表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薔薇庭園  作者: ひろね
9/11

第9話 ハッピーエンド?

 うろたえる秋月しゅうげつは面白い。

 でもそのせいで目的を見失っては元も子もなく、あたしはもう一度秋月に問いかけた。


「あー……まあ、いつかは話すことなんだろうが……」

「だから今。はい即答。なんでも話すって言ったよね?」

「……分かったよ。話したくなかったのは、俺の若いころの恥をさらすようで嫌だったんだよ」


 しぶしぶ口を開く秋月。開き直ったのか、ベッドの上で胡坐をかいて不貞腐れた表情だ。


「恥?」


 理解できなくて首を傾げると、秋月がため息をつく。

 そして話してくれた内容は、こんな感じだった。


「俺もウェンもトリィも吸血鬼の中では若い方だ。それと人から吸血鬼になったんじゃなくて、親が吸血鬼だったから、吸血鬼であることが当たり前だったな」


 普通の口調で語る秋月は、吸血鬼であることになんの疑問も、人から血をもらうのにも罪悪感を感じなかったという。


 それに吸血鬼は長寿。一ヶ所にとどまることは異端であることをばらすようなもの。皆、あちこち転々としながら、年に数回顔を合わせる程度だった。

 仲間意識などほとんどないけど、ただ一つだけ彼らの中で守ることがあった。

 純粋な吸血鬼は少なくなってしまったので、これ以上減らさないよう人に知られず静かに生きること、というのが約束事だった。だから血をもらうといっても、死んでしまうほどもらうわけじゃない。疑われない程度にもらって終わりらしい。

 今の世の中では遺体に残っている血が少ないという変死が続けば、そりゃいろんな意味で問題になるだろう。

 秋月の中にある吸血鬼という認識はそんなものだった。


「でもな」

「ん?」

「しばらくしてからそういった考えが変わりだした」

「なんで?」

「お前が生まれたからだ」

「ええ! あたしのせい!?」


 最後にあたしのせいにされて、我慢できずに大声を出す。


「トリィに聞いただろうが」

「それは聞いたけど……」

「力を求める者は多いが、人から得られる力なんてたかが知れてる。だからそこそこしか求めなかった。でも、お前が生まれてからその箍が外れたかのように、皆お前を探しだした。俺も、その中の一人だ」


 やっぱり、ね。でも面と向かって言われると結構きつい。

 落ち着くように深呼吸をしてから、「それで?」と尋ねる。


「俺がその場についた時には、すでに仲間たちが争っていた。はっきりいって醜いと思った。同じ種族なのに争い血を流す様子は……」

「それは……」


 そんな風に思うこと? と、最初に思ったのは仕方ないだろう。

 秋月だって、あたしの血目当てに探してたんだから。

 なのに、秋月は至って真面目な顔で。


「俺が生きてきた時には、人が死なない程度に血をもらって生きている者たちばかりだったから、吸血鬼なんて人から恐れられる存在だと言われても実感がなかったんだよなあ。俺自体、人から血をもらっても、それ以外で傷つけたことなんかなかったし」

「ものすごく意外だ……」

「うるさい。こう見えても当時は繊細だったんだよ」


 だって、秋月のふてぶてしさとか、図々しさとか……諸々見てるあたしにしてみると本当に意外なんだってば。

 でも秋月は意外だという表情のあたしが気に入らないらしく、頬を思いきり引っ張ってくれる。


「ひ、ひひゃいっ」

「ったく、黙って聞けっての。俺だって恥をさらして過去話してるんだから」


 それにしても、吸血鬼が戦ってるの見て怖がるなんて、これじゃあホラー映画に出てくる奴らのほうがよっぽど怖いじゃないか。

 あ、なるほど。だから恥ずかしいのか。どう変わったか知らないけど、今の秋月からはあまり想像できないし。ああ、でもその頃の秋月って見てみたいかも。


「おーまーえー、今見てみたいって思ったなぁ?」

「ひゃひゅひっ?」

「悪いからこうして苛めてんだろうが」

「ひーっ! ひゃめっひゃめっ!!」


 片方だった手が両手になって、あたしの頬を思いきり引っ張る。

 これが好きな相手にすることかってツッコミをしたいんだけど、引っ張られてるので口が歪んで変な発音しか出ない。

 それにしても痛いーっ!


