第一章
ところでこの話、面白いんだろうか。
「えー、またぁ?」
『いいから行け。それまで帰ってくるな』
「ちょっ、白刃はさっき使ったばっかだから五時間は使えないんだけど!?」
『……なら、五時間後に帰ってこい』
無愛想に電話の相手は言って、反論する前に切られた。
「マガラの奴、またオートロック開けない気だ」
前も一度されたことがある。その時は壁を登って窓から侵入したけど。
「今度は窓も閉めてるだろうしな……」
さすがに窓を割って入るのには抵抗がある。
「仕方ないかぁ。でも、アンダーワールドに入るには白刃が使えないことにはなんともならないからにゃー……」
座っていた木の枝の上で重心をずらして、膝の裏で体重を支える。ブラブラと揺れていると、近くの道に見覚えのある顔があった。
「おーい」
声をかけて手を振る。少年は気がついたようで、私のぶら下がる木に寄ってくる。
「耀歌さん、一ついいですか」
「ん?」
少年は私を見て、一言。
「おっぱい見えそうです」
「……それはもっと見せろってこと?」
「馬鹿言ってないで降りて下さい。見てるこっちが心配になります」
「ちぇーっ」
一度手をかけ、片手でぶら下がってから着地する。
そのまま少年に近付き、キスをする。
「なっ……!?」
何か隣で可愛らしい声がした。唇を離し、横を見る。
「何をしてるんですかーっ!?」
絶叫が耳に入ったのは、ほぼ同時だった。そこにいたのは少女だった。しかも。
「か、可愛い……」
「へ? ちょっ、何?」
私はその少女に歩み寄って、口づけする。それでは物足りず、舌を絡ませる。
「んーっ!? んむぅーっ!」
やはりキスは女の子とするに限る。ねっとりと絡み付いてくる感じがたまらない。
「ぷはっ」
相手の子は、放心して座り込んでしまう。
「耀歌さん、やりすぎですよ」
「つい熱くなっちゃって」
少し反省する。
「ところで君の名前って確か……い……い……」
「飯間です」
「そうそうそれそれ」
「まぁ、会うの二回目だからいいですけど」
まだ座り込んでいる少女をみて、イイマに言う。
「この子は彼女か何か?」
イイマは少し考えて、答える。
「まぁ、幼馴染みというか彼女というかってところです」
「ふーん。ね、もう一回この子とキスしていい?」
「止めてください」
仕方なく引き下がる。
「わた、私のファーストキスが……。でもその前に……ってことは間接キス!? やっほーい!」
少女も元気になったようなのでひと安心する。
「ところであなた誰ですか!」
少女の指摘に、私は答える。
「私は如月耀歌。君は?」
「賀神、です……けど」
「カガミねぇ。よろしく」
こちらこそ、と控え目に言うカガミに、私は耐えられなかった。
「えっ、ちょっ! またですか如月さん!? もうやだ来ないんむっ!?」
やはりキスは(ry
今度は少し長めにして、満足する。
「だからやりすぎですって」
「つい……」
口元を拭いながら、私は言う。反省。
カガミは少しとろけた表情になっているが、いいとしよう。
「で、耀歌さんは仕事ですか?」
「ん。でもちょっと休憩中。さっき殺ったばっかりでさ、こいつを休ませないといけないのよ」
私は刀を持った手を振る。
鏡合わせのように存在するアンダーワールド。その境界である時空の壁を斬るには、白刃の能力が必要不可欠だ。だから私は待つしかない。
「でも仕事終わらないと帰れないんだよねー」
自分の家が欲しいな、と度々思うのはこういうことがあるからだと今確信する。
「だったら僕の家に来ます? 仕事までの間だけですけど」
「いいの? カガミはものすごく嫌そうな顔してるけど」
「当然ですっ! こんなキス魔と一緒にいると、身がもたないないの!」
キス魔、か。的を得ているので反論しない。
「じゃ、また今度お邪魔させて」
刀袋の紐を肩にかけた時、イイマが言った。
「連絡先交換しません? 携帯とか持ってます?」
「あるよー」
パーカーの内ポケットからスマホを取り出し、連絡先を交換する。これで私のスマホに二つ目の連絡先が登録されたことになる。
「二人はこれからどこに?」
「そうですね、少し買い物に」
「そう。なら、『二人で路地裏に入るとき』は気を付けて」
