麗しの公爵
「まぁ……アズマ公爵様ではありませんか!」
華やかな昼下がり。
昨晩と今晩行われる王城舞踏会の関係で、王城の中庭にて英気を養っていた令嬢の一人が、うっとりしつつも黄色い声を上げるという器用なことをやってのけた。
年齢層豊かな彼女たちの瞳はそれぞれ、中庭の入り口、その一点に向けられている。
理由は、至って単純。
「やぁ。皆さん、ご機嫌いかがかな?」
そう朗らかな声音で言いつつ、実に優雅な足取りで中庭へと入って来た人物が、顔良し、スタイル良し、家柄良し、とご令嬢方には美味しすぎる美男子だったから、である。
言わずもがな、艶やかな黒髪をゆらし、陽光の元にさらされた美貌で以って女性たちを虜にしながら歩み出てきた人物は、この国で《建国者》と呼ばれる青年。
名を、アズマ・デイースト・ロワ。
正式な地位としては、貴族としては最も高位にあたる公爵であるにもかかわらず、こっそり趣味で情報屋などということをやっている、大分変わった人物である。
最も、一般的に開示されている彼の情報は、このデイースト王国の建国に携わった、王家と肩を並べるとまで言われるロワ公爵家の当主であることのみ。
とは言えども、建国当初から代替わりもせず、年を取ることもなく公爵として存在し続けているあたり、普通の者でないことは、大概の貴族の者は気づいてはいる。
ただ、確信を突いた発言をすることはその地位が公爵ゆえに王家への愚弄にもなりかねず、また真剣に問うものには国王ならびに彼自身からの返答があるため、今のところさしたる問題にはなっていない。
――答えを聞いた者たちが一人たりとも例に漏れず、真っ青な顔で帰ってくるというのは、案外有名な話だったりはするが。
それはともかくとして、貴族の輝かしき女性たちにとっては、王族の次に目を惹かれる人物であることに、変わりはなく……。
「昨晩も今も、やはり女性の皆さんはとても綺麗でいらっしゃいますね。まるで花々と宝石が輝く楽園に来たかのようです」
「もう! 公爵様ったら!」
そう、容易に女性をおとす甘い微笑みを浮かべ、良く通る美声にて穏やかに語る彼に、中庭はすぐに彼の独壇場と化す。
色とりどりのドレスをまとう令嬢をかわるがわるエスコートし、優しく囁きかけるその様は、最早ただの女たらしである。
……とは言え、女性の方からしてみればまさに夢の様な時間であり、彼が間にいるというだけで女性ならではの殺伐とした笑顔の押収は行われていないことを考えれば、彼自身がただ遊んでいるだけとも言い難い。
――事実、夕方に差し掛かり、女性たちは今晩の舞踏会に備えなければならない時刻になった時には、実に見事な口上で次は舞踏会で、と切り上げ、颯爽と去って行った。
その後姿を残念そうに見つめる令嬢たちとは違い、その背の裏で小さなため息を彼がこぼしていたことは、現実である。
かと言って疲労のために夜の舞踏会を休むわけでもなく、むしろ再び会った女性たちと美しいダンスを披露するあたり、彼の底知れなさがうかがえた。
加えて、舞踏会では様々な地位の貴族の当主たちとも朗らかに語り合っており、まさに公爵の名に相応しき完璧な振る舞いで人々を魅せ、王族とも親しく語り合うことで、その地位が確固たるものであるということを新興の貴族にも知らしめていた。
その美貌と虜にする微笑みで女性を魅了し、優雅な所作と巧みな話術で華やかしき地位を証明する――その姿はまさに、麗しくも高みにある、公爵の名に見合うもの。
落ち着いた夜が良く似合う情報屋の姿とはまた違った、眩き貴人の姿を現していた。