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自殺の聖書

作者: 人ケ丘圭

 死のうと思うんだ、と君は言った。

 そっか、と僕は答えた。

 悲しむだろうかと顔色を伺ってみると君ははにかんでいた。

 気に障ったかな、と聞いてみた。

 いいや、楽になった、と君は言った。

 僕も死のうかな、と言おうとしたけど、やめた。それは嘘だったから。

 どうやって死んだらいいかな、と君は言った。

 踏切、と僕は小さく呟いた

 君は何も言わなかった。

 薬、と話をそらした。

 やっぱり何も言わなかった。

 縄、とも言ってみた。

 君の方を見るのが怖かった。

 屋上、とか、と濁してもみた。

 静かだった。静かすぎてたまらなかった。

 どうして死ぬのだろう、と君は言った。不思議な質問だった。

 つらいことでもあったんだろう、と僕は言った。

 つらいことはなかった、と君は言った。

 退屈に負けたんだろう、と僕は言った。

 退屈には負けなかった、と君は言った。

 愛する人がいなくなったんだろう、と僕は言った。

 君のことは愛してる、と君は言った。

 人を信じられなくなったんだろう、と僕は言った。

 君のことは信じてる、と君は言った。

 どうして死ぬのだろう、と僕は思った。

 どうして死ぬのだろう、と君はもう一度言った。

 人は誰でも死ぬよ、と言ってみた。

 僕の自殺は百年後かもしれない、と君は笑った。

 千年かもしれない、と僕は話を合わせた。

 千年あったらなんでもできるね、と君は楽しそうだった。

 どうして死ぬのだろう、と今度は僕が言った。

 死ぬ、ということは簡単なことだ。それはとても身近でやろうと思わなくたってできる。でも、理由がないからみんな死なないのだ。理由がないから、みんな苦しんで生きているのだ。

 理由さえあれば、みんな死ぬのかな。

 理由さえあれば、みんな死ぬのだ。その理由を探してみんな生きているのだ。

 じゃあ、僕はまだ生きていなくちゃいけないんだね。

 そうさ。思えば不思議なことだよ。生きる理由もなく生きているのに、死ぬ理由がないと死ねないのだ。おかしいじゃないか。どうして僕らは生きている。

 惰性だ。

 まったくだ。僕らは生きていたから生きている。気づいた時には生まれている。生まれたからには生きなければならない。そうしてどこまでも続く直線の上を進みながら、それと全く平行に走る線を眺めている。その線は僕らの乗っている線に可能な限り近いのに、決して触れあうことなく続いている。いつか接すると思いながら永遠に続いていく。僕らは無限に待たされている。平行線の交点を探し続けている。そうしていつまでもいつまでもだらだらと歩かされるのだ。

 でも、いつかはくっつく。

 そうとも。僕らが人間であることをやめられない限り、線はどこかで一つになる。

 僕らはその日を待っている。今か今かと待っている。それは明日かもしれないし、百年後かもしれない。今かもしれないし、千年後かもしれない。

 ばかばかしい。

 本当に。

 死にゃあいいんだ。電車に飛び込め。睡眠薬を買ってこい。椅子を蹴り飛ばせ。空を見下ろせ。

 叶わぬ夢だよ。

 千年!冗談で言ったが冗談じゃない。

 誰か殺してくれないか。

 それはいい。誰かを殺して恨みを買えば、きっと死ねる。

 うまくいけばたくさん死ぬ。

 恨みの螺旋。

 机上の空論。

 死のうと思うんだ。

 死ねるものなら。

 僕らには聖書が必要だ。

 案外、それは目の前に。

 書けというのか。

 それもまたいい。

 悪くない。僕にはあと千年ある。自殺の聖書。あらゆる自殺の納得のいく弁明。読めば死なずにはいられない。

 悪魔の書物だね。

 しかし人を救う。

 巣食うの間違いだろう。

 結果は同じだよ。

 人は誰でも死ぬよ。

 あっ!

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