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薔薇庭園  作者: ひろね
7/11

第7話 契約の中にある真実

 気づいたら、あたしってば秋月に何回も“嫌い”って言ってたっけ。

 嫌いと言われることが、結構キツイもんだと改めて思った。同時に、あれだけ言っても気持ちが変わらない秋月しゅうげつもすごい、とも。

 だから、トリィが説明してくれる気になったのが嬉しかった。半分は秋月のためだろうけど、もう半分はあたしのためだから。

 それて、殺そうと思った相手を、それだけ好意的に見てくれるようになってことだよね?


「わたくし、あなたのご両親は、あなたを狙ってきた吸血鬼から庇って代わりに殺されたって聞いたわ」

「あたしを……狙って……? なにそれ、あたしは普通の……」

「あなたは人間。けれど、ごく稀に生まれてくる特殊な血の持ち主でもあったのよ」

「はい? 特殊な血……って?」


 話が何やら……もったいぶったん分、やっぱり大事なんだろうか――などと改めて思う。


「わたくしたちに、吸血鬼に新たな力を与えてくれる血よ」

「ええと……良く分かりません」

「ああ、先に説明しておくわ。たとえば、人は穀類、肉、野菜――それらを主食を食べて生きているわね?」

「あ、うん」


 トリィの話は要約するとこんな感じだった。

 人は肉、魚、野菜など色々なものを食べて生きるエネルギーにしている。

 一方、吸血鬼とは、人が食物から得るエネルギーを効率よく人から得ることのできる種族のことを言うらしい。

 確かに血を吸われたけどね!

 ……と、いけないいけない、冷静にならなくては。


 話を戻して、彼らははるか昔から存在したけれど、数が少ないために表に出ることはなく生きているという。

 吸血鬼にとって吸血行為は、エネルギー補給と自分の力を高めるためでもあるらしい。要するにたくさん血を人からとれば、それだけ自分の力が漲るらしい。

 でも、漲るといっても、自分の限界値まで。すでにそこまでのエネルギー=血を得ていれば、それ以上強くなるわけではない。人に体力知力も個人差があるように、吸血鬼にも個体差で力の強弱があるというわけだ。

 まあ、血を吸えば吸うほど力が増していく――なんていったら、人間なんて一人もいなくなりそうだ。力を考えれば、吸血鬼に敵うわけがない。


「でも、ごく稀にいるのよ。わたくしたちに莫大なエネルギーを与えてくれる血を持った者が」

「莫大なエネルギー?」

「そう、普通の人の血をたくさん得れば強くなれるわけじゃないわ。でもその者なら、ほんの数滴でもわたくしたちに力を与えてくれるの。自身の限界を軽く超えるような力を、ね」


 えと……話の流れから、どう考えてもそのごく稀な人があたしにしか聞こえない――ってのは自意識過剰かな。

 聞きたいけど、聞くのものすごく怖い。


「他人事のような顔をしていないでちょうだい。あなたのことなんだから」

「……やっぱり」

「そうよ、琴音。人には分からないけれど、わたくしたちには分かるの」


 トリィたちには分かる――じゃあ、あたしがそれだって気づいて、だから狙われたのかな。

 なんか、自分自身には力なんてないから、いまいち実感がない。


「力を手に入れたいと望むのは人も吸血鬼も同じでしょう? あなたが生まれた時から、わたくしたちは探し始めたわ」

「そんな前から?」

「そうよ。でも小さな命だから、どこにいるのかまではなかなか特定できなかった。成長していけばいずれ気づかれるけれどね。あなたは三歳の頃に近くを探していた仲間たちに見つけられたのよ。あとは醜い争奪戦ね」


 トリィはここでいったん言葉を切った。

 多分……多分そのためにあたしの両親は殺された。あたしのために。

 記憶を書き換えられたせいもあるんだろうけど、今まで両親の死を悼んだことはない。なのに、今頃になって自分のせいで死んでしまったなんて……なんか急に罪悪感が襲ってくる。


「仕方ないわ。秋月が忘れるようにしたんですもの」


 あたしの心を読んだような心遣い。なんだかんだ言っても優しいな、と思うと顔が弛む。


「トリィ……」

「とにかく次に行くわよ」

「……うん」


 トリィはカップを顔の前に持って、なるべく赤くなった顔を隠そうとしている。照れいるのが分かって面白い。

 にやにやしていたので、両親が殺された場に秋月もいたってことに気づくのが遅れる。そうだ、あの場所にいたってことは、秋月もあたしを狙ってきたってことになるんだ。


「あ、の……、秋月も……そのうちの一人だったんだね」

「らしいわ」

「そう、なんだ」


 ちょっとショック……だ。

 自分の血のことはよく分からないのでなんとも思わなかったけど、それを