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第二章

思ったより早く書き終わったかな。

私の目の前で、友人が食べられた。そこで私の意識は途切れる。


地面に投げ出され、目が覚める。全身が焼けるように痛み、視界もほとんどない。何故か思考の端に「死」という言葉がちらつく。

狭い視界で己の右手を見る。

手首から先が、なかった。骨が見え、肉が蠢く。折れたり千切れたりしてるわけではない。溶けている、となんとなく思った。

「ぅ……あぁ……」

呼吸もままならず、言葉を発するなど不可能だ。

「生きたいか」

男の声がした。

「全身が溶けかけている。生きるためには、人間であることを捨てるしかない。それでもいいか?」

男は問うてくる。答えはとうに決まっている。

生きたい。私はその一心で、頷いた。


薄暗い天井が目に入る。自分がベッドに寝かされていると気付くのにしばらくかかった。体は支障なく動く。起き上がって辺りを見渡す。スタンドライトだけが部屋を照らしていた。デスクに向かう男の背中が見える。

「目が覚めたか」

布が擦れる音で気付いたのか、こちらも見ずに男が口を開く。

「そこに服がある。着ろ」

男が指差した先に、服が置いてあった。

赤いタンクトップに黒のパーカー。ホットパンツにニーソックス。何故かブラジャーだけがなかったのでそれは諦める。

服を着終えて、男に話しかける。

「あ、あの……」

「何か用か?」

こちらを見る素振りすら見せず、男が言った。

「あなたが、私を助けてくれたんだよね?」

「……そうだ」

「名前、教えて欲しいな」

「マガラ」

マガラと名乗った男は手を止めて、私の方を向く。

鋭い眼光が印象的だった。思わず少し後退りしてしまう。

「如月、耀歌。だったか」

呼ばれて、反射的に頷く。

「来い。お前には知る権利がある」

マガラが椅子から立ち上がり、歩き出す。着いて来い、と背中が語っていた。

何故か風呂場に通される。

「まずは己の姿と向き合え。話はそれからだ」

マガラに言われて鏡を見る。ハッキリ言って、目を疑った。顔のパーツは見慣れた自分のものだった。しかし、髪は色が抜けて白銀に。瞳は蒼に変色していた。なんというか、一言で言うなら外国人みたい、だ。

「遺伝子を組み換えた。その影響の一つだろう。その他についてはこれから話す」

マガラが浴室を出る。私は慌ててあとに続く。

さっきの部屋に戻る。マガラは椅子に、私はベッドに腰かける。

「さて、まずは治療費のことだが。一億だ」

「一億!? そんな大金私持ってない」

「なら、私の下で住み込みで働いてもらう」

「……はい?」

出来れば聞き間違いであることを願いたい。

「嫌って言ったら?」

「殺そう。こんな風にな」

マガラが何かを投げた。それは刃渡り二十センチ弱のナイフ。無防備な私の胸に深々と突き刺さった。

「いっ……!?」

訳が分からないまま刺されて死ぬのか、と私は仰向けにベッドに倒れる。

「……、……。……あれ? 死なないし、あんまり痛くない」

「まず一つは再生能力。浅い擦り傷なら数秒で完治する。腕一本なら十分程度だろうな。神経の興奮を一定以下に抑えてあるから、腕が落ちてもつねられたぐらいにしか感じないだろう」

「よく分からないけど、不死身ってこと?」

「弱点はある。脳だ。大脳ぐらいなら大丈夫たが、それ以外が少しでも削れると死ぬ」

「要は頭に攻撃くらわなきゃいいんでしょ」

極論だが、そういうことである。弱点さえ守りきれれば、死なないのだから。

「で、私に何をさせたいわけ?」

「……狩りだ」

「狩り?」

言葉の意図が掴めない。首を傾げていると、マガラがさらに続ける。

「いわゆる都市伝説と呼ばれているものを、だ」

「都市伝説って、もしかして……」

脳裏に甦るのは、友人が食べられた瞬間。

「Under.World.Eater。奴らの正しい呼び名だ。奴らはアンダーワールドと呼ばれる縄張りを作って、獲物を誘い込み喰らう生命体だ。お前には奴らを狩ってもらう」

