プロローグ
男は、暗い中を彷徨っていた。
無限に続くかと思われた、その空間の先に女が一人佇んでいた。
彼女は背を向けて立っていたものの、男にはすぐに分かった。
それと同時に理解する。
彼女がいるということは――自分も死んだということか。
男は彼女の名を呼ぼうとしたが――
彼女は遠ざかっていった。
男は必死に追いかけようとするも、距離は縮まるどころか広がっていく。
ついには、彼女の姿が見えなくなったところで――
男は目を覚ました。
開いた目に最初に飛び込んできたのは、真っ白な天井だった。
耳には、何かの電子音が届く。その正体を確かめるために横を向けば、心電図が規則正しく波を刻みながら、一定のリズムで音を鳴らしている。
そして、動いたことで、自分の身体が様々なコードに繋がれていることに気付いた。左腕には点滴のチューブが刺さり、胸に張られた電極板が、心電図のモニターとコードで繋がっている。
「お目覚めか」
困惑している男に、声が掛けられた。そこで、ようやく部屋に他の人間がいることに気付いた。慌てて声の方向を向く。
壁際に、声の主であろう男が立っていた。その顔には見覚えがあった。処刑の日時を伝えられた後、長い間話しかけてきた男だ。
――処刑?
ここまで考えたところで、ようやく男の頭がはっきりと働き始める。なんとか今の状況を理解しようとする。
――どうなっている?
自分の刑は執行された。宣告と共に一瞬宙を浮いたかと思えば、縄が自分の首を絞めつけた感覚を思い出す。
「ここは、どこだ?」
男の口から力なく言葉が漏れる。
幸いにも、目の前にいた男はその問いに答えてくれた。「死んだ人間の来るところなんて決まってるだろ……真智明」
男が笑みを浮かべる。
ここまで軽薄で残酷な笑みを真智は初めて見た。悪魔が笑顔を浮かべるのなら、まさに目の前の男のようになるのだろう、と思う。
「あの世、だよ」