「ったく、本当に口が減らない。どうしてこんな性格になったのか……」


 あんただよ、あんた! あんたの口の悪さが移ったんだよ!

 うう、そう言いたいのにまだ手を離さないから言えない。

 こういうことするから、どこまで本気か分からないんだってば。


「後は……仲間の醜さとは反対に、人の、親の思いってのを見たせいかな」

「秋月?」


 手をはなすといきなり真面目な顔になる。

 このギャップが……どうも、ついていけないけど、どうやら本題に戻ったらしい。


「俺がたどり着いた時にお前が生きていられたのも、お前の親のおかげなんだぞ。こら、他人事のように思ってないで、ちゃんと両親に感謝しろよ」

「う……だって親のことは今日聞いたばかりだし。確かにありがとうって言いたいけど……それよりも秋月のその心がけのほうがなんか気にな……あ、いやなんでもない。続きお願いしますぅ」


 口元と眉尻がぴくぴくと動くのを見て、あたしは瞬間的に恐怖を感じた。これ以上、茶化してはいけない。

 それに自分の両親のことを聞ける時だし。


「お前の親が庇うように抱え込んでいたから…だろうな、お前には傷一つなかった。傷でもつけて血を流していたら、もっと酷いことになっていただろうな。それだけ俺たちを狂わす血だ」

「そんなことがあったんだ……。お父さん……お母さん……」


 今頃になって自分の親をやっと想像した。

 記憶には一切ない両親。でも、秋月が言うように、いきなり襲った惨状にあたしを巻き込まないようにと必死で守ってくれたんだ。

 目が熱くなって自然と涙が溢れて視界が揺れる。


「人のありがたみって意外なところで分かるよな……」


 ボソリと呟く秋月に、あたしは手の甲で涙を拭き取りつつ頷いた。

 そうだね、命をかけて守ってくれた両親。

 そして、それに心を動かした秋月。その秋月にあたしは生かしてもらった。

 でもそれは、あたしの両親が頑張ってくれたからなんだね。だから、秋月の気持ちをほんの少しでも動かせたんだ。


「好き勝手に生きてたし、これからもそうして生きていけばいいと思っていた。でも、お前の両親を見て、俺にはなんにも大事なものがないって気づいたよ」

「秋月……」

「そしたら、なんとなくそういったものが欲しいと思った。お前の両親みたいに、お前のことを守ってみたら何か変わるかな、って。だからお前を十六歳まで守るって自分の中に目標を作った。でも、すぐに大事なものなんて作れないから、ホント、適当に。自分の性格を考えて線を引いた」

「別に、いいよ」


 だってそのおかげであたしは無事に生きてられたんだもの。

 初めのきっかけはどうあれ、秋月はきちんと守ってくれたんだね。

 でも。


「でも、それでどう思った?」


 十六歳の誕生日、それまでに出した秋月の答えは?


「面白かった、その一言に尽きるな」

「そう?」


 面白い、か。なんか秋月らしい答えにあたしは自然に笑みがこぼれた。

 秋月もいつもと違う嬉しいような恥ずかしいような困ったような、これまでにない複雑な、でも笑みを浮かべている。


「ああ面白い、というか……毎日楽しかったよ。なんせ三歳になってるとはいえ子育てなんて初めてだからなあ。ただ単にメシ食わせるだけじゃ駄目だし、ちょっといなくなれば寂しいってピーピー泣くし、仕方ないから一緒に寝てやれば俺のベッドでオネショするし」

「ちょ……そういうことは言わなくてもいいの!」


 なんでこういう時にそう言うこと言うかな!? だから秋月の本気ってのが分からなくなるんだよ!