狩る? あれと戦えと言うのか。思い出すだけで足が震える。思い出すだけで吐き気がする。

「嫌だ……絶対に嫌だ! 大体私には無理……! もうあんな思いしたくない! もう、嫌だ……!」

「どうしても、か?」

「なんなら殺してくれてもいい。もう、あんな恐い思いしたくないよ……」

私には出来ない。

と、何かを投げ渡される。棒状の物だ。

「これは……?」

「夜桜・三式。日本刀だ。護身用に持っていけ」

「……でも使い方分からないんだけど」

「いいから持っていけ。そしてすぐに去れ」

マガラが再び机に向き直る。

「あの、お礼だけは言っときます。ありがとうございました」

「礼はいらん。早く去れ」

私は一度お辞儀をしてから、玄関から出る。高層マンションの一室だったのか、と分かる。

エレベーターに乗って、一階を押す。壁にもたれかかって、着くのを待つ。電子的な音と共にエレベーターが止まる。

外に出る。少し肌寒い。もう来ることがないであろうマンションを見上げる。

私は逃げたのだ。事情はどうであれ、逃げたことに変わりない。でも、恐い。私はもう都市伝説に関わりたくない。なら、何故私は武器を持ってきてしまったのだろうか。護身用だとマガラは言った。でも、護身用ならナイフやスタンガン程度で十分なのは私にも分かる。これは明らかに都市伝説と戦うための武器だ。都市伝説に関わらないなら、何故受け取った時点で断らなかったのだろうか。

「私にも分からないよ」

疑問を投げ捨てて歩き始める。

時刻は夜。丑三つ時少し前。そんな時間でも都心には人が溢れている。

繁華街のネオンに照らされながら私は歩く。電飾が眩しい。手で遮ってしまいたかった。

死んでしまった友人なら、今の私をなんと言うだろうか。慰めてくれるだろうか。はたまた罵倒するだろうか。私の問いは己の内で繰り返されるばかりで、答えてくれる人などいない。

