幕間6➖A話:幸いの日
おはようございます、暁です。
まだ外も薄暗い今朝くらいは暁でいいよね?
昨夜は少し、我を忘れた。
とうとうオケアノスに刃を向ける時が来た。
セルゲイなんて小物ではなく、兵隊たちや無様な貴族たちの様に操られたり、欲に踊らされた者たちでもない。
僕にとってのこの世界に於ける絶対悪。
リリーを不幸にした者たち、ユーリが奪うべき名前
とうとうその臓腑を食い破ろうという刻が来たのだ。
その昂りに、その甘美に堪えられず僕はアイラとしてユーリと快楽を貪った。
違うかな、僕は多分認めたかったんだ。
神楽がユーリの愛を受けることで少しでも幸せを手にできるのだと
限界まで体力を使い、意識が朦朧とするまでユーリを求め、意識を手放したときは確かに心地よかったはずなのに・・・
(あぁ・・・なんというのだろうか?)
今朝は陰鬱だ。
こんなにも不快な目覚めは、アイラがこの星に生まれてから初めてではないだろうか?
少女の様な顔で眠るユーリのことも、いつもの様に特別に見えない。
僕は知っている、女にとって、自分の腹を痛めて子を産むことは、至上の歓びの一つであると。
何故ならばアイラが、アマリリスという娘を授かり幸せだったからだ。
僕の様な不純物でもあれだけ幸せになれたのだから・・・
だからきっと神楽の選択は正しいのだ。
こちらの世界で、初めて神楽に出会った時、怖かった。
敵同士になってしまったと怯えた。
それから話して、仲間になって、一緒に居られることになって・・・どれ程嬉しかっただろうか?
魔剣使いカナリアが、神楽としてアイラの側においてほしいと言ったとき、僕には神楽を抱き締める資格もなかったけれど、神楽が嫌がるならば僕はエドワード様たちを、僕をアイラだと思ってる人たち全てを、そしてユーリを裏切りアイラを捨てても神楽を選ぶ気持ちだったのに。
神楽は僕を赦した。
アイラがユーリのものであることを赦した。
僕がアイラであることを赦した。
そのことに甘え過ぎていたのかも知れない
アイラの中にアマリリスがいることがわかってからは、神楽はしきりに赤ちゃんを抱くことに拘る様になった。
思えばあれが今回のことの兆しだったのだろう。
神楽は僕と家族になりたがって、その手段としてアマリリスの弟妹を自らが産むと僕に告げた
その事が今僕の気持ちをここまで暁に引き戻している。
一昨日の夜ヘスクロの宿でユーリと同衾したアイラが、昨日の朝一人で浴場に向かおうとすると。
「アイラさん、おはようございます」
と神楽に声をかけられた。
その時点で神楽の表情は思い詰めた様になっていて
「おはようカグラ」
アイラはなんとなく後ろめたくて、手を前側で組んだまま神楽に挨拶を返した。
神楽は部屋着姿、沈んだ声で、張り付けた様な頬笑みで告げた
「アイラさん今からお風呂ですよね?お背中流させてください」
泣き出しそうな声で請うのを断れるハズもなく浴場に一緒に向かう。
脱衣場に着くとすぐさま神楽は服を脱ぎ去って、惜しげもなく豊かに実った裸体を晒した。
「神楽、その前を・・・」
神楽はアイラが言葉を言い切る前に
「今は女の子同士ですから」
そういって神楽は先に浴室に入っていった。
宿屋の浴室で女性のみ利用の大浴場、お洒落な内装と可愛い小物がセットされていて以前なら居心地が悪かっただろうけれど、アイラとしての僕はもう慣れきっている。
遅れて入ると浴室内は神楽しかいなかった。
「神楽、僕は・・・」
「アイラさん、ここへどうぞおすわり下さい。」
アイラの言葉を遮る様に神楽は先回りをする。
言われた通りに座ると神楽はよく泡立てたタオルでアイラの背中を撫で始めた。
暁と神楽の最期の夜よりもはるかに弱い力、それが今のアイラにはちょうど良い。
「リリちゃん昨夜はお利口さんでしたよ・・・」
「うん」
神楽がアマリリスを大事にしてるのを利用して押し付けてしまった。
「エッラさんのおっぱいが大好きみたいです。」
「うん」
気持ちいいけれど気まずい時間。
「不思議ですね、この小さな背中があの暁さんだなんて・・・前失礼しますね」
そういって回り込もうとする神楽、流石に同性となったとはいえ夕べのこともあって、ユーリが触った痕を神楽に見られるのは恥ずかしい
「そっちは自分でできるから!」
そういって神楽を手で止めようとするけれど、体の大きさで前に割り入られ、座った膝の間に座り込まれた。
「やらせて下さい!やらせて、ください・・・・」
神楽は少しうつむいてボクの膝を掴んだ。
「神楽・・・?」
その手は温かいお風呂場だというのに震えていて、僕を不安にさせた。
「アイラさんはユーリさんのお嫁さんだから、家を繋ぐ役割りを持つ女として務めがあることはわかります。ユーリさんもアイラさんの事がわかっていて、お二人が好き合っていることも知ってます、でもどうして逆じゃないんですか!?」
神楽は跪いてアイラを見上げた。
その目は泣いていた。
アイラはなにも言えないままで神楽の手に手を重ねる。
「リリーがアイラさんで、暁さんがユーリさんで良かったじゃないですか!?何で逆なんですか!!」
重ねたボクの手に逆の手を重ねながら神楽は叫ぶ。
確かにボクがユーリだったならば、神楽を受け入れることも出来ただろうし、きっとそうした。
「アイラさんには幸せになってほしいけれど、ユーリさんにも幸せになってほしいけれど、私はアイラさんと一緒にいたい!暁さんに抱いてほしい!!」
神楽の中で僕はアイラで暁で、今でも暁のことを想ってくれているし、アイラがユーリに抱かれることも許してくれている。
僕は神楽と再会するまで、彼女が他の誰かのモノになっていても幸せにいてくれればと考えたけれど、神楽と再会してからは神楽を自分の大事な女の子だと思っている、独占したいと感じている。
「ワガママでごめんね。アイラは神楽のことを大好きだけど、ユーリのことも大好きなんだ・・・キミの想いに応えたい、ユーリのことも愛したい。」
こんなワガママな僕のことを神楽はまだ愛してくれている。
「アイラさん、会話が噛み合ってないです。私は今も貴方が好きです。暁さんのアイラさんが好きなんです。アイラさんは私のことを好きにしていいんです」
そういって神楽は重ねた手を抜き、ボクの脚の間で腕を組み胸を強調する様なポーズをする。
ボクの鼓動がドクンと跳ねる。
「神楽・・・?」
「どうですか?こんなに大きくなりました。もう子どもの神楽じゃないんです。赤ちゃんだって作れます。でも暁さんの赤ちゃんはもう絶対に作れません・・・」
何をすればいいのだろう、僕は神楽に何をするのが正解なのだろうか・・・?