 でも、小さい時からいるんだから、あたしのそういうところをしっかり見てるだよね。

 あたしにとっても、秋月は小さい時から保護者だったから、そういう目で見ることはほとんどなかったし。

 あ、そういう目で思い出したけど、秋月が町へ遊びに行っていると言っていたのが、実はあたしを狙ってきた仲間を相手にしていたって聞いたんだ。

 ついでに言うと、あたしを吸血鬼にした翌日、一緒に寝てたのは様子を見ていたから。体に触ったりキスしたりしたのも、体の変化を知るためだったんだって。

 それならそれで、あんな思わせぶりな態度と口調はやめてほしいと思ったけど、それを言ったら藪をつついて蛇を出すようなものなので、あえてそれについて文句を言うのはやめた。


「そういえば、なんでお姉さんと遊んでる、なんて嘘言ったの? あたしずっと信じてたんだよ?」

「それはなあ……俺もこんな風になるとは思わなかったから、お前がここから出てくのに平気なようにってのもあったかな。いや違う。お前じゃなくて俺が……か」

「は?」


 意味がよく分からない。

 秋月は秋月で珍しく少し頬を赤く染めて、視線をそらしてこっちを見ようとしない。


「お前が俺をサイテーな男だと思ってれば、そんな目で見ることはないだろ?」

「そりゃ、まーね」


 女の人食いまくりの節操なしを相手にする気はないかな。

 命がけで愛して、なんて言わないけど、やっぱり自分だけを見てくれる人のほうがいいもん。


「そうすれば、お前は出てくのに保護者のもとを離れる、ってだけで済むじゃないか」

「うん、確かに」

「俺も最初に言った時は、お前のことを大事に思っても、そんな風に見てなかったからな。だから離れやすい状況を作ってみたんだが……」

「気づいたら墓穴を掘ってた……と?」


 秋月は言葉に詰まった、というような感じで返事をしなかった。

 それにしても意外や意外。今日は誕生日の日に続いて天変地異が来たような感じだ。

 いつも余裕綽々な秋月のこんな姿を見れる日が来るとは……自然に頬が緩むよ。


「うるさい、笑うな。俺だって手探り状態だったんだよ。試しにって思ってたのに、気付いたら深みにはまってるじゃないか!」

「や、だって信じられないんだもん。秋月ってばいつも企んでるような笑み浮かべててさ。でもってあたしは全然敵わなくて――」

「ったく、本当にお前は変わらないな。でも……本当に楽しかったよ。いつの間にか、お前狙って性懲りもなく来る仲間をあしらって遊ぶのにも慣れたしな。十三年間、あっという間だった」


 ニヤリ、と笑みを浮かべる。なんかいつもの秋月に戻っちゃったような笑みだ。

 そう、秋月は街に遊びに行っていたんじゃない。襲撃に来た仲間を適度に叩いてから追い返してたらしい。いつの間にかそれが面白くなっちゃったみたいで、繊細だった秋月はどこかへ行ってしまったようだ。

 というか、やっぱり秋月は秋月なんだよね。


「あそ、それも面白いって思うほど変わっちゃったんだね」

「まーな。でもなぁ、お前の十六の誕生日の前になって、それがあと少ししかないって気づいたら、急に寂しくなったんだよな。この家も庭も無駄に広いけど、お前はいつもきれいにしててくれたし。あちこちにお前がいたっていう痕跡があるし……だから、いなくならないで欲しい思った」