喪った人は戻らない。それが常識であり、世界の理。生き返ったら、それこそ奇跡である。でも。

「奇跡なんて、存在しない」

吐き捨てる。

私は運が良かっただけ。友人は運が悪かっただけ。それだけでは割り切れない自分がいるのもまた事実である。

友人の名前を呟いた。涙と共に。

「どうせなら、私も一緒に逝きたかった」

泣く声が抑えられない。歩道の真ん中で泣き崩れてしまう。

道行く人は見はするものの、私に声は掛けてこなかった。涙を塞き止めるものはない。

私はこれからどうしたらいいのだろうか。家には帰りたくない。学校にも行きたくない。友人の面影が残る場所には行きたくない。

どうして人間はこんなに弱いのだろう。すぐに忘れてしまえれば、こんなに辛くなどないのに。こんなに苦しまなくて済むのに。

数分後、少しだが落ち着いた。深呼吸をして、立ち上がる。

所々にいる仲良さげな友達グループが目に入るのが辛かった。フードを深々と被り、下を向いて歩く。夜の街の賑やかさが、私を責めているような気がしてならない。

「くそっ……!」

袋の上から刀の鞘を強く握る。

「もう、都市伝説なんか知らない」

友人が死んだ責任は全て私にある。私があの子を誘わなかったら、こんなことにはならなかった。

過ぎた過去に怒りをぶつける。それが虚しい行為だと分かっていながらも、私は自責を繰り返す。

「ねぇ、君今暇?」

唐突に男に声をかけられた。向くと、歓声が湧く。

「うひょー! 当たりじゃんこれ!」「ロシア人か?」「こんな彼女欲しい!」

四人組で、リーダー格らしき男が私に話しかけてきたのだ。

ハッキリ言って、好みじゃない。私の好みは美少女なのだ。こんなむさ苦しい野郎共には失せてほしい。

私は無視して歩き始める。それでも諦めずについてきて、声をかけてくる。

「もしよかったら、俺らと飲み行かない?」

大体私は未成年なのだ。酒など飲めない。

それから何度か話しかけられたが、全て無視してやった。するとさすがに苛ついてきたのか、口調が荒くなっていく。

それでも私は無視して歩き続ける。一人になりたいのに、いつまでもついてくる男達が目障りだった。

「ウザい」

言葉を吐く。

「テメェ、下でに出りゃ調子乗りやがって!」

怒鳴って、男達が私を取り囲み、腕を掴まれて拘束される。

まずいな、と思いながらも、私はさらに毒を吐く。とにかく、いろいろと吐き出してしまいたかった。

「か弱い女の子一人に、四人の野郎で挑むとか、バカじゃないの? まさか、その年にもなって一人じゃ何も出来ないわけ? うわ、恥ずかしい」

「言わせておけば……! おいお前ら、今からこいつ拉致って犯すぞ。好きなだけ中に出してやれ」

これは少し予想外。私だって、初めてはちゃんとしたシチュエーションで行いたい。こんな野郎共に無理矢理なんて、考えただけでも虫酸が走る。

「嫌っ……離して!」

「無理だ。もう絶対に許さねぇ。ちゃんと映像も撮っといてやるから安心しろ」

冗談じゃない。私は腕を振りほどこうと力を入れる。

嘘みたいなホントの話。私の腕を抑えていた屈強そうな男が二人、宙を舞った。一人は十数メートル離れた路上駐車されていた車のボンネットに。一人は店のショーケースを突き破って閉店している店内に。

「嘘でしょ……」

思わず呟いた。今の出来事が、自分のしたことだとは思えなかった。ほんの少し力を入れたつもり。それでも大の男を吹き飛ばしてしまう力。

「バ、化け物ぉ!」

リーダー格の男は、叫んで逃げていった。そのあとに続いて他の三人も逃げていく。

化け物。確かに、今の私は化け物かもしれない。マガラの言うように、再生能力まである。

「ハ、ハハ。私、人間じゃないんだ」

気付かなかった。人間じゃないなら、苦しまなくて済む。人間じゃないなら、他人の死など気にならない。

どうして早く気付かなかったんだろう。高笑いが止まらない。腹を抱えて笑う。

もう友人などどうでもいい。私は人間ではないのだから。もう、悲しくなんかない。友人の死は、もう私には関係ない。

「ハハッ。そんなわけないでしょ!」

唇を噛む。血が出るのも気にしない。

「いくら体が化け物でも、心まで化け物になったわけじゃない! 私はあの子の死を乗り越えられない。前には進めない」

だから友人が喰われた直後から、私は止まっている。

私の心にはポッカリと穴が空いてしまったようだ。そしてそれを満たす方法は思い付かない。

さっきの男達がバイクで通りすぎていくのが目に入る。その方向は、ある意味で有名だった。

都市伝説"魔の交差点"。ちょうど今頃の時間帯に必ず原因不明の事故が起きる。そして、必ず一人が死ぬ。この街では有名な交差点だ。そして何故か、死体から頭部+αが欠損する、というものだ。

嫌な予感がした。よく考える前に体が動く。全力で走った。案の定、人間離れした速度で走れる。車をも凌駕するスピードで走る視界の前方に、先程の男達のバイクと例の交差点を捉える。

