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嘘色の悪魔達  作者: 戌笛
3/3

1話

今朝の目覚めはわるい。

枕元の携帯電話のアラームが七時二〇分という画面を表示しながら電子音を発している。

睡眠時間を計算するがこの気怠さとは釣り合わない。悪夢のせいだろうか。

折りたたみベッドの上から見える雑然とした勉強机が夢でない現実世界を僕に伝える。

アラームを止め起床時間であることを再認識し、疲労の抜けきらない体をゆっくりと起こし欠伸を一つする。僕は本来七時に起きるはずで、このアラームは遅刻しないための警告である。

しかし朝の二〇分間は昼間の二時間に相当する――というのは僕の勝手な持論で、夏休み終わり早一週間ほど経つが、体はまだ夏休みに未練があるようで学生生活の朝に合わせてくれない。

「拓海―っ! 洗濯したいから着替えてー!」

そんな体に追い打ちをかけるように一階から聞こえる祖母の声。それはもう一つのアラームである。

「拓海――っ!」

「起きてるよ」

布団から抜け出し、だらだらとカーテンを開け春の心地よいとされる矢のように差し込む日差しを顔に浴びながら伸びをする。この部屋から見える景色といえば隣の家の雑にペンキをぶちまけたような度派手な黄色い壁ぐらいで、心地よい日差しのほとんどはこの壁に阻まれ、申し訳程度に太陽とは程遠いくすんだ輝きの黄色を僕に見せる。

――気に入らない。

かつて住んでいた家には劣る、この家の庭の植物達もきっと同じ気持ちだろう。

タンスに向かい着替えを取りだす。いつも通りの黒い肌着。

まだ体温の残る抜け殻となった寝間着を抱え、ぼさぼさの寝癖頭を掻きながら螺旋状の階段を下りダイニングのドアを開け祖母の後ろ姿を確認する。

「大学、間に合うのかい?」

人生の夏休みのようなあの場所に間に合うもくそもないと思いながらも「うん」と短い返事をひとつする。あの火事以来、口数の少なくなった僕に対して、祖母はまるでリハビリでもさせるかのように僕になにかと言葉を投げかける。

「コーヒーか紅茶、淹れようか?」

「いや、自分でやるからいいよ」

僕はそんな祖母の気遣いが息苦しい。

洗面所へ移動し、すでに体温の消えかかった寝間着を洗濯機に投げ入れ〈おいそぎ〉と書かれたボタンを押す。この洗濯機には様々な洗濯コースがあり、〈おいそぎ〉とはそのコースの一つで、忙しい朝などにはもってこいのコースなのだろう。

これは、おいそぎというよりは洗濯の途中過程を省略するだけなので僕に言わせてみれば〈おいそぎ〉ではなく〈手抜き〉

こんな風に世間ではデメリットをメリットに、マイナスをプラスにみせようとすることがある。

飽きっぽいのはいろんなことに興味が持てるから。優柔不断なのは慎重で丁寧だから。

怒りやすいのは真剣になれるから。

感情が乏しいのは冷静だから。

ものはいいよう

それって偽りじゃないのかな?

世の中ってそんなものなのか?

これが世間の通則なのか?

つうそく……うそ つく……

――あぁ、妙に納得した。


くだらないことを考えるのをやめ、ダイニングに戻り四人掛けのテーブルに目をやる。

雑に折りたたまれた朝刊と年季の入ったコーヒーカップが並んでいる。

二時間ほど前にそこに居たであろう人物を今日も見送れなかったことを少し反省し椅子に腰を下ろす。

「今日はじいちゃん、遅くなるかもって」ガチャガチャという朝食後の洗い物の音を鳴らしながら祖母が言う。

今年65歳となるその後ろ姿は、まだ腰も曲がっておらず、見た目はそこらの老人よりもずいぶんと若い。

また祖父も同じ年齢にして洗管の職員として現場で働くという超人的タフさを備えている。

「そうなんだ」

「拓海は何時に帰るんだい?」

洗い終わった食器を乾燥機に入れながら祖母がいつもの質問を訊く。

大学に入り、アルバイトを始めるようになってから僕の帰宅時間は規則性が無くなったからだ。

「今日はバイト無いから早いと思う」

「そう。じゃあ晩御飯用意しておくよ」

「ありがとう」

そう小さく呟いて、僕は袋に入った食パンを取り出しトースターに入れる。

朝、食欲のない僕は決まってトースト一枚を朝食とする。そこにどんなものを塗るかに違いがあるだけで他に差はない。

少ししてチンという軽快な音を立てトースターが食パンを吐き出す。

冷蔵庫からブルーベリージャムを取り出しできあがったトーストに塗りたくり完成である。

パンくずがこぼれないようにテーブルに戻り、できたての朝食を口に運ぶ。

寒色は食欲を減退させるという定説が存在するが僕はそうは思わない。

なぜなら僕にとって食欲のわかない朝に唯一食べるという行為を奮い立たせてくれるのがこの寒色のジャムだからである。



『色って説得力ないよね』


トーストにかじりついた時、ふと橙堂美影の言葉を思い出した。


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