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第五章

ここまでくると感慨深くなりますね。

構成物質の確定。結合を確認。造形はヒト。その中に必要な能力を詰め込んでいく。

この星の生物の形質発現の根本は遺伝子。だが我々は違うのだ。だからこそ調査の必要がある。

分離80%完了。これより知識の植え付けに入る。基本情報。環境状況。社会情勢。その他。

……分離完了。これより我が分身の末席として調査に当たってもらおう。

名は……そうだな、マガラ、というのがいいだろう。


私は生まれながらに言葉を解し、話し、自らの意思で行動できた。そして生物工学の能力があった。だからこそこのヒトの成りに疑問を持ったものだ。蜘蛛や肉塊さえいるというのに、私はヒト型だった。

ヒト型は他にもいた。

「にゃーん、にゃーん」

今目の前で間抜けに車の下を覗いて猫に手を出す人物。

「何をしている」

「うひゃあっ!? マ、マガラか。脅かさないでよ」

「まったく、今の自分の叫び声で猫は逃げたぞ」

「くそぅ、もう少しだったのに」

「やり方が根本的に間違っていると思うのだが」

動物は餌付けすれば大抵はなんとかなる。あるいは猫科の動物ならば猫じゃらしなどを使うのは定石だろう。

「私は私なりにやってみようと思っただけよ。それがたまたま失敗しただけ。私は創造力の塊なんだから」

彼女の言葉はあながち間違いではない。彼女……シビキの能力は創造。細かく条件さえ決めてしまえば、あらゆるものを創り出せるというものだ。

「あ、そういえばさ、こんなの創ってみました☆」

「……それは?」

パッと見はただの日本刀だ。

「創った刀に、能力を込めてみたの。その能力ってのがね、なんと未来の圧縮! 成功するとは思ってなかったけどやれば出来るもんだねー」

「それはいつも筋道立ててから始めないからだろう。行き当たりばったりだからそうなるんだ」

「いいじゃん別にー。私は考える前に動くタイプなのーっ」

しかし、未来の圧縮とは、かなり珍妙な能力である。かなり応用が効く代物ではないだろうか。

「それにマガラ、あんた末っ子なんだから、お姉ちゃんに物言いしたらダメなんだよ?」

「そんな法律などない。頼りない姉へのアドバイスのつもりなのだが?」

「頼りない言うな!」

「はーいはい。喧嘩はそこまでよ」

「あ、カナメさん。久しぶりー」

カナメは我々の中でも最古参の分裂体だ。幼い成りをしているが、まだ二桁にも達しない自分より、百倍近くは生きているだろう。

私達三人は大本である本体の復活などというふざけた目的は放棄して、今は好き勝手に生きているようなものだ。我々は他と比べ人間の内に目を向ける必要があるためか、人間がいかに素晴らしく、我々がいかに愚かか身を染みて分かっているのだろう。

