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デイーストの所有者

最終話となります。

存分に笑ってやってください。

 



 うららかな昼も終わりを告げる、夕方。

 その日、ついに懸念していた事態は起こってしまった。


 誰が懸念していたのか?

 それは、国王を筆頭とし、アズマの友人たるハルクを含めた者たち。


 ――いわゆる、アズマの〝正体〟を知っている者たち、である。


 そろそろ仕事も終盤となってきた国王の書斎室へ、ベルマード公爵がロワ公爵についての話で、ロワ公爵を交えた上で王に謁見をしたい、と言う旨の書類が届いたのだ。


 これに慌てたのは……否、これに慌てた者は、少なくとも国王の周辺にはいなかった。

 もちろん、呼び出しをくらったアズマ本人も含んで、である。

 そのかわりに国王の口から出たのは、

「……あぁ、またか。まぁ……なんだ。ベルマードは良いやつだが、この問題に関しては、心配性がたたったな」

 といった、呆れと若干の憐れみが混ざった微妙なもの。


 その言葉の意味は、その後すぐに行われた玉座の間での謁見で、すべて氷解することになった。


「――おそれながら、陛下。アズマ・デイースト・ロワは、大変に危険な存在にございます」

 開口一番、同地位の公爵に属する者とは言え、最低限の礼儀たる敬称も付けずにアズマのことをそう語ったベルマード公爵に、一部の人々――主に玉座に腰掛ける国王付近――が、無音にて固まった。

 それも、凍る、という表現が最も合うであろう、冷や汗ものの状態。


 完璧に公爵としての姿で玉座よりの壁の端にたたずんでいたアズマが、にこり、と笑みを深くした。

 ――いつぞや、ハルクと共に自らの〝正体〟を告げた時のように。


 その笑顔を視界の端で捕らえた国王が、一瞬で状態を常に戻し――戻しきれずにつまりながら、ベルマード公爵へと言葉を返す。


「そ、それは、あぁっと、どういう意味だ?」

 国王自ら含め、数人が落ち着け! と見事に一致した言葉で以って内心自らを叱咤する。


 しかし、彼らの動揺を全く明後日の方向の動揺と勘違いしてしまったベルマード公爵は、我が意を得たり、とばかりに国王の言葉にうなずき、なおも言葉を紡いだ。


「はい、陛下! 私は常々、アズマ・デイースト・ロワの言動に不信な点があると感じておりました。そしてその不信感を探っていくと、陛下、あなた様方王家の方々へと通じていることが解ったのでございます! 私は先日の王城舞踏会にて、ようやく確信することが出来ました」

「……うむ」


 真剣そのもので、しかし真実を知るものにとっては実に的外れなことを述べるベルマード公爵に、国王はこれ関係の事態では毎回味わうこととなる、なんとも言えない気まずさを宿して返事をする。

 しかし、これ以上ベルマード公爵に話を続けさせるのは得策では無い。これも毎度のことであるが、話は早いうちに切り上げた方が、誰よりも進言してきた本人にとっての打撃が少なくて済むのは事実。

 そう思い、国王が発した言葉は――しかし、途中でとある人物が引き継いだ。


「だがな、ベルマードよ。そなたが懸念しているようなことは」

「――起こりようがないのですよ」

「っ、アズマ様……」

「アズマ・デイースト・ロワッ!!」


 良く通る声で国王の言葉を引き継いだアズマに、驚いた拍子に思わずこぼれた国王の言葉と、敬愛する王への無礼と取ったベルマード公爵の鋭い言葉が重なる。


 次いで、二人そろってハッと顔を見合わせた。


 当然、ベルマードの方は、公爵と言えども臣下の一人に過ぎないはずであるアズマへ、王が〝様〟と言う敬称を付けたことに対する、驚きから。

 国王の方は、ついうっかり慣れ親しんだ呼びかけの方を出してしまった、不味い、という心情から、である。


 そうして図らずしも見詰め合った男二人を見て、アズマもまた、思わずと言った風に軽快な笑い声を立てた。

 瞬間、ベルマード公爵が睨みを飛ばす。

 なおも口を開こうとしたベルマード公爵を、笑いをこらえて手で制したアズマは、笑みを口元にうかべたまま一つ、深呼吸をした。


 そうして、彼の独擅場が開始する。


「――失敬。まず言っておきますが、貴方がとても誠実な方でいらっしゃるのは、私も陛下から聞き及んでおりました。……故に、いずれこういう場が設けられるであろうことも、はっきり申しまして、予想しておりました」

