終章
今回で完結です。
何が起こったのか、私には理解出来なかった。気が付いた時には、地に伏していた。
丘が動いていくのが見える。もう私に興味はないとでも言うように、地響きをさせ遠ざかっていく。
私では役不足、か。
なるほど、確かにそうかもしれない。だが、このまま退場するわけにはいかない。私には最後にすべきことがある。それまでは、退場するわけにはいかないのだ。
それまで、は。
「はっ!?」
目覚める直前、垣間見たものは一体なんだったのだろうか。
「マガラ!」
呼んでも返事はない。部屋を探してもいない。
「なら、さっきのは今どこかで起きてる事実なの……?」
マガラが両断されていた。その光景はとても夢で済ますには鮮明過ぎた。
夜桜を片手に、部屋を飛び出す。
階段やエレベーターを使っている暇はない。塀を飛び越え、飛び降りる。風が髪を引く。風が頬を裂く。
着地と同時に反発を利用して走り出す。
第六感的な何かが働いているのか、マガラのいる方向が分かる。
ビルなどの障害物など気にせず、ただ一直線に。
地面を滑ってブレーキをかける。辺りを見渡す。目的の人物は、案外すぐに見つかった。
「マガラも、死んだのか」
上半身だけのマガラの側に寄って、呟く。
「勝手に殺すな。私はまだ生きている」
「マガラ……!」
「止血はしたが、血が足りん。時間がないんだ。手早く済ますぞ」
マガラは、何かの欠片を握っていた。
「えっ? 何を……!?」
マガラの腕が私の腹を貫く。そこを中心に、何かが流れ込んでくる。何か、暖かいものが。誰かの記憶が。
『最初で最後の贈り物だよ』
優しく、語りかけられた気がした。
「シビキの核の欠片だ。夜桜の能力が完全に引き出せるだろう。そして、私の能力も一度だけ使えるようにした。耀歌、お前が望むならば、人に戻れるんだ」
「マガラ……」
これは優しさなのだろうか。それとも彼なりの償いなのだろうか。
いつの間にかマガラの腕は抜け落ちていた。それどころか、なくなっていた。
「マガラ、大丈夫?」
声を掛けても、目が虚ろだ。
「あぁ……生の終わりというのは、案外心地よいものだなぁ」
「最後まで、ちゃんと看取るからね」
「すまないな、シビキ。最後はやはり、想い人に看取られるに限る」
過去の記憶と混濁しているのだろう。
「私は、耀歌」
「そうか……私は、幸福者だな」
満足そうな笑みを浮かべ、言葉を紡いでいく。
「耀歌、咲き誇れ。春咲く桜の如く」
そう言い残して、マガラは微動だにしなくなった。
「……マガラ? あぁ、逝ったんだね」
地面にそっと寝かせる。
「ありがとう。そしてさようなら」
立ち上がって、向き直る。丘はまだ遠くに行っていない。歩いて追う。
追い付くまでの間に、過去を想起する。
マガラは今の私の親も同然だ。マガラがいなければ、私はあの時喰われて死んでいた。現在進行形でマガラに養われてもいる。
感謝、という言葉で済ませば完結する。だが、それだけで済してはならない気がするのだ。理由は私にも分からない。むしろ、分からない方がいいのかもしれない。私とマガラの関係は、それくらいの距離の方がいいのだろうか。
「弔い合戦、か」
それでもやはり大切な人に変わりない。
故に、この怒りを全て奴にぶつける。彼の無念は、私が。
対峙してみて、いろいろ気付くところがあった。
そも、丘が本体なのだと思っていたが、違う。丘の中にいる何者かが、丘を背負ったまま歩いているのだ。力で見れば私以上か。
私には夜桜がある。力の差はそれで補えるし、何らかの能力に対しても対抗し得るものだと信じている。
「いくよ……!」
地面を蹴って駆ける。夜桜で、丘を削り取っていく。岩も木も関係ない。ただ全てを切り崩すのみ。
丘はただ動き続けるのみだが、その形は歪に削られていく。ビルの壁面を駆け上がり、落下のエネルギーをも利用して、夜桜を丘に突き立てる。
丘にヒビが入る。そこを中心に、真っ二つになった。そして、私の右腕が吹っ飛んだ。右腕を吹っ飛ばしたエネルギーは、私の体も後方に押し飛ばした。
