二人の描いた足跡
「ねえ、なんで母さんは父さんともう一度結婚したの?」
結婚を間近に控えた娘の真咲が興味半分で真紀に尋ねた。
「あなたの名前が結んだ縁だからよ」
「何それ? 私が生まれたの再婚した後よね?」
「それはね――」
真紀と夫の正志は大学で出会い、学生結婚をした。ゆくゆくは子供をと明るい将来設計を二人で話していた。
しかし、現実はそうはならなかった。正志は卒業後大学に残り、専攻していた天文学の助教授になった。助教授としての仕事をこなしつつ、夜には観測に出かける日々を送った。休日も同様で家にいることの方が少なかった。真紀は司書になるための勉強の傍ら、家計を支えるために空いた時間にパートに出ていた。
すれ違う日々が続き、先に音を上げたのは真紀だった。
「一緒にいる意味合いを見出せなくなりました」
そう言い残し、離婚届にサインをして真紀は家を出た。それは卒業してもうすぐ一年経とうかという雪の降る日だった。
真紀は誰の足跡もない新雪の上を歩きながら、自分の人生はまだまだこれからなのだと可能性を新雪に重ねていた。
独り身になりそれぞれのやりたいことに没頭した。翌年にはその甲斐もあり真紀は司書の資格を取り、二人の卒業した大学とは別の大学の図書館に就職が決まった。
離婚してから六年以上の月日が経ったある冬の日。その日は朝から雪が降る日だった。
「あの、すいません。資料室に所蔵されてる教授用資料の閲覧をしたいのですが」
真紀はカウンター越しに男性に声をかけられた。真紀は顔を上げないまま資料室入室の手続き書類を取り出した。
「それではここに記入お願いします。それと、職員証を提示してください」
「すいません。春からここに赴任するので、まだ職員証を持ってないんです」
真紀は不審に思い顔を上げた。男は見覚えのある顔で、記入途中の書類で名前を確認する。
「こんなところで何してるのよ?」
真紀は不意の元夫との再会に驚きの声を上げた。正志は春からこの大学の准教授として働くことが決まり、その挨拶と施設の確認のために来たのだと説明した。
さらに正志は数年前所用でこの大学に来た際、偶然真紀を見かけて、この大学に転勤する機会を探っていたそうだ。
「やっと僕の夢が一つ叶ったからここに来る決心がついたんだ」
そう言い正志は鞄から一冊の雑誌を取り出し付箋のあるページを開き見せる。
「小惑星を発見して、やっと承認されたんだ」
正志のつけた名前は二人の夢だったMasakiだった。
「もう一度、僕とやり直してくれないか?」
正志は学生の頃から真紀への想いは何一つ色褪せていなかった。真紀の返事は決まっていた。
二人は一度は消えた並んで歩いた足跡の続きをまた新雪の上に刻み始めた。