「はぁ、分かりました」
よく分からないと言いたげだが、私はそれ以上は告げずにその場を去る。
「にしても、どこ行こうか」
特に行くあてもなくブラブラするのには正直飽きた。かと言って、何もすることがない。
とりあえずいつも通りフードを被って街を練り歩く。案の定すぐに飽きたが。
耐えかねて喫茶店に入る。フードを被っていると逆に目立つので、仕方なくフードをとる。いや、やはり白銀の髪に蒼い目はどこに行っても目立つ。窓際の席をとり、適当に飲み物を注文して外を眺める。
「もっと高いところの方がよかったなぁ……」
私は高いところが好きだ。何故かは分からないが、高いところにいると落ち着くのだ。
とは言え、注文したものを飲まずに出るのはもったいない気がしてならず、待つ。
しばらくして、ミルクティーが運ばれてくる。一口啜る。味は悪くない。だが、一人でいるのがなんだか空しく感じ、ため息が溢れる。
「おねーさん、暇なら俺らとお茶しない?」
いかにもチャラい男三人組。私が美形なのは否定しないが、髪と目の色が変わってからこういうことが多すぎる。だからフードで隠しているというのもある。
「あれ、聞いてる?」
「聞こえてるわよ。でも、あなた達にかまっている暇ないの。私は仕事中なの」
「仕事してるようには見えないけどなぁ」
いい加減苛ついてきたので、少し強気になってみる。
「時間の無駄。私は一人の時間を有意義に過ごしたいのよ。分かったら失せなさい」
私の物言いが気に入らなかったのか、男達の一人が肩を掴もうと手を伸ばしてくる。私は反射的に右手で男の手を掴んで、力を入れて引く。男はスタントマンのように派手に一回転すると、尻餅をついて地面に落ちる。
そのまま私は何事もなかったようにカップをテーブルに置く。
「これ以上は外で相手するけど、どうする?」
私はわざと柔和な笑みを作って、男達に告げる。
すると、そそくさと逃げていった。争い事は好きだが、こういうのはどうもいただけない。
と、他の客や店員の視線が集まっていることに気付く。むしろ痛い。
「あー、ちょっとやり過ぎたか」
残っていたミルクティーを一息に飲み干すと、私はレジに歩く。そして諭吉さんの描かれたお札を置く。
「お釣りはいりません。迷惑料として受け取って下さい」
店員が何か言おうとする前に店を後にする。これでまた暇になった。次は高いところに行こうと内心決める。
そこで私はこの前見つけたビルの屋上に行くことにした。
都心にある一際高いビルの屋上。百メートルはあるのではないかという高さが気に入った。侵入する際はある程度から壁をよじ登る。
給水タンクにもたれかかり、一息つく。特に何をするでもなく、見上げたり見下ろしたりする。
「暇だけど、落ち着く……」
なんだか少しずつ意識が微睡んできた。このまま睡魔に身を委ねるのも悪くないかもしれない。
「とりあえず、目覚ましセットしてっと」
ちょうど四時間後。白刃の能力が回復する時間だ。
大きく欠伸をして、目蓋を閉じる。
「……、」
眠れない。降り注ぐ日の光が肌を焼き、汗が吹き出る。給水タンクの影に身を移し、再び眠る。
今度は眠れそうだ。風が心地よい。知らぬ間に、私は眠りに落ちていた。
私の目の前で、友人が食べられた。私はその時点で気を失ってしまう。
機械的な音で目が覚める。目覚ましの音ではなく、電話の着信音だ。
「もしもし?」
『耀歌さんですか? イイマですけど』
「どしたの?」
まだ眠い目を擦りながら、話しかける。
『なんでしたっけ、アンダーワールド? ってのに迷い混んじゃったみたいなんですけど』
「はぁっ!? 何してんのよ!」
眠気も吹き飛んでしまった。
「まさか、路地裏でイチャイチャしたりしたんじゃ……」
『見ようによってはそうなるのかもしれませんね』
思わず頭を抱える。
「分かった今から行くから、そこ動かないで。カガミはいる?」
『一応います』
それだけ聞くと、私は電話を切って刀を持つ。そして、屋上から跳ぶ。他のビルの屋上を転々としながら、目的の路地裏へと足早に向かう。
「よっと」
三分ほどで着くと、刀を鞘から抜き放つ。
「CODE-C:モード白刃」
刀を振るう。空間が裂け、アンダーワールドへの道ができる。
「さて、イイマ達はどこにいるかな」
とりあえず捜すしかない。すぐに見つかるといいのだが。一応警戒して刀は鞘に仕舞わない。
歩き始めて異変に気付く。片側だけ必ず道がないことに。何かトリックがあるはずだが、敵に会わない限りは分からない。ほどなくしてイイマとカガミを見つけた。
「イイマ」
声をかけると、気付いて駆け寄ってくる。
「すみません耀歌さん。手間とらせちゃって」
「いいのよ。私の仕事もここだから」
カガミがイイマの後を駆けてきた。
「如月さんが来てるの? どこにもいないけど……」
「何言ってるんだよ。目の前にいるじゃないか」
「どこよ。いないじゃない」
「……、」
二人の会話が噛み合ってない。そこで私はマガラから聞いた今回の都市伝説を思い出す。
都市伝説"路地裏の恋人"。路地裏でカップルが行方不明になるやつだ。大抵荷物だけが路地裏に捨てられているケースが多いとか。だがそれ以上の情報はない。これは長引きそうだと内心思う。
「カガミ、本当に私が見えない?」
問いかけるが、返事がない。姿だけでなく、声も届かないようだ。
「愛夏、無視するなよ。耀歌さんに悪いだろ?」
「如月さんなんてどこにもいないじゃない。悠理こそ大丈夫? 何か悪いものでも食べた?」
「馬鹿言うなよ。耀歌さんはここに……!」
「イイマ、もういいよ。気にしたらダメ」
イイマをなだめ、私は思考を走らせる。
何故カガミに私の声と姿が届かないのか。何故カガミがいる方向に道がないのか。分からない。カガミ自体がU.W.E.なのだろうか。でもU.W.E.はアンダーワールドにいるものだ。私達の世界には存在しないはずだ。
「分からない……」
アンダーワールドから出る術それ即ちU.W.E.の討伐である。だが肝心のU.W.E.すら現れない。しかも核を破壊しない限り奴らは死なない。核は個体により場所が違うので、それも探さなくてはならない。
「とりあえず歩いてみて。何か分かるかもしれない」
イイマに伝えて、私はその後ろを歩く。
やはりカガミのいる方向に道はない。カガミが右に立ったときは右の、左に立ったときは左の道がない。
謎が解けないまま歩き続ける。心なしか、同じ場所を回り続けているような気がしてならない。そこで、壁の両側に刀で傷をつける。
「ねぇ、いつになったら帰れるの?」
「分からない。いつか出られるよ」
「いつかっていつよ! もう嫌、私帰りたい!」
カガミが叫ぶ。その時、カガミ側の壁が少し歪んだ気がした。
「とにかく歩くしかない。出るための方法が分かるまでは……」
イイマもそう言うしかないようだ。
「さっきの傷……」
私がつけた傷が目に入る。しかし、もう片側がない。
「おかしい……つけた傷が再生するとか、何かおかしい。となると壁がU.W.E.なのか……?
破壊できないとなると、核ではない、か。なら核はどこに……?」
核が基点となって空間が構成されているのだから、壁の近くにあることはまちがいない。でも、壁際には何もなかったし、核らしき部位も目視出来なかった。
「何か見落としが……?」
記憶を繋ぎ合わせる。
「そうか、そういうことか」
私はイイマを呼び止める。
「どうかしました?」
「トリックは分かったわ。これから私のすることに、手を出さないで」
「ねぇ、どうしたの悠理」
私はカガミの前に立つ。刀のつっ先をカガミに向ける。
「何を」
「黙って見てて」
勢いよくカガミの頭を貫く。壁に突き刺さって止まる。
壁一面にヒビが入り、砕け散る。その先に、頭を貫かれたイイマと、カガミがいた。
「えっ、悠理がもう一人!?」
「そんな……どういうことですか耀歌さん」
「悪いけど、種明かししてる時間はないの。本物のカガミと、物陰に隠れてて」
「分かりました」
まだ何が起きているか理解しきれていないカガミの腕を引き、イイマは角に消える。
「じゃ、二人で楽しい殺し合いの時間とでもいこうか」
刺さった刀を振り抜く。偽イイマと偽カガミは、頭を一部失ったままナイフを握る。
左右からの攻撃をいなしながら、私は敵の核の場所を探っていく。