背中から落下する。しばらくして、右腕が後方に落ちる。
「いや、よく今のを避けたね」
丘の割れ目から現れた人影が、言った。砂塵が晴れると、それは青年の成りをしていた。
私は立ち上がって、それを睨んだ。
「お前は……何者だ!」
私の問いにも、奴は冷静に返答する。
「分かりやすく言うならば君が倒してきた都市伝説の親玉であり……気紛れな破壊神みたいなものかな」
「破壊神……?」
なんとしてもここで時間を稼がなければならない。腕が再生するまでは約十分。全力で戦うためには両手が使えなければならず、でなければ勝機はない。
「あ、腕の再生ならさせてあげるよ。じゃなきゃ僕としても面白くないからね」
「っ……!?」
思惑はバレていた。私としてはありがたいことだが、同時に不審にも思う。
「そう警戒しなくてもいい。少しお話しようよ。僕も君に興味があってね」
「私は反吐が出そうだけどね」
精一杯の強がりで言い返す。すると、奴は腹を抱えて笑いだした。
「ハハハッ、君みたいな強気な女の子は好きだよ」
年相応な笑みを浮かべ、奴は続けた。
「特に強気な態度から、従順な態度に堕ちる瞬間がね」
背筋が凍りついた。先程から感じていた嫌な視線の正体はこれか。奴は、私を敵ではなく一人の女として見ているのだ。目の前の女を、どう組伏せて蹂躙するのかを考えているのだ。
全身を丁寧に愛撫するかのように舐め回す視線に、虫酸が走る。
「ところで、君はなんのために戦っているんだい? 敵討ちだとすれば筋違いだよ。シビキから始まりマガラ達の死に関しては、僕は悪くない」
「違う。お前がいたから死んだんだ!」
「それこそ違うね。なら、君は蚊に刺された時どうする?」
質問の意図が掴めない。私の表情からなんとなく感じ取ったようで、それは続ける。
「答えは叩き潰す、というのが一般的な回答だね」
「……何が言いたい……?」
「あれ、伝わらなかったか。なら例えを変えよう。君は、悪漢に襲われた時、どうする?」
そんなのは、
「撃退する、だろうね君の場合。それは正当防衛であり、相手を傷付けたとしても罪に問われるのは悪漢の方だ」
「つまり、自分は正当防衛であり悪いのはマガラ達だと」
「そういうこと♪」
「ふざけるな!」
感情が爆発する。
「お前がいたから! マガラ達は死んだのよ……! お前がいたから、私の親友は死んだのよ! お前さえいなければ、失うことなんてなかった……」
奥歯を噛み締める。
「なるほど。出会いは別れの始まり、ということか。興味深いなぁ」
目の前のそれを殺したい。いや、必ず殺す。
腕の調子を確認する。一度強く握り、開く。十分だ。
「もうそんな時間か。もう少し話したかったんだけどね」
やれやれ、といった様子で、奴は首を傾げる。
私が駆ける。それは息を吹いた。たんぽぽの綿毛を飛ばすように優しく。
とっさに頭を横に動かす。何かが頬を掠め、髪がいくらか切れた。
今のは空気か。なら、確実に音速は越えている。私の腕を飛ばしたのも恐らくあれだろう。
対処法は唯一つ。奴の口元に常に注目すること。弾のように飛ばすだけでなく、レーザーカッターのように焦射するこも可能だろう。
撹乱目的で駆け回る。その間、奴からのダメージも最小限に留めておく。
「CODE-C:モード白刃」
刀の能力を切り替える。全力で正面突破するしかない。
能力は一度きり。外したり無駄にするわけにはいかない。
隙間を縫って肉薄し、振り上げた夜桜を降り下ろす。
奴は腕で防ぎにかかる。手応えはなく、空を斬るように刃が地面まで落ちた。
「うぉっ……!?」
すかさず頭を撥ね飛ばす。そして、奴は地に伏した。
肩で息をしながら、私は勝利を疑っていた。この程度で倒せる相手なら、マガラ達でも勝てていたはずだ。
「立て。まだ生きているのだろう? 完全に殺してやるから立ち上がれ!」
肉片が痙攣するのみで、返事はこない。
