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灰色の情報屋

 



 ――闇にまぎれて、家々の屋根を音もなく駆けてゆく者が、一人。

 漆黒のローブに身を包み、そのフードで顔を隠したその人物は、体格から判断して、男であるようだった。

 音を殺して跳躍。ひらりと回転した後に着地した場所は、とある屋敷のバルコニー。その手すりの上。かと思えば、すっと伸ばした黒い手袋をはめた手が、屋根裏へと続く通路を開いた。狭いそこへと身を躍らせた後には、すでにバルコニーから人の気配など消え去っている。

 見事な手際で屋根裏へと忍び込んだ彼は、目的の部屋の上へとたどり着くと、下へと耳を澄ませた――。


 その身軽さ、手際の良さ、そして仕草の端々からうかがえる、戦闘慣れした玄人の洗練さを見て取れた者は、まず間違いなく、彼の正体を《暗殺者》と定義するだろう。


 ただし、残念ながらその答えは、正しくない。


「――――」

 息遣いさえも聞こえないほど、存在感を薄めた彼の正体は――《情報屋》である。

 それも、全くの悪とは言えない、いわゆる灰色の存在。


 彼が耳を澄ますその下では今、その国の一部に打撃を与える、悪辣な策略が語られていた。


 他人の家に無断で忍び込むこと自体は、れっきとした悪であるが、その内容を伝える人物がこの国の王であることは、この国にとって、正義となりうる。

 これが国に正式に所属しているものであれば、多少の無礼はいたし方がない、と完全に白となることだろう。

 ここで彼が灰色なのは、ひとえにその身が国に仕えているわけではないからだ。


 ――最も、彼自身は自らのことを〝中立者〟と語っており、本質的には灰色ともまた異なる存在であるのだが。


「――」

 潮時と見たのか、息を潜めたまま倒していた身体を起こし、さっと身をひるがえす彼。

 来た時と同じく、存在を感じさせない手際の良さで以ってその家を後にし、別の家の屋根へと軽やかに降り立った彼は、そっと見下ろした真夜中の街並みに小さな笑みを浮かべた。


 それは、たったいま危険な不法侵入をしてきた者とは思えないほど、慈しみに満ちた微笑みだった。


 一瞬の空白の後、再びひらりひらりと跳躍し、彼は自らの家である場所へと、帰っていく。

 一際高く飛び上がり、掴んだ手すりを使って一回転。

 そうして着地した場所、良く手入れされたバルコニーから、我が物顔で入り込む部屋。

 否、我が物顔も当然である。まさにそこが、彼の家、彼の自室なのだから。


 ――そう、至って普通のことである。……そこに、〝王城の中でも特に広く気品漂う王の部屋と間違われてもおかしくないほどの壮麗さがある〟と、つかなければ。


 だとすれば、答えは一つしかない。

 まさに王城内のそのような部屋に平然と入り、残していたのであろう冷めた飲み物が入ったカップに優雅に口をつける彼が、この国の王――であったら、大問題である。

 故に、結論は自然と絞られた。


 カップを机の上に戻した彼が、忘れていた、とばかりの唐突さで、それでもやはり無駄のない仕草にてローブを脱ぐ。

 共に外れたフードの中から現れ、薄暗い部屋にて月光に煌いたのは、癖のない艶やかな黒髪。

 そして、確実に女性を振り向かせるであろう、美貌。

 深い髪の色と正反対に薄い空色の瞳が、晴れやかさと穏やかさを両立させていた。

 加えて、目を惹くのは顔だけではない。

 ローブを脱いだことで見えるようになった服は、落ち着いた紺を基調とし、銀糸で細やかに装飾された、上質の貴族服。すらりした体躯にまとったそれは、どう見ても貴族は貴族でも、上級の貴族――侯爵、あるいは公爵がまとうものであった。


 この辺りの地では珍しい黒髪に、人目を引く端正な顔、更に高地位の貴族であろう服装――これに、この王城で住んでいることが加わった時、導き出される人物は、一人。


 すなわち、この地の守護者であり、真の建国の父――《建国者》、と呼ばれる者である。


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