「な!?」


 罠にはまってしまったのか!? とばかりに顔を青くするベルマード公爵に、それは違うぞ、と無言の内に訴えようとする国王とその周辺人物。

 ただ、会話の主導権がアズマに移ってしまった以上、国王とてこの会話に横槍を入れるのは、ためらわれた。


 そう――国王でさえも。

 実に美しき微笑みをたたえ、凛と佇み言葉を紡ぐアズマに、対抗する術を持たないのだ。


 最も、実力面を語るならばそれは当然であり、そうでなくともデイーストの王族一同は、むしろ望んでアズマを敬っている節が前々からあるのは、アズマも知ってはいたが。


 知っていることほど語らないのは、アズマの性格の特徴とも言えた。

 本人曰く、空気をよむ、と言うことらしい。


 ……最も、そうして出来上がった今回のような状況の果てに、魔王もかくやという演技にて〝遊ぶ〟のは、楽しいことを好む彼の悪い癖、とも言えたが。


 とにもかくにも、こうして舞台は早くも大詰めに入る。


「――この際です。真実をお教えしましょう、ベルマード公爵」

「し、真実……だと?」

「えぇ。――第一に、そもそも実力面でのお話をするのなら、この国で私を凌ぐ者は存在しておりません。故に、私を力で抑えることは、不可能です」

「!? そ、それはっ」

「……第二に、私は現代陛下が赤ん坊の頃より、陛下とは付き合いがあります。単純に考えて、私が何か悪巧みをしているなら、失礼ながら貴方よりもよほど早く、陛下はお気づきになられるでしょうね」

「ぐ、それは確かにそうだが!」

「第三に」

「っ!?」


 そう言ったアズマの雰囲気が、ふと豹変する。

 それはまるで、今まで綺麗な花弁だけを見せていた花が、鋭い棘を見せた時のように――いや、まさしくそのままであるのだが。


 麗しく温厚な公爵から、ただしく、真実の姿――魔物が巣くう大きな森であったこの地を、ふらりと現われ開拓し、後に訪れた現代国王の祖先たちの願いを聞き入れデイースト王国と言う国を建国した、偉大なる魔法使いにして真の土地の所有者――そう、《建国者》たる、堂々とした姿へと、変化する。


 その中で、唯一変わらない丁寧な口調が、最も重大なる真実を告げた。


「――そもそも、この地……デイーストの土地を持っているのは、王家ではなく、私個人なので……。まかり間違っても、私がこの地に牙を向くことなど、ありえない以前に、必要性がありませんから」


 ――ご安心くださいね?


 その言葉を最後に、ふらりと傾いたベルマード公爵は白亜の床に倒れた。

 青い顔のまま気を失った彼を介抱しようと、急いで数人がおもむく中、今まで無言にて静観せざるを得なかった国王が、ようやく口を開いた。

 その声が大分疲れた色を宿しているのは、久しぶりに全力で遊び倒したアズマへと、せめてもの自重をうながそう、と言うささやかな意思表示である。


 いずれにせよ、降りた幕の内側で、国王はアズマへと言葉を紡いだ。


「アズマ様……どうか、あまり怖がらせないで下さい」


 その後に無言で続く、ベルマードを、の次に、我々も、と更に続きそうな言葉に、アズマは肩をすくめて言った。


「本当は、ロワって言う言葉の意味が〝真の王〟っていう意味なんですよ、ってとこまで言いたかったんだがな。……残念だ」

「どうぞ、ご勘弁を」

「ははっ! しないって! 安心しろよ、ヴィルヘルム」


 丁寧な口調さえ消して、本当に素のままで接して来るアズマに、国王ヴィルヘルムは久しぶりに彼の口から、他でもない彼が先代の王に願われて付けてくれた自らの名を呼ぶのに、自然と頬を緩める。


 彼らは、知っていた。

 《建国者》の、真実の姿を。


 それは、優雅な貴族などではなく。

 楽しいと思ったら例え灰色にかかろうとも全力で遊び倒し、大人しいかと思いきや堂々たる振る舞いの上に口調さえも少々荒っぽい、どこか子どものような人であることを。

 そして同時に、誰よりもこの地を護ろうと日夜奮闘する、心優しくも力強い魔法使いであることを。


 彼らは、知っている。


 デイーストの真の所有者は、本当は心底お人よしな、偉大な曲者だということを。


 アズマは語る。

 実に楽しそうに。

 それでいてどこか、寂しそうに。


「ここはおれの家だからな。――大事にするに決まってるさ」


 ――こうして今回もまた、破天荒な舞台が終焉を迎えた。


 ここでめでたしめでたし、とならないところが、アズマが愛するデイーストの魅力。


 後日、再び青い顔でアズマへと深々と頭を下げるベルマード公爵の姿が偶然にも友人のハルクに見られ、二人してまた昼食の席で盛り上がったことは、案外、良くある話である。


 アズマの武勇伝は、こうして細々と、極限られた者たちにのみ伝わっていく。


 それに再び時の王が頭を抱えるのは、もう少し、後のお話――。


ご愛読、ありがとうございました!

コメディにしたかったけれど、力不足でこのザマです。

それでも読んでいただけた事を、大変うれしく思います!

改めて、『デイーストの所有者』を読んでいただき、ありがとうございました!

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