルじゃなくって、笑顔であたしをたしなめるいつものリルルだ。
(リルルが覚えているあたしも、いつもの元気なオルセーになるはずだよね?)
イルタマ煮の味はあんまり分からなかった。
痛みを消す魔法のふくさようっていうので味覚とか嗅覚もちょっと弱くなるらしい。
「ほらオルセー、あなた麦とイルタマの組み合わせ好きでしょ?注いだげる」
「オルセーちゃんオルセーちゃん、アイラちゃんが作ったソペのタレ美味しいよ?」
なんてエッラやリルルが世話を焼いてくれる。
たまには病気にもなってみるものだね。
他の皆もいつもより優しい。
「うへへー、ケイトーお腹ちょーぽっこりしてきてるじゃん」
「な、しおらしくしてるからちょっと優しくしてやれば調子に乗ってぇ!」
ケイトに振りほどかれるけれど、やっぱりいつもより優しい。
だって抱きつかせてくれるもの。
いつもだったら抱きつく前に避けられたりおでこを手で押してとめられたりだもの
大体絡みたい人には絡んだ。
あとは・・・
「トーレス!」
大好きなトーレスの無防備な背中を見付けたら飛び込まざるを得なかった。
「うわっ・・・!オルセー、君ももう年頃なんだから誰彼飛び付くのは・・・」
「パパ以外で飛び付く男はトーレスだけだよ?」
慌てるトーレスをみるとついつい笑顔が出ちゃう。
(トーレスにはあたしの笑顔を覚えていて欲しい、それとちょっとだけワガママも言いたいな・・・)
「ねぇトーレス、ちゅーしていいかな?」
特に他意はないよ?一度ちゅーしてみたいんだ。
トーレスは少しだけ間をおいてから
「挨拶程度のならいいよ?」
と頬を差し出した
さらさらの髪が揺れて、イルタマ煮の炎に照らされた頬が赤くて、照れているみたいで・・・
本当は口が良かったけれど、モーラたちが怖いからトーレスのほっぺたに2度、軽く口をつけた。
(あぁなんか勿体無いなぁ、コレが挨拶程度なら、コレまでももっとしてれば良かった。)
トーレスからお返しを貰う。
幸せを噛み締めながらふとトーレスの隣を見ると、アイラとアイリスが不思議そうな顔であたしのことを見つめていた。
「アイラ、アイリスそんなじっと見なくても別に兄ちゃんとったりしないよー?」
とからかってやるとアイリスが
「違うもん!オルセー食いしん坊なのにあまりお肉も食べてないから、お兄ちゃん食べないか心配なだけだもん!!」
なんてぷりぷり怒って言う、可愛い
(はぁ・・・やっぱり双子は可愛いなぁ、もっと一緒に遊んでいたかったなぁ)
この双子を見ているとなんていうのか胸の中がぽかぽかする。
笑顔が自然に出ちゃう。
「オルセーは暫く元気がなかったけど、やっぱり笑ってはしゃいでる方がかわいいね」
なんてトーレスがいうものだから
ちょっと照れちゃった。
(これ以上楽しかったら、泣いちゃうかな・・・)
「あーあ、こんなに楽しいのに、ひさしぶりにはしゃいだからかなんか疲れちゃった。勿体ないけど、そろそろ寝よっかな」
と元気な声を振り絞ってみた。
どこで聞いていたのかリルルが駆け寄ってきて
「イルタマなのにもう寝ちゃうの?いつも火が消えるまで起きてるのに」
とあたしの右腕に腕を絡める。
リルルも可愛い、あたしの一つ下なのにもっと小さく見えるし色が白いから炎を映して真っ赤になってる。
パパとママはあたしが今夜死ぬ事を知っている。
今夜死んで、次に会えるのは5、6年後になるって既に聞いている。
だから「本当にもういいのかい?」とか「次は来年までないんだよ?」なんてぼかして聞いてくる
「次があるんだから十分♪」
あたしは幸運だ。
偶然にも生まれ代われる事が約束されているんだから。
そうして少し会話したあと
「パパ、お休みなさい」
と首に抱きついて両頬にキスをする。
パパとはコレで最後の別れ
パパはたぶん本当は泣きたかったんだろうに
「おやおやもう11才になるのに今日は甘えん坊だな!」
と言いながらキスを返してくれた。
「リルルもおやすみーんちゅー」
と横にいたリルルの頬に真っ赤な痕がつくまでちゅーした。
「ひぁ・・もうーよだれでべとべとだよオルセーちゃん!仕返しだよ!!」
とキスし返すリルルは、はしゃぎすぎてる、明日熱を出すかも知れない、ごめんねリルル。
「じゃあ私は一旦戻ってオルセーを寝かしつけてきますね」
とママが挨拶して
「リラックスして眠れる様にお茶を出しますね」
とナタリィも続く
「ボクもオルセーが寝るまで手を繋いでてあげる」
それまでずっと黙ってあたしを見ていたアイラがなんだか切羽詰まった感じに言ってきた。
アイラは賢い子だし、勘もいいから、あたしの態度で何か察してしまったのかもしれない。
でもナタリィ達の秘術の事を必要以上に漏らすわけにも行かない。
「アイラは今日はあたしの分までイルタマ堪能しててよ、それでまた今度遊ぼう!」
と断る、礼儀正しいアイラはいつもなら一度断ると引き下がってくれるのに
「でもでも」
と食い下がる。
「ああ、そっか、それならそうと言いなよ特別だよ?」
とあたしはアイラの肩を掴んだ。
抵抗する暇も与えることなく口にちゅーをして、アイラの口の中に舌まで入れてみた。
あたしはファーストキスもまだだったから、それがなんとなく悔しかったんだ。
だからあたしの最初で最後のキスを、可愛いアイラにあげた。
「な、な、ななななにするだあ!?」
良くわからない訛り方をしながらアイラがへたり込む
「にへへ・・・心配してくれて嬉しかったからご褒美だよ・・・じゃ、みんなおやすみ」
そう言って今できる精一杯の笑顔を浮かべた、浮かべられたはずだ。
ナタリィとママの手を掴む。
(これ以上笑えない、あたしを連れてって)
そう心に願うとナタリィはあたしの思いが通じたみたいに。
「オルセーさん、手が温くなってますね、疲れて眠たいんでしょう?」
自然にこの場を離れやすい空気にしてくれた。
「それじゃ、行こうかオルセー」
ママが手を握り返してくれて歩き始めた。
いつもよりずっと強くてちょっと痛いくらい・・・背中向けてるからもう見えないよね・・・?