「で、その刀は?」

カナメの問いに、シビキが答える。

「能力を込めた刀なの。うまく(コア)さえ捉えられれば、私達でも死ねるよ」

「うん、よくやったわね」

カナメが少し背伸びをしてシビキの頭を撫でた。

「マガラはどう? 進んでる?」

「あぁ。あと三年もあれば形に出来そうだ」

「そう……。私はまだかかりそうだわ」

私達が画策しているのは、本体の復活を阻止する方法だ。

シビキは完全に破壊し得る幻想を。

カナメは復活させずに封じる方法を。

私は復活しても無害なものにする方法を、それぞれ探っている。

一番進んでいるのはシビキだが、シビキはあくまでも最終手段。カナメと私が失敗した時のための、最後の弾丸なのだ。

シビキの性格を鑑みるに、私達二人の研究が完成するまで待てないのではないかというのが心配材料である。

「それじゃ、また半年後にここで報告するわね。二人とも頑張るのよ」

カナメが去る。シビキと二人残された。

「マガラはこれからどうするの?」

「どうするも何も、帰って続きを始める。それ以外に楽しみはない」

「つれないなぁ。たまには息抜きしないと」

「今したところだ。私は帰る」

「そうじゃなくって! なんというか、その……今日ぐらいは、さ」

正直乗り気ではないが、後々で愚痴を言われても面倒だ。

「……仕方ない。少しだけならいいだろう。で、何をする気だ?」

「それは今から考えることでしょ」

やっぱり帰ろう。

「あ、待って! 冗談! 冗談だから!」

腕を掴んで引いてくる。駄々っ子かと言いたくなる衝動を抑え、振り返る。

「この刀の名前考えようよ」

「名、だと? 必要か?」

「必要だよ。生まれたからには名前がいるのは必然なんだから」

どこか違う気がする。しかし、退屈しのぎにはなりそうだ。

「ところで、どういうイメージでそれを創った」

「えーっとね、ズバッ、ズバババババババババババッ! って感じ?」

「擬音で言うな分からん。確か未来の圧縮だったか?」

「そうだよ」

「つまりは未来で刀を振るうという結果を現在の一点に凝縮するということか?」

「……?」

「言葉で言った私が馬鹿だった」

低脳な彼女にも分かるように丁寧に説明してやることにした。

「んー、まぁ、そんなとこだね。で、どんな名前がいいかなぁ? 針千本とか?」

「それはない。そもそも斬戟と刺突とは別物だろう。それなら過去の業物の名を借りる方がよっぽどマシだ」

「例えば?」

「そうだな……少しオリジナリティを加えて村雨とかはどうだ」

「えー、そんなのかっこよくないよー。それなら花畑の方がいい」

「駄作臭のする名だな」

「何よそれ!」

喚くシビキを置いて、一人思考を走らせる。

しかし花、か。剣戟を花びらに例えるとすれば、いい名が思い付くかもしれない。

「シビキ」

「何よ」

「木に生る花絡みの名を考えろ」

「上から目線が気に入らないなぁ。んー、だったら千本桜とか?」

それはあまりにも愚直過ぎるだろう、と言いかけて留まる。思考の端に何かが引っ掛かりそうだ。

「……夜桜」

そうだ。これがいい。

「夜桜というのはどうだ」

「おお、なんかかっこいい! それに決めた!」

舞い踊りそうなほどに喜ぶシビキ。

「用は済んだな。私は帰るぞ」

「うん。ありがと」

二人は真逆の方向に歩き出す。角を曲がる直前に少し振り向くと、シビキは刀を持ってない方の手で大きく手を振っていた。よほど嬉しかったと見える。

「まったく、周りの目も考えろ」

深夜なので人目はほとんどないが、それでも羞恥心というものは存在しないのだろうか。

我々の大本の復活時期はまだ分からない。分からないこそ不安なところもある。分身体とはいえ、大本からは完全に切り離され、相互ともに精神的な干渉はできない。あるのは向こうからの肉体崩壊だけである。だが、それは本体に直接攻撃をしない限りは大丈夫だから、私達の企みはなんの枷もなく行えるのだ。送信されるのはこちらが選んだ研究結果だけなので、カナメを中心に私達三人が反逆を企てていてもなんのお咎めもないわけだ。

あれが封じられてからはもう千年近くなるとカナメは言っていた。当時ならば天災クラスの存在であっただろう。それを千年近くも封じている先人達の技術には感服せざるを得ない。

だがやはり綻びは存在した。だからこそ我々分身体を作ることが出来たのだろう。小さな綻びはやがて大穴を穿つに至る。封印が解かれるのも時間の問題か。

もし解かれれば、分身体は奴の傀儡と化してしまう。己の意思とは関係なく、破壊の限りを尽くすことになる。

そんなことは御免だ。どうにかして奴から独立する必要がある。ならやはり人間になる他ないのだろうか。だとすれば早く研究を完成させなくてはならない。我々U.W.E.が完全なるヒトとなるための研究を。

