第二一話~失態~
弾倉に残っていた最後の一発が放たれた。
そのときには、男の手から飛爪が離れる。
弾丸が空気を切り裂きながら飛翔し、ルナに向かって飛ぼうとしていた爪に、見事に命中した。火花が弾け、爪が明後日の方向へ飛んでいく。
男が慌ててもう一度飛爪を手繰り寄せようとする。
だが、それは徒労に終わった。次の瞬間、別の方向から放たれた銃弾に、後頭部が撃ち抜かれた。
一斉に銃声の方向へ全員の視線が向く。
「ヒサ!」
ルナが射撃の主を呼んだ。
MDSIのトラックの助手席から、拳銃を構えた女性が降りてきた。
「無事だったのね!」
楠とルナが駆け寄る。
「さっきまで気を失ってたけどね」
ヒサと呼ばれた女性――姫由久代は肩を竦める。
「そのせいで状況が掴み切れてないの。覚えているのは、いきなり割り込んできたトラックが雲早さん達の車を跳ねて、私達のトラックに激突してきたところまで」
「気絶している間に、ドラッグが奪われたぞ」
勇海が割って入る。
「あれ、ユーミさんいましたっけ?」
「救援に来たんだよ。天然ぶってる場合じゃないぞ。ツカサはどうした? これ運転していたのあいつだろ」
勇海の立て続けに放たれる質問に「そうでした」と、トラックの方へ戻る。運転席に呼びかけながら、久代は首を傾げる。
「どうした?」
「いないんです」
「はぁ?」
一斉に駆け寄る。
運転席はモヌケの殻だった。
「運転席側のドアが開いています……連れ去られたのでしょうか」
久代が思ったことをそのまま口に出している。
「お前を置いて? ありえんだろ」
「そもそも何で連れて行くのよ。連中の目的はドラッグでしょ?」
勇海とルナが口々に言う。
「なら……自分で降りたってことよね? 応戦したのかしら?」
楠も加わったところで、エンジン音が響く。
一斉に「しまった」と顔を変え、
「もうドラッグは積まれていたんだった! トレーラーが出ちまう!」
勝連武と駿河申の二人は黄麟会の構成員を撃ち倒しながら、確実にトレーラーに近付いていく。ドラッグを積んだコンテナを運ぶフォークリフトごと載せたトレーラーは今にも発進しそうだ。
「このままでは逃げられる! 突っ込むぞ」
「了解!」
二人は一気に駆け寄ろうとした。
そのとき、
「ダメだ、伏せろ!」
と、警告が飛んできた。
勝連と駿河は、走り出す寸前でその言葉に従った。二人が伏せたと同時に、轟音。爆発で起きた強風が、辺り一面に吹き荒れる。
それを好機と受け取ったか、敵が遮蔽物としていた自動車から飛び出し、地面に転がる二人を狙った。
「させるか!」
先程の声の主が、両手に持った拳銃を撃ち始める。
チェコ共和国のチェスカー・ゾブロヨフカ社製の自動拳銃、CZ75。高い工学精度より、命中精度の高い拳銃として軍用・民間問わず高い人気のある。それを、左右の手に一丁ずつ計二丁構えている。
「雲早!」
雲早柊が撃つ度、黄麟会の男達が撃たれ、倒れていく。右手のCZ75から放たれた9mパラベラム弾が撃ち抜いた瞬間に、左手のCZ75が火を噴く。まるでコンピュータ制御された銃座のように、目標を正確に撃つ。
やがて左右の拳銃のスライドが後退したまま停止し、弾切れを知らせる。このときには、黄麟会の男達は全滅していた。
しかし、その中の死体の一つが突如動いた。頭を撃ち抜かれたはずの男の身体が、雲早目掛け飛んでくる。
「む!」
雲早はその男を咄嗟に蹴り飛ばす。
そこへ、別の敵が迫った。その男は、今まで絶命した仲間の身体を盾にして機会を窺っていたのだ。その両手には、中国武術の暗器の代表格、匕首が握られている。刃渡り十六センチ前後の短剣で古くから数々の暗殺に用いられてきた。
男の右手の匕首が雲早の首に迫った。雲早は拳銃を握ったままの拳で、刃の腹を叩いて逸らす。男が逆の手の匕首を突き出してきた。今度は、肘で剣腹を叩く。男の三撃目。振り方を変え、下から斬り上げてくる。
雲早は一歩踏み込むと、斬り上げてくる腕を脇で挟み込んだ。驚いた男は、もう一方の匕首で斬り付けようとするが、遅かった。雲早の蹴りが男の足を払った。バランスを崩した男の腕を挟み込んだまま腰を捻り、男の体を振り回す。男の体が遠心力に抗えず、掴まれた腕が伸び切り、それでも間接への負荷が止まらず、折れる。悲鳴を上げる男を放して地面に叩きつけた。弾倉を交換し、その頭に銃弾を撃ち込む。
雲早が戦っている間に、勝連と駿河も態勢を立て直した。先程の爆発の正体を確かめようとする。その時、辺り一面に上空から猛烈な風が吹き下ろしていることに気付く。これはヘリコプターがローターの回転で揚力を得るために起こるものだ。乗ってきたイロコイは、自分達を降ろした後離れた位置で待機しているはずである。
――まさか……
見上げると、別のヘリが上空を飛んでいた。一見民間用に見えるが、開いたドアから顔を覗かせているのは、擲弾発射器を構えた兵士だ。
――敵の援軍か!
ランチャーの砲身がこちらを向いていることに気付いた勝連は「退避!」と怒鳴る。勝連と駿河、雲早の三人がその場から離れ、一拍遅れてグレネードが地面で炸裂する。次弾を装填している隙に、三人はヘリに向け銃を撃ちまくるが、効果は得られない。装填が終わったグレネードランチャーが再度火を噴き、先程まで勝連が隠れていた自動車を吹き飛ばした。
足止めを食らっている間に、ついにドラッグを積み終えたトレーラーが発進した。
ヘリからの攻撃に阻まれ、追うことが出来ない。このままでは逃げられてしまう。
ここで、待機していたUH-1イロコイが上昇を始めた。空からなら、追尾が出来る。
しかし、相手がそれを許すはずがなかった。イロコイに向け、グレネードが放たれた。テイルローターを吹き飛ばされ、姿勢を制御出来ず、イロコイが落ちた。見る見るうちに遠ざかっていくトレーラー。これで、完全に追跡が不可能になった。残った敵も次々と撤退していく。
残されたのは、弾痕と硝煙に覆われたアスファルトと破壊された車両、そして炎上するヘリだけだった。




