真の支配者
昼食を食べながら読むと、少し雰囲気が増す……かも?
デイースト王国が最高位の貴族、ロワ公爵。
謎の多い彼の真実の姿を暴こうとした者は、必ず正しき答えを送られた上で、二度と彼に深入りすることはなくなる。
――極普通に、友好的な関係を、除いて。
「お、アズマ!」
「あれ? ハルクじゃないか」
昼食前。
自らの部屋に戻ろうと足を進めていたアズマは、曲がり角でとある人物と出会った。
眩い金髪に、精悍な顔立ち。明るい碧の瞳は、その陽気な性格を現すかのようにいつも輝いている。
アズマと同じく、成人の十八にはなっているだろうが、二十に届くか届かないか、といった若々しい外見に、白を基調とした貴族服をまとって華やかさを加えたその青年は、社交界でも少々名の知れたベイル侯爵家が次男、ハルク・フー・ベイル。
人懐こい笑顔と陽気な言動で、老若男女誰とでも打ち解けられる人気者。
そして何より、アズマの〝正体〟を知った上で、それでも変わらずに接してくる、数少ないアズマの友人の一人である。
そんな彼が目の前に現れた時のアズマの言葉は、いつも決まっていた。
「丁度良かった。一緒に昼食をどうかな?」
「……おう、そうしよう。というか、アズマならそう言うと思った」
女性を虜にする甘い微笑みは、女性だからこそ効くものであるはずだが、アズマはそれにそれこそ誰であっても逆らえない圧力を簡単に乗せる事が出来る。
最も、ハルクにはその圧力はほとんど通用しないことを知った上で使う辺り、アズマ自身も、それにハルクも、アズマの微笑みはしょせんあいさつ程度のものでしかないことを心得ていた。
――当然、そのことに気づかず顔を青くする者など、幾らでもいるわけだが。
そうしてアズマの部屋にて始まった昼食の席では、毎回恒例の話が繰り広げられる。
「それにしても、今回の王城舞踏会も華やかだったな!」
そんな一言から始まるそれは、舞踏会に来ていた他の貴族たちの思惑と、それを完全にさばき切っている自分たちの異常性が、主な内容である。
「俺は兄の背中を見て育ったからともかくとして、やっぱりアズマには毎回驚かされるなあ」
「ハルクの兄君というと……次期ベイル侯爵、ライアック・ヒー・ベイル殿か。確かに彼はさばきの天才だからね。……と、私? 今回は特に大したことはしていないはずなんだけどなぁ……?」
そう語り合いながら、繊細なティーカップに入っているにはあまりにも似つかわしくない、少しどろっとしている深い緑色の見慣れない飲み物を、二人して平然とのどへ流す。
ハインと呼ばれる植物を若葉のうちに水に浸してつくる、疲労回復の効果がある薄い若葉色の一般的な飲み物、ヒールハーティーを濃くしているのかと思われることが多いが、実はまったく別の飲み物である。
若干ハルクの方が難しい顔をしているのは、その味が結構な苦味を主張することを示していた。
アズマ曰く、少し音を立てて飲むのがコツ、だとか。
そうして会話は続く。
――着々と、恐ろしい真実へと。
「いやいやいや、俺一応こっそり聞いてたんだぞ? アズマ、ベルマード公爵に結構なこと言われてただろ? あーっと、確か……」
「あぁ――〝これ以上王族方を惑わすな。貴殿がどれほど裏から工作をしようと、この国を乗っ取らせたりなど……断じてさせん〟――だったかな?」
「そう! それをまたサラッと笑顔でかわしてただろ? あんなこと、そう簡単に出来ることじゃないって」
そこまで言われて、ようやく納得が言ったようにうなずくアズマ。
確かに、あらぬ疑いをかけられた上に半ば脅されているような状況で、笑顔のままさらりと立ち去るのは、どれほど腹の探り合いに長けた貴族たちであっても容易には出来ない。
ただ、アズマがその高等技術を簡単にやってのけたことに、理由がないわけでもなかった。
――最も、と続いたハルクの言葉によって、真実は告げられる。
「アズマに脅しなんて初めから意味がないけどな。……王族方をたぶらかしてるってベルマード公爵は本気で思っているようだったけど、それも違うし。――なにせ、そもそもアズマこそが、この国の真の支配者だもんな!」
この時ほど、ハルクの人好きのする笑顔が恐ろしく見える時は無い。
――加えて。
「そうだね。……そもそも、この国が建つ前から、この土地は私のものだし。王家とて例外でなく、最終的に私に従うのは……」
――当然だよね?
この時ほど、アズマの優しげな微笑みが邪悪に見える時も、またそうそうにありはしない。
多くの者たちは、知らない。
自分たちが踏みしめる地を、本当の意味で手に持っている者のことを。
自分たちの、真の王の、その名前を――。