我々にはDNAが存在しない。(コア)を中心に疑似細胞が集まっているに過ぎない。その疑似細胞全てにDNAを与え、(コア)なしでも生物として活動出来れば完璧だ。

己の体で部分的には成功している。だがまだ精製度に問題があるため改良が必要そうだ。

こうして修正を繰り返す内に、二月ほど過ぎた。まだ成功段階には至らない。

真冬には珍しく雨が降っている。暖房の効きもあまりよくない。もう温くなったコーヒーを啜る。

その時、体内で電撃が走ったような錯覚に陥る。その拍子にマグカップも落として砕けてしまった。

今の感覚は緊急用にシビキに埋めておいた自分の一部からの信号だ。つまりは、もう手遅れのサイン。

携帯電話を乱暴に掴み取ると、迷わず飛び出す。走りながら、カナメに掛ける。

コール音が鳴るだけで、カナメは出ない。悪いことは続くものだ。あろうことか携帯が雨水による浸水で壊れてしまった。

「役立たずめ!」

携帯を投げ捨て、走ることに専念する。シビキはまだ生きている。生きている内に辿り着くために。

雨が激しさを増していく。体の冷えから動きが鈍る。それでも、走り続ける。

ビルの路地裏。その真ん中に横たわる影が一つあった。

寄ってみると、それはやはりと言うべきか、シビキだった。

「あ、マガラだ……」

半身はすでに崩れて存在しない。

「いけると思ったんだけどなぁ……。ちょっと先走り過ぎたかな?」

無言で側に膝を着く。

「でも、今回で分かったことも、少し……あるのよ?」

傷のない夜桜。それを抱えるように抱いた。

「もし、私達が"自分のセカイ(アンダーワールド)"に入ったとしても、その境界を裂いて入り口を作り得る能力。空間の切除」

夜桜が淡く光出す。

「次は……ってもー、男の子なんだから、泣かなーいの。じゃあ次は、もし、マガラが私のことをいつまでも思い出して苦しむのなら、私といた記憶をなかったことに出来る能力。時間の切断」

夜桜の光がより一層強くなる。

「まぁ……頼りないお姉ちゃんだったかもだけど、そんなお姉ちゃんからの、最初で最後の贈り物だよ」

夜桜を私に押し付けて、その手で私の顔に手を伸ばす。

頬の涙を拭おうとしたのだろうか。だが、その手の感触が、温もりが、私に伝わる前に肘の辺りから崩れ落ちた。それを皮切りに、残っていた部分もガラス細工のように砕けていく。

「本体倒して、平和に暮らしたかったなぁ、人間として」

朽ちる際での、言葉。

「でも、今まででも、十分に、楽し、かっ……」

完全に崩壊する直前に、私はシビキの(コア)の一部を削り取り、それを強制的に封印した。

彼女を感じることが出来るものを手にしておきたかったというのが本命だが、何より彼女が望んでいる気がしてならなかった。

失って初めて大切さに気付くなんてことは物語としてよく聞くが、よもや自ら味わうことになるとは思いもしなかった。何もかもを通り越して滑稽に思えてくる。

そして気付いた。私は彼女に対して、同じ分身体(きょうだい)としてではなく特別な感情を秘めていたことに。今さら気付いたところでどうにもならない。冬の冷たい雨が心地よい。

「お前の死は絶対に無駄にしない……!」

過去を捨てる気はない。蔑ろにする気もない。あるのは復讐、あるいは弔い。これは乗り越えなければならないものだと直感が告げている。

すべきことは決まっている。こうなれば一刻も早く完成させる。それ以外に私がすべきことはない。


それからは研究が完成形に近付くまでは部屋から出なかった。月日にして約六年といったところか。

私は久々に外に出た。六年もたつと、街は違う顔になっていた。当然のことではあるが。

何をするでもなく、街を歩くことに飽きがちらついて来たとき、側を通った女子高生らしき二人組の会話が耳に入り、硬直した。

「都市伝説"人喰い"だと……!?」

呟く声は震えていた。

あの都市伝説は間違いなく我々の仲間、おそらくトレトの仕業だ。奴は味について調査をしていた。ついにあらゆるものを喰らい尽くして残るはヒトのみとなった可能性はある。奴の領域に踏み込めば、エサとなるのは間違いない。

