万能の魔法使い
朝一の目覚めにいかかでしょう?
夜は気まぐれな情報屋、多くの時間は麗しき公爵として活動しているアズマの表の仕事は、実は王城魔法使いであったりする。
公爵の名を持ちながら、土地ではなく魔法使いとしての地位を望み、実際に優秀な王城魔法使いたちの中でも特に力ある魔法使いとしても有名である彼は、その類稀なる実力を目の当たりにした同職の者たちから、様々な思いを込めて、《万能の魔法使い》と呼ばれていた。
王城舞踏会が終わり、城の中に貴族のご令嬢がいなくなったことで、アズマは朝から王城魔法使いとして、訓練場へとおもむいた。
訓練場へと入って来た彼を見た途端、ざわり、と少しばかり騒がしくなる。
情報屋の時に使っているものとはまた違った魔法使いらしい黒のローブを身にまとう今のアズマは、美貌や地位の華やかさのみならず、魔法使いとしての威厳にも溢れていた。
そうして始まる彼の訓練光景に、多くの者が視線を送る。
「〈――〉」
無詠唱にて発動したのは、転送の魔法。
目視できる先へと飛んだ彼は、しかしそれだけをしたわけではなかった。
周囲から、どよめきが起こる。
くるりと反転して後方を振り返ったアズマの澄んだ空色の視線の先には、つい先ほど彼がいた地点に咲き誇る、美しくも凶悪な氷の花があった。
「……まさか、二つの魔法を同時に……?」
信じられない、という感情を宿した言葉が、どこかから漏れる。
それぞれ異なる魔法をほとんど時差なしに発動するのは、それほどまでに本来、高等な技術であるのだ。
――で、あるにもかかわらず。
「うーん……氷の花の方が微妙に発動が遅れましたね……鈍っているなら大問題です」
――その完成度で鈍っていると語るあなたの思考の方が大問題ですよ!!
くしくも、ここでは毎回のように心中の意見が一致する。
先のツッコミが大音量で成されなかったのは、ひとえに彼の地位のおかげであろう。
どれほど本人が温厚であろうと、公爵の地位にある者を愚弄したとあれば、制裁は免れない。
とは言え、いい加減普通の知識に基づいて訓練を行っていただきたい、と多くの者が思っているのも事実ではある。
単に、それを言える者が存在しないというだけで、自分たちの心がここまで平穏とかけ離れたものになるとは、王城魔法使い一同、思いもしなかった事態であった。
アズマの訓練は続く。
《万能の魔法使い》の名に相応しく、実に多彩な魔法を用いて。
色とりどりの軌跡が宙に地面に描かれる様は、美しくも力強い。
時に風にまかれ、また時には水の飛沫を受けて煌くアズマ自身の美貌も相まって、その一角だけは一種幻想的な雰囲気が支配している。
彼は振るう。
己が最高の力を以って。
傷ついた者を癒す、優しき光。
強敵をも打ち負かす、洗練された一撃。
そうして繰り出される魔法の最後の一手はいつも、結界魔法だ。
絶対に護り抜く意志を持って展開されるそれは、まさに王城魔法使いという、騎士と共に国を守護する者の姿を、反映していた。