第十八話~救援~
喜三枝邸の広大な中庭に一機のヘリが降り立った。世界中の軍隊や救助隊が使用してるUH-1イロコイである。
ドアが開かれると、明智真と勇海新の二人は乗り込んだ。やがて、イロコイが上昇を再開する。
「ごめんなさいね、二人とも。非番だったのに」
低音の女言葉が二人に掛けられる。すでに乗っていた男、駿河申だ。
「いえ。それより、状況は?」
「一五分前、太刀掛から輸送班への連絡の最中に通信が切れた」
同じく同乗していた勝連武が説明してくれた。
「ヘリの整備員が買収されていたことから考えると、黄麟会による襲撃の可能性が高い」
「目的は……まぁ、十中八九ドラッグでしょうね」
「よっぽど大事なのねぇ、あれ」
駿河が呆れの混ざった溜息を吐く。
「武器は?」
「そこに」
駿河が指した方向に、短機関銃やアサルトライフルがいくつも用意してある。
「ただ、時間がなくて、ユーミ君の使っているSG552は用意できなかったの。ごめんなさいね」
「気にする必要はないですよ。弘法は筆を選ばない」
そう言って、勇海は用意された武器の中から、HK G36Kカービン銃を手に取る。ドイツ軍に正式採用されているライフルの銃身切り詰め型モデルだ。プラスチックを多用し、SFチック染みた外見から「レゴライフル」と揶揄されているが、頑丈で動作不良が少なく、ヨーロッパの軍や警察特殊部隊で使用されていることが多い。
明智も、G36Kを手に取った。一応訓練で何度かライフルを扱ったことはあるが、実戦では初めてだ。弾倉を叩き込み、コッキングレバーを引いて初弾を薬室に送り込む。
「マコト」
勇海が声を掛けてきた。
「サブマシンガンとライフルじゃ反動がまるで違う。絶対とは言わんがフルオートで撃つな。すぐに弾が切れるし、流れ弾で被害が出る」
「分かっている……それくらいは」
明智はムスッとして答える。訓練でも散々聞いているのだ。
「本当かね」
「……新入りだからアドバイスはありがたいとは思う。ただ、言われたことを全く出来ないように思われるのは心外だ」
「いや、だってやらかしそうな顔をしているぞ」
勇海が真顔で言う。
「お前の心情を語ってやろうか? 麻薬ばらまいて高笑いしているくそったれどもめ、地獄に送ってやる……どっからどう見てもそんなこと考えている顔だ」
明智は絶句する。
「ユーミ君の言う通りかもね。まぁ、場合によっちゃ頼もしいけど、少なくとも未熟な新人さんが持つべき心構えじゃないわ」
駿河が肩を竦める。
「目的を忘れないでくれよ。ドラッグを渡さないことも重要だが、俺達は救援に向かっているんだ」
さらに勇海が釘を挿してくる。
明智は反論しようとするが、
「もうすぐ目的地だ! 総員、戦闘準備!」
と、勝連の指示が飛んだ。
「おっと、もう着いたか……」
そう言って、勇海は懐から一丁拳銃を出す。
「一応、俺のバックアップを渡しておく……まぁ、拳銃を使う状況なんて限られてくるから、使うことないと思うがな」
渡されたのは、五発装弾型の小型リボルバーだった。アメリカのS&W社製M649ボディガード。材質はステンレスで、撃鉄をフレームが覆うことで衣服への引っかかりを防いだ護身用モデル。
「あんたの分は?」
「ちゃんとある。とっとと準備しろ」
そう言って、勇海はタクティカルベストを投げる。
明智は着ているスーツの上からタクティカルベストを身に着ける。回転式拳銃用のホルスターがなかったので、M649はズボンに突っ込んでおくことにした。
他の三人もすぐ準備を終えた。勇海はG36Kを主武器に選び、さらにショットガンをスリングで背負っていた。
勝連と駿河の二人は短機関銃を主武器にしていた。G36と同じドイツのH&K社のUMP短機関銃だ。世界的シェアのMP5短機関銃の約半分のコストで調達出来る上、レールシステムにより拡張性も高く、複数の弾種に対応出来る。二人が使用するのは、9mmパラベラム弾ではなく、.45ACP弾モデルだ。これは二人の拳銃、M1911ガバメントと弾薬を共通化させるためだろう。