だが、そんなことよりも気になる点があった。二人のうちの片方。その少女の姿に、シビキの面影が見えてしまった。

私は放っておけなかった。一定の距離を保って尾行する。

角を曲がると、少女達の姿はなかった。

「入り口か」

エサが入った今、私が入れるとは限らない。などと思っていると、入り口が現れた。

「まるで腹を空かせた蛇の口だな」

アンダーワールドに足を踏み入れる。中は空気が腹を空かせている。

私が入った時に、例の彼女が喰われた。

その瞬間に、私はトレトの破壊を決意した。

思わぬ来客に向こうも気付いたようで、声を掛けてきた。

「おぅ、マガラかぁ。やっぱり喰うなら若い女に限るぞぉ」

怒りが込み上げる。適当に会釈しながら、奴に悟られないよう背後に回り込むように歩く。

肉塊の中の(コア)を位置を知覚する。もはや慈悲はない。一撃の下に沈めてくれる。

指先から手首をイッカクの牙のように鋭く硬質に。放つ腕の筋肉はチーターをも凌駕する爆発的瞬発力。鋼鉄を砕く圧倒的パワー。遺伝子を組み換え発現させる形質を取捨していく。油断して食事している肉塊を、貫くために。

狙う。奴の(コア)の中央を狙う。

極限までに強化された腕は音速を超え、肉塊を泡のように貫き、(コア)をシャボン玉のように粉砕した。

「ヴ……ヴェ……?」

何が起きたかすら分からなかっただろう。現に霧散する顔は間抜けな表情だ。

少女が地面に投げ出される。だが、見れたものではなかった。

体の末端、呼吸器系はほぼ全滅だ。内蔵の一部も機能しなくなっている。

「う……あぁ……」

こんな状況でも、少女は生きている。むしろ生きているのが不思議なくらいだ。

「生きたいか」

放っておけば死は免れない。私の脳裏にはシビキの面影が離れず、無論放っておくことなんて出来なかった。

「全身が溶けかけている。生きるためには、人間であることを捨てるしかない。それでもいいか?」

すると少女は、ゆっくりと頷いた。

まずは傷を癒さなくてはならない。失った機関を再生させるためにプラナリアのような再生能力を組み込む。だがそれだけでは間に合わない。単に細胞の分裂速度の問題だ。そこで分裂周期を異常なほど早くする。しかしそれではすぐに細胞自体の分裂可能回数が尽きてしまう。ならば回数制限をなしに、つまり、全身をガン細胞に変異させる。必要時以外は通常の細胞として活動させ、傷ついた時のみ分裂を行わさせるよう設定する。

応急措置はこの程度で十分だろう。あとは放っておいても元通りだ。

ふと、自分の腕の遺伝子の一部が少女に組み込まれていることに気が付く。つまりは、全身の筋肉が超瞬発力と規格外のパワーを持ってしまっていた。

それと同時に、夜桜を少女に与えるべきだとも思った。

「部屋まで運ぶか」

ある程度再生した少女を抱き抱え、自室に戻った。


溶け残っていた生徒手帳から知った名。如月曜歌。これが私が彼女に手を貸す理由であり、私自身の生き甲斐というわけだ。

カナメの件ではかなり辛い思いをしているだろう。いや、そもそもこちら側に引き込んだ時点で、か。本人が望んだことであるとはいえ、罪悪感がないわけではない。だからこそ、最後は私が終わらせる。

「久しい空気だ」

生まれた場所に帰ってきた。目的は言うまでもない。

「二人の仇、ここで討つ……!」

再起の胎動が強まる。それは都心全体を揺るがす。


雨は降り止まず。

丘陵より出でたる者、民草をことごとく踏み進む。

対するは白衣の男。

雌雄を決することはない。

何故なら男は。

すでに一文字に両断されているのだから。


次回で最終回を予定しています。


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