「だから・・・暁さんが産んだリリちゃんの弟か妹を、私に生ませてください、私をアイラさんの家族にしてください。」
それはつまり、ユーリの側室になりたいということ。
ハンマーで頭を殴られた様だった。
神楽がユーリに抱かれようとしている。
それはなんのため・・・?
赤ちゃんを産みたいからか?
それともユーリが神楽にとって自分を委ねるに値すると判断したからだろうか?
心に何かが沸き上がるのがわかった。
それがユーリに対するものなのか、それとも神楽に対するものなのか、嫉妬か悔しさか落胆かわからないけれど
耐えかねた僕は自分自身の、暁としての心を深く深く沈めることにした。
それが神楽が幸せだと感じる選択だというなら、今のアイラにそれを、嫌だと否定する権利はないのだから
「ボクは、アイラに生まれてしまったから。キミがボクと一緒にユーリを支えてくれるというなら。断る理由も資格もない、ボクも出来ることならキミと離れたくないから・・・だから、これからもよろしくねカグラ」
神楽がユーリに嫁ぐということ、それを聞いても不思議とボクの独占欲は傷付かなかった。
アイラという自分になりきってしまえば僕は自分の感情よりも実利を、神楽の幸せを願うことができるのだから。
「ありがとうございます、アイラさん、それとまだお願いがあるんですが・・・」
言い辛そうにする神楽、暁としての感情には蓋をしたから、後は何だってアイラは受け入れられると思う。
「何でもいって、ボクの大切なカグラ」
(我ながら白々しい)
少し長い息を吐く神楽・・・
意を決した様で真っ赤な顔を上げて言った。
「私はユーリさんのモノになるわけではなくて、アイラさんの家族になりたいので、その時は一緒にいてくださいね?」
ユーリと幸せになりたいのではなく、アイラの家族になることが幸せに結び付くのだという神楽、僕は少し違和感を感じながら答える。
「 勿論良いよ?」
そう答えると神楽は安心した表情で微笑む。
「あとあと!今からたくさん甘えてもいいですか?」
上目遣いで見つめる神楽に逆らえるハズもなくボクたちは体を洗いあったあと浴槽に、体が大きい神楽が僕を抱き込む用にして浸かった。
かつてとは逆の体勢だ。
「昨夜は結ばれるというラピスさんたちが羨ましくて、アイラさんとユーリさんもそういう雰囲気になってましたし、ちょっと我を忘れてしまいました。」
二人湯槽の中体を寄せ合っている。
少し落ち着いた様子の神楽はかつてよくそうしていた様に甘えてきて
神楽はアイラに頬擦りしたり抱きかたを変えて楽しんでいた。
暁のものではなくなると言ったはずなのに神楽は終始幸せそうで、僕は正直心穏やかではいられなかったけれど。
アイラの体の疲れは確実に癒された。
その後火照った身体で浴室をでるとそこには、ちょうど服を脱ごうとしているラピスがいて、しばらくラピスを慰めることに奔走したため、少し気分転換になった。
その後クラウディアに帰りジークと対話しとうとうオケアノスに攻めいる段になったことを受けてユーリは明らかに興奮していた。
それでも夜になり、かつて親しんだ王都屋敷のベッドで妙に落ち着かないままでいたアイラをユーリは慮ってくれた。
それでアイラはユーリはこんなにも優しく相手のことを考えてくれる、幸せにしてくれるのだと、我を忘れて彼の唇を求めた。
神楽が幸せだというならそれが僕の幸せ、ユーリに愛されるのが アイラの幸せ
アイラと神楽が共にユーリの子を授かり、家族になる、それが神楽とアイラの幸せなのだと信じて僕は・・・
(この醜い感情は僕がアイラであれば感じないはずのものだ。暁が死んだ以上この世界には存在してはいけない感情なのだ。)
そう思うことにしてのそのそと起き上がる。
今日はユーリがアクアを取り戻すための戦いの、最初の日なのだから。
空も白んできた、そろそろ意識を改めよう。
やややっつけになりますが、暁側です。