不意に、足を何かが貫通した。奴の体から、直接口が生えていた。
逃げようとして、負傷した足で蹴ってしまった。そんな微妙な距離では避けきれるハズもなく、私は腹に息をモロに喰らった。
吐血して、後方に吹き飛ぶ。吹き飛んだ先で後ろから何かが胸を貫通した。それはかなり長い棒状のもの。
「なっ……これは、指……!?」
別の指が腿にも貫通し、仰向けの形にされ、さらに全身を貫いていく。
全ての指が違う角度から刺さっていて、身動きができない。
「ふぅ、やっと捕まえた」
アスファルトの下から、奴が姿を現す。
「さて、と。どうする? 降参するなら伴侶にしてあげるけど」
「世迷い言を」
見上げるような形で奴を見下ろして、私は言う。
「お前と共に有るぐらいなら、死んだ方がマシだ」
「……益々君を手に入れたくなったよ。なら、こういうのはどうだい?」
体内にある指から何かが生えてきて、内側から全身を這いずり回る。
「全身を内側から犯される感覚は気に入ってもらえたかな」
「な、んの……これしきっ……!」
「んー、健気で可愛いなぁ。その顔、もう少しよく見せてよ」
奴の手が頬に伸びてくる。その指を、私は噛み千切った。吐き捨てて、睨む。
「……、そうか。躾にお仕置きは付き物だからね」
刺さった指が動き出す。
私の体が引きちぎられた。
胸から上と、片腕以外は肉片になってしまった。地面に投げ出される。
足音が近付いてくる。残った腕で地面を這って進む。
夜桜の刃を掴む。
「CODE-B:モード魔針!」
引きちぎられた時間だけを切り取って、ダメージをなかったことにする。
起き上がって距離をとる。
これで、残された能力はただ一つ。
「未来の圧縮……」
今までを鑑みるに、使っても勝てるビジョンが見えてこない。
内心諦めかけていた。どう足掻いても、こちらの負けは動かないように思えたてならない。
私は誰かに鼓舞してもらいたいのだろうか。
――いや、してくれる者などいない。
共に戦ってもらいたいのだろうか。
――いや、そんな人はいたい。
なら、私はなんのために戦っているのだろうか。
――そも、戦う理由などない。
違う。
これは弔い合戦だ。故に、私の勝ち以外の結末は偽物だ。
だからこそ、私は最後まで足掻かなければならない。諦めない悪足掻きが、奇跡を生むことを自ら示そう。運命は築き上げる物だと、今その理を示そう。
体内で何かが拍動する。全身が暖かい何かに包まれていく。
「行くよ、マガラ……!」
夜桜を握り直し、一歩ずつ踏み進める。
「どうして傷が治ったのかは分からないけど、僕には勝てない」
指の雨が降ってくる。
雨は避けられない。だが、誰しも一度はどうすれば避けられるかを考えたことがあるはずだ。雨粒の隙間を縫うように動けば、などと。
私は今それを実行しているに過ぎない。どうしても避けられないものだけを、夜桜で迎撃する。
「何っ……!?」
驚くことはない。私の体は今までにないほど軽い。今ならば、本当になんでも出来そうだ。
『チャンスは今だよ。狼狽えてる今だからこそ、勝機はある』
そうだ。殺るなら今だ。討つなら今だ。
『私に従って、詠唱して』
心に流れ込んでくる声に従う。
夜桜を上段で構えて、紡ぐ。
「咲き誇れ、我が剣戟」
奴は様子を窺って、何もしてこない。
「春咲く桜の如く、何よりも鮮やかに」
マガラと、誰かの思い出が勝手に再生される。
「また何よりも力強く」
出会い。喜び。笑い。悲しみ。夜桜の命名。
「また、何よりも儚く……」
そして、別れ。
ようやく危険を察知したのか、奴が直接叩き潰しに走る。だが、間に合わない。
「我が剣戟は刹那にこそ映えあり!」
そして私は、夜桜の真髄を理解した。
涙を拭って、最後の一節を声高らかに謳う。
「刮目せよ。千本桜の花吹雪に……!」
夜桜の纏う空気が変わった。より鮮やかに。より力強く。そのくせ、吹けば飛びそうなほど儚く。
地面を蹴って駆ける。