ヘリの扉が開かれた。
眼下では激しい銃撃戦が行われていた。互いに撃ち合い、弾丸が飛び交って道路や車両に弾痕を穿つ。
さらに見渡すと、小型のコンテナを運ぶフォークリフトが、重機運搬用のトレーラーの荷台に乗ろうとしている。
「くそ、遅かったか!」
あのコンテナに、押収したドラッグが入っている。
ヘリの接近に気付いた敵の何人かが、こちらに向け撃ち始めた。敵の主武器は短機関銃がほとんどのようだ。
「気付かれた。このまま近付いてもヘリごと蜂の巣だ」
「地上から行く! 降下用意!」
勝連の指示と共にロープが垂らされる。
「勇海、援護しろ!」
「了解!」
応えた勇海が頭に何かを被る。
勝連と駿河が発煙手榴弾のピンを抜き、投げつけた。道路に落ちた後、大量の煙幕が発生し、相手の視界を奪う。赤外線ゴーグルを掛けた勇海がG36Kを発砲し、煙の向こうにいる敵を次々と撃つ。
勇海の援護射撃を受けながら、明智、勝連、駿河の三人はロープを伝って地上に降り立った。ちょうど煙が晴れ始めたところで、まだ生きている敵がこちらを見て驚く。
三人は射撃を開始した。残った敵を撃ちつつ、勇海が降りる時間を稼ぐ。勝連と駿河は冷静に二、三発ずつに区切った連射を数セット行い始末する。明智は勇海の忠告を守り、セミオートのまま二発撃った。一発は外れたが、二発目が胸に命中して男が倒れる。勇海が降りた頃には男達は地に伏していた。
「揃ったな」
「ちょっとお待ちを」
味方の応援に向かおうとした三人を勇海が止める。何を思ったのか明智の撃ち倒した男に近付いた。数秒程見た後、
「……気のせいか」
と、持っていた銃を下ろそうとする。
そこへ、倒れていた男が拳銃を抜き、勇海に向けた。
銃声が響く。
頭を撃ち抜かれた男の手から拳銃が落ちた。
勇海は今度こそ銃口を男から反らし、
「あれをやったのは、マコトだな?」
と、厳しい目で睨みつける。
「立派なのは心意気だけか?」
「う……」
「確実に止めは刺せ。息の根が止まったのを確認しろ。でないと、この中の誰かが死ぬ。無論、お前もだ」
普段の軽口は形を潜め、いつになく険しい舌鋒で責めてくる。
「説教は後だ。奴らがこっちに気付いた」
さらに何人かが銃を乱射しながらこちらに向かってくる。
四人は撃ち返しながら散らばり、近くに放置されている自動車を盾にする。車を遮蔽物として使う場合、ドアなどは簡単に銃弾が貫通するため隠れても意味がない。分厚い金属の塊であるエンジンを盾にし、足が出ないように必ずタイヤの近くに身を隠す。
明智と勇海は同じ軽乗用車の陰で敵の攻撃をやり過ごしつつ、勇海が反撃に撃ちまくる。こちらも慣れたもので、フルオートのまま二、三発に区切る「指切り」の短連射を的確に加えていく。
「リロード!」
勇海が引っ込みながら叫ぶ。入れ替わりに明智がライフルを撃った。こちらは射撃の腕が未熟なのを自覚している分、弾倉交換の隙を埋めることに徹した。敵が勇海を狙ったり有利なポジションに出ないよう、牽制射撃を行う。弾倉交換を終えた勇海が明智と交代し、射撃を再開した。次々と敵を撃ち抜いていくが、全滅したと思った頃にはまた増えている。キリがない。
結局、勇海が二マガジン消費しても敵の攻勢は衰えなかった。次々と弾丸をばらまいてきて、ろくに撃ち返すことも出来ない程の弾幕が襲いかかる。麻薬を奪い返すのに、一体何人投入しているのか?
勝連や駿河も似たような状態で、倒しても増える敵を捌き切れていない。このままでは押され始める。
万事休すか――そう思った直後、敵の攻撃が一時的に弱まった。そして、こちらが撃っていないのにも関わらず悲鳴が上がる。
敵の攻撃の間を縫って、様子を探った。
明智が見たのは、短機関銃を構えた男達に背後から飛びかかる、二人の女性だった。