「間に合えっ……!」

バイクが交差点に突入する。横から来た車の側面に直撃。乗っていた男が宙を舞う。私からの距離は二十メートル近い。

「届けぇぇぇぇぇっ!」

足に力を込めて、思いっ切り地面を蹴る。アスファルトが割れるが、跳ぶ。

空中で男の服を掴んだ。その時、世界が反転する。

この感覚は味わったことがある。ここからは都市伝説の縄張り、アンダーワールド。

気が付くと、仰向けに倒れていた。全身に触手のようなものが絡み付いて、ほとんど身動きが出来ない。首だけを動かして見渡すと、男も同じ状況のようだ。

そんなことよりも、頭上をを丸々覆い隠しているこの巨大な蜘蛛のようなものはなんだろうか。都市伝説の正体。マガラが言っていた。

「Under.World.Eater.なの……?」

蜘蛛が動く。その口辺りから、二本、何かが伸びる。それは男の首を挟んだ。

男の絶叫と、肉が裂ける音。そして理解する。あれは歪な万力なのだと。人間の首を千切るための万力なのだと。

数秒で男の首は千切れた。となれば、次の標的は当然私である。もがくが、触手は離れない。

万力が首に当てられる。徐々に力が強まっていく。

「死にたく、ない」

拘束の触手を引きちぎって、万力を掴んで抵抗する。

「ぐっ、うぅ……!」

このままでは力負けしてしまう。なんとか脱出しなければならない。

地面を蹴って、バック転の要領で脱出する。首の傷がみるみる治っていく。

脱出したのもつかの間、触手が襲いかかってくる。あっという間に拘束される。それも、さっきよりも強く。柔肌に触手が食い込んでいく。

再び万力が伸びてくる。今度は抵抗のしようがない。諦めかけたとき、触手の拘束が解ける。

「馬鹿め、何をしている!」

そこにいたのはマガラだった。

「どうしてここに……?」

「お前を監視していた。唯一の対抗手段、無闇に手放すのは勿体ない。さぁ、刀を抜け。奴を倒して見せろ」

「……私は、戦いたくない」

頬を打たれ、胸ぐらを掴まれる。

「いつまで甘えているつもりだ!? お前が殺らなければ、またくだらん犠牲者が増えるだけだぞ!」

「でも……」

「いいのか!? また死ぬぞ、あの男のように! お前の親友のように!」

心が抉られる。私はマガラの手を無理矢理払い、刀を抜く。

「今回は仕方ないから戦う。でも、次はない」

「それはお前が心変わりしなければの話だろう」

私の何が分かるというのだ。とにかく、私は刀を鞘から解放した。

その刀身は曇りなく輝いていた。

私は刀を持って駆ける。

「ゲームでも、足を狙ってダウンは基本!」

刀を振り抜く。蜘蛛の脚が見事に斬れる。

「この調子で……!」

次の足へと急ぐ。

「耀歌、上だ!」

頭上から触手の束。私に届く前に全て斬る。

(コア)を狙え! それ以外では殺せん!」

「で、それはどこに!?」

「口の中だ!」

「口の中!?」

なんか気が引ける。それよりも、体が変だ。あんなに戦いたくなかったのに、どうして私の胸はこんなにも高鳴っているのだろうか。刀を振るう度、攻撃を避ける度に、体の芯からゾクゾクと快感にも似た感覚が込み上げてくるのは何故だろうか。

「私、戦うの好きなんだ」

改めて自分を知る。私は今、楽しくて仕方がないのだ。

巨体を速さでもって翻弄する。でも、いくら斬っても死ぬ気配はない。

「口の中の(コア)を狙え!」

「分かった!」

正面を陣取る。

(コア)を斬る前に、こう唱えろ」

マガラにある台詞を言われる。

「それを言えばいいんだよね?」

「そうだ。行け」

言われて、私は駆ける。触手を斬り捨てながら、前に進む。万力が飛び出してくる。それを鞘で弾き、口の中に突入する。

「CODE-A:モード夜桜!」


マガラが一人呟く。

「シビキ。お前の創ったものは今、幻想ではなくなった」


(コア)を斬る。その直後、さらに大量の斬撃が(コア)を襲う。

断末魔を上げながら、U.W.E.は消滅した。こうして私の初めての狩りは終了する。

「マガラ、私、やっぱりやるよ」

アンダーワールドが崩壊する直前に、私は言う。

「そうか」

アンダーワールドが崩壊し、霧散する。

いつの間にか、マガラはいなくなっていた。あとでマンションに向かうとしよう。

「おい、あれ……」

野次馬が呟く。交通事故の現場で、いきなり刀を持った人間が現れたら、当然のリアクションだと思う。

私は刀を仕舞うと、地面を蹴って跳び、ビルの屋上まで走る。

「ふぅ。すごい身体能力」

自分でも驚く。

フェンスにもたれかかって空を見上げる。夜はまだ明けず、西の空を白ませるにとどまっている。

私はこのまま夜明けを待つことにした。

やがて空は朝焼けに包まれ、西の空から太陽が顔を出す。あまりの眩しさに、手で遮る。

「私はもう、逃げないよ」

死んでしまった友人のためにも、私はこの朝日に誓う。

「あなたの分まで生きて、沢山の人を助けようと思う。だから、私を見守ってて」

しばらく眺めて、私はマガラのマンションへと向かう。心軽やかに、私はビルの屋上を転々と走っていった。


それからしばらくして、私は都市伝説"フードの女剣士"として語り継がれることになる。


次はイイマとの出会いの話の予定です。

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