この一撃で、全てを終わらせる。この一撃に、全身全霊を掛ける。この一撃に、全ての想いを込めて。
「斬り裂く!」
刃は綺麗な弧を描き、奴の胴を捉えた。
直後、未来が圧縮される。私が奴を倒すために振るうであろう数だけ。それは万かもしれないし、億かもしれない。あるいは那由多の彼方よりもさらに遠く、神ですら認知出来ぬ域に達してなお、追撃は止むことなく、私が倒れるまで続くのだ。
故に、未来の圧縮が生じたと同時に、私の両腕が弾け飛び、とてつもない疲労に襲われ、立つこともままならず倒れた。
奴はというと、断末魔らしきものを上げる間すらなく、不細工な花火のように散っていった。
「私、やったよ。勝てたよ。見ててくれたかな、天国で」
仰向けになって、空を仰ぐ。
「なんだか、とっても、眠い……よ」
意識が眠りに落ちていく。深く、ただ深く。そんな意識の片隅で、マガラが微笑んでいたような気がした。
『昨晩起きた謎の自然災害による死者は200名を越えると政府は公表しており、また原因の究明が急がれ、専門の委員会が立ち上げられました』
「んー、なんだか大変そうだね」
ニュースを見ていた愛夏の言葉に、僕も同意する。
「やっぱり都市伝説がらみなのかな?」
『また、少女が搬送しようとした救急隊員に抵抗し、隊員三名が負傷。その後逃走したとの情報も入っています。さらに、その少女は帯刀していたらしく、警察は更なる警戒を呼び掛けています。続いてのニュースです。先ほど――
』
言いあぐねていたところそんなニュースが耳に入ったので、迷わず答える。
「だろうな。それより愛夏、お前は僕の家の蜜柑を食べ尽くす気か?」
「今度持ってくるから」
「そういう問題じゃない。……っと、もうこんな時間か。そろそら学校行くぞ」
「へーい」
家を出てしばらく歩く。
「耀歌さん、大丈夫かな……」
思わず言葉が漏れる。
「心配してくれてるの? 嬉しいな」
「うわっ!? いつの間に!?」
「今来たとこ。最近どう?」
「その程度なら、メールとかでもいいんじゃ……」
すると耀歌さんは、少し寂しげな表情をして、言った。
「私、旅に出ようと思うの」
突然のカミングアウトに、戸惑いを隠せない。
「まずは日本を回って、そのあと海外」
「それって、もうここには帰ってこないってことなの?」
「そうは言ってないでしょ。ただ、いつ帰ってくるかは分からない。ね、イイマ。私、都市伝説を狩って回ることにしたの。……一度ぐらい、頭を撫でてもよくてよ?」
普段とは違う口調をあえて使っていることから、これは撫でてくれということなのだろうか。仕方なく、乗ることにする。
「あーっ、私も撫でてよ」
「はいはい」
二人の頭を同時に撫でる。自分でも今の状況が分からなくなってきた。
「ところで耀歌さん。その刀は検問とか通らないんじゃ……」
「大丈夫。ほら」
そう言って取り出したのは、木刀だった。
「で、ほら」
手をかざすと、日本刀になった。
「……なんですか今の」
「んーと、新しい能力ってやつ?」
「益々人間離れしてきましたねあなた」
「かもね」
自嘲的に笑って、答えた。
「じゃ、私はそろそろ行くわ。……また、いつか会いましょ」
「はい。さよならは言いませんよ」
「素直じゃないなぁ。じゃあ、お別れのキス」
耀歌さんとのキスはいつも受動的だったので、能動的にするのは始めてだ。勇気を出して、そっと、唇を重ねた。
「カガミもする?」
「……今回だけなら」
「分かったわ。でも……やっぱり、今回は止めとく」
耀歌さんが背を向ける。
「じゃあね」
手を振って、耀歌さんが去っていく。
「ねぇ」
「どうした?」
「今度耀歌さんに会ったら男装してもらおうよ」
「……お前はどんどん腐っていくな」
と、時計を確認して気付く。
「ヤバい、走るぞ!」
「あ、待ってよ!」
こうして僕らは、それぞれの道を走り出した、ということなのだろうか。
最後まで読んでいただきありがとうございます。次回何かを投稿したときも読んでいただけると幸いです。