 うわ。速効で本音だ。

 聞きたかったことなんだけど、面と向かって言われると……うわ、駄目だ。秋月のことしっかり見れない。

 顔が熱くなっていくのを自覚して、あたしは俯いてその顔を隠した。


琴音ことね


 駄目――無意識にそう思う。

 だってこれは十六の誕生日の時から、時折見せる“本気”の声だ。

 今なら分かる。

 秋月の手が俯いているあたしの頬に触れる。その手の熱さに小さく震える。


「琴音」

「……」

「ずっと側にいてほしい」


 落ちてしまった、と思った瞬間だった。

 うん、あたしもここにいたい。でも声にならなくて、ただただ首を縦に振った。

 そうしていると秋月がぎゅうっと抱きしめてくれる。あたしはその腕に自分の体を預けた。



 ***



「で、結局あなたはここにいることにしたのね」


 次の日の朝、トリィが紅茶を入れたカップに口をつけた後、静かにあたしに尋ねた。


「あー……うん」

「そう……」

「あの、ごめん……ね。トリィ」


 秋月のことを好きなトリィ。

 その彼女に聞かれて、あたしは思わず小さな声で謝ってしまう。


「謝らないで頂戴」

「でも……」

「こうなることは分かっていたわ」

「う……」

「安心して頂戴。わたくしは愛人でも構わないから」

「でも…………へ!?」


 あ、愛人ですと!?

 ちょっと待ってよ。プライド高いトリィが愛人なんて……いやそうじゃなくて、秋月に愛人は嫌だよっ!


「駄目! それだけは駄目!」


 慌てて大声になって、テーブルをバンっと叩いてしまう。

 その反応にトリィはクスッと笑う。


「昨日の態度とは大違いね」

「……」


 確かにそうだ。慌てたからってこんな行動をするとは……。

 恥ずかしくなって大人しく椅子に座る。


「でも安心したわ」

「トリィ?」

「だって秋月ってば一緒に暮らした頃ならともかく、再会したあとのあの性格って……わたくしついていけないわ。琴音を焚きつけるつもりでやったことだけど、いくらなんでもあの性格はちょっと……あの秋月を選ぶ琴音を、ある意味尊敬するわ」

「……………………おい。」


 じゃあなに? さんざん勿体ぶった言動や行動は、全部あたしを秋月とくっつけるためにやったってこと!?

 あたしってばはめられた!?

 開いた口が塞がらない、ってのはこういうことを言うんだろうな。

 あたしは目を見開いて口をパクパクするしかなかった。


「ま、せいぜい仲良くやりなさいな。秋月の幼なじみとしておめでとうって言わせてもらうわ」


 ……い、嫌です。やっぱりお返しします。

 そうお返事したいのに、やっぱりまだ口が回らない。うう、選択誤ったかも。

 落ち着け、落ち着くんだ。残っていた紅茶を飲みほして、大きく深呼吸して、やっと少しだけ落ち着く。


「琴音?」

「ちょっと……薔薇の手入れしてくるわ」

「そ、そう。あまり無理しないようにね」


 さすがに傷ついたと思ったのか、トリィもなにも言わなかった。

 ヨロヨロしながら外に出て、いつもの薔薇園にたどり着いた。ここは何も変わってない――そのことに何となくほっとして、あたしは薔薇の手入れに励んだ。

 ここは変わらずあるし、薔薇もきれいで心を癒やしてくれる。少しこうして心を落ち着かせよう。

 なにも考えずに薔薇の手入れに専念すること小一時間、しばらくしてから手を休めて空を仰いだ。今日は快晴で雲が少ししかないし、空の色も青が濃くてきれいだった。

 そして、あたしは空に向かってかなり遅いお礼と報告をした。



 ――天国のお父さんとお母さんへ。

 守ってくれてありがとうね。お礼も言えなくてごめんなさい。

 なんだかんだ言っても、結局あたしは秋月とここにいることに決めたよ。必ず幸せになれる……とは思わないけど、ここで頑張ってみるね。

 あたしは――元気です。


本編(?)はこれで終わりです。

あと、番外編としてその後のバカ話と、秋月一人称の話の2つの予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