首、心臓、肝臓、腕、腹、足。考えられうる全ての場所を破壊しても、敵の動きは止まる素振りすら見せない。
ただ、二体ともダメージがリンクしていることに気付く。
それでも打開策にはなり得ない。偽イイマと偽カガミが本体であることは間違いないのだが、核が見つからない。
「このっ……!」
二人を吹き飛ばす。数メートル距離があく。
「にしても、見れば見るほどそっくりだね。違うのはナイフ持ってることぐらいかな」
偽者を眺めて呟く。
「ん……? ナイフの有無の相違……ははぁん」
あぁ、そういうこと。トリックは解けた。
「そのナイフ、砕く!」
一人に狙いを定める。これまでのデータから、片方を殺ればいけるはずなのだ。
刀を全力で振り抜く。ナイフは粉々に砕けた。
かん高い金属音のような叫び声が反響する。
「やった」
だがアンダーワールドが崩壊する兆しは見えない。それどころか、砕けたナイフが逆再生のように元通りになる。
「え、マジで……」
まさか、核だけ完全に二分されているとでもいうのだろうか。そうだとすれば、両方同時に砕かねばならない。しかし、同時というのは私には不可能だ。なら、『二つに別れた』のをなかったことにすればいい。
「CODE-B:モード魔針」
刀の能力を切り替える。
チャンスは一度。これを失敗すれば五時間後まで二人を守りながら逃げるしかない。私には二人を守りきれる自信がない。だから、ここで終わらせる。
「ふぅ」
息を吐き、心を落ち着かせる。一度目を閉じ、そして開く。
駆ける。相手のナイフを捉える。確かに、当たった。
もう一方の偽者のナイフが消え、偽者も消える。
「さぁ、これで一人だ」
私はさらに、刀の能力を切り替える。
「CODE-A:モード夜桜」
頭上で刀を構える。握る手に力が込もる。
偽者が後退りする。逃がさない。軽く走り始めると、偽者は本格的に逃走を始めた。
徐々にスピードを上げていく。数歩で五十メートルを走れるのだ。追い付けないはずがない。
横一文字に斬る。その直後、圧縮された未来から五十近くの斬撃が襲いかかる。余すことなく切り刻まれた偽者。こぼれ落ちたナイフを砕く。
刀を鞘に仕舞い、イイマ達のところに戻る。
「終わったんですか?」
不安そうに訊ねてくるイイマの頭に手を置き、優しく言う。
「終わったよ。もうちょっとで帰れるから」
アンダーワールドが完全に崩壊するまであと数秒だ。やがてアンダーワールドは霧散して、元の世界に戻る。
「耀歌さん、種明かしお願いします」
「どうしてもいる?」
「はい、愛夏のためにも」
「それを言われちゃ仕方ないわね」
私は今回の都市伝説について説明していく。
「都市伝説"路地裏の恋人"。路地裏でイチャイチャしている男女をアンダーワールドに引きずり込んで、喰らうのよ。連れ込んだ二人を別々に分けて、同じところをループさせてケンカをさせるわけ」
「別々になのにケンカなんて出来ないんじゃない?」
「だから、自身が軸となって写してたのよ。二人とも、自分の偽者見たでしょ?」
なるほど、と頷く二人。私はさらに説明を続ける。
「でも写せるのは一人だけだった。だからイイマの空間に入り込んだ私がカガミには確認出来なかった」
「じゃあ、ケンカさせた後はどうだったんですか」
「二人を会わせて、混乱しているところに偽者がナイフを出して、男同士を戦わせる。本物が勝とうが負けようが、どちらにせよ本物は二人とも喰われてたでしょうね」
イイマ達が顔を見合わせて驚いている。仕方ないことだと思う。
「今回は私が間に合ったけど、次は間に合う保証はない。だから、都市伝説には気を付けなさい」
「はい」
「分かったら道草食わずに真っ直ぐ家に帰りなさい。なんなら家まで送るけど」
「大丈夫です」
「そう。なら私も帰るかなー」
家の方向に歩き始める。その時、カガミに呼び止められた。
「どうかした?」
私の問いに、カガミは恥ずかしそうに答えた。
「あの、如月……ううん、耀歌さん。その……ありがとう、ございました」
ぎこちない感謝の言葉に、思わず笑みがこぼれる。
「どういたしまして」
言葉を置いて、去る。空はもう、日が沈みかけていた。
ストックないから次はいつになるか分からないんだなーこれが。