さっきが楽しすぎたせいで、涙がでてきちゃった。
家に帰り着いて、私の部屋に入る。
「それじゃあオルセーさん、次に目を覚ます時はドラゴニュートになっています。眠る薬を用意しますね」
そういって薬のお茶を用意するナタリィに待ったをかける。
「ごめんナタリィ、眠りたくないの、自分が死ぬところ、ちゃんと覚えていたい。」
そういって、ママとナタリィの手を握る。
ナタリィはちょっと困った様な顔をして
「オルセーさん、その・・・痛みは魔法で消せていますが、死ぬというのはかなり辛い経験ですよ?」
と、やめたほうがいいと教えてくれる。
でもあたしは死ぬのは怖くないから、最後を看取ることになったママとナタリィの温もりに接していたいんだ。
「オルセー、あなたのしたいようにして頂戴。お風呂は入る?」
ママが魅力的な提案をしてくれた。
「そうだね、最後はキレイなほうがいいよね?ナタリィと3人で入りたいな」
「だ、そうだけど、ナタリィさん御一緒してくださる?」
「それくらいは、お付き合いします。私もオルセーのお友達ですから。」
そういってくれたナタリィとママと3人でお風呂に入る。
ママの柔らかさ、ナタリィの温かさを覚えて
ママの手縫いのお気に入りの部屋着を着て、下着もお気に入りの柄ありのものを穿いて
あたしのベッドに入る。
ママとナタリィが手を握ってくれていて、ナタリィが時間を見ている。
それから私の目を見ていった。
「オルセーさん、家に戻ってきて30分ほど経ちました。そろそろ治癒力強化の魔法が切れて、一気に症状が出ると思います。」
イルタマ煮中はずっとフィサリスが定期的に治癒力強化の魔法をかけてくれていたらしいけれど、これは強力な代わりに効果時間の短い魔法で、普通は強力な魔物を討伐するときに使うものだそうだ。
それが切れたらあたしはもう数分の命ってことだ。
この右手にあるママの温もりも、左手を握るナタリィの手の小ささもあたしは忘れない。
さらに少し時間が経って腕が強張るのが分かった。
魔法が切れたらしい、幸い痛みを止める魔法は作用している。
脚が強張った。
たぶんあたしに握られてママもナタリィも手が痛いと思う。
それでも笑って看取ってくれている。
「また、かえってくるから。」
声が出し辛くなっていて、か細い声しかでなかった。
本当ならもっと激しい痛みに耐えかねて、ショックで死んでしまったりする様な病気らしいので、痛み止めさまさまだよね。
「うん、お母さんたち待ってるからね、また5年後か6年後に会おうね。」
いいわけも考えてある。
お葬式の時は棺の中で身体を隠しておいて、死んだことにして治療のために連れ出したことにするんだって。
隠す理由は治るとは限らない病気だから、治らなかった時のためみんなにお葬式を済ませて貰いたかったんだって言って帰ってくるんだ。
今のあたしの状態は死ぬ直前だと思う。
身体が強張って猫背の逆になってる。
痛みがないのが怖い・・・。
音だけが、あたしの死の足音を報せている。
息も上手く吸えてない。
怖い・・・怖い・・・死ぬの怖くなかったはずなのに、この未知の感覚は怖い。
もっとママに甘えたかった、パパに意地悪したかった。リルルに悲しい思いをさせてしまうのが申し訳ない、アイラに、アイリスに、他の皆に、大好きなトーレスに・・・
熱い涙が頬を濡らした。
「オルセー!」
「オルセーさん、やっぱり眠ったほうが!」
ナタリィが眠るお茶を勧めてくれるけれど
「い、い・・・お・・・て・・い」
このままがいい
ママとナタリィの温もり絶対忘れないから・・・。
今日のこと、絶対忘れないから。
ウェリントンに絶対に帰るから・・・。
「おはようございますオルセーさん、気分はどうでしょうか?」
次に目を開けた時、真っ白な知らない天井を見ていて
不思議と懐かしさを感じる部屋の中であたしは目覚めた。
ベッド脇には紫髪の可愛い女の子
実感はないけれど、たぶん生まれ変わったあたしが最初に見たのは、ヒトだった私が最後に手を握っていた子だ。
(温かいな)
左手を見るとナタリィが手を握ってくれている。
「ずっと握っていてくれたの?」
笑顔で問いかけるとナタリィは笑顔で返してくれる。
「はじめましてナタリィ、あたしオルセーだよ、コレからよろしくね」
新しいあたしの人生がここから始まる。
もう一度短めのオルセーのターンを挟んで、次は神楽の予定です。
本編更新はもう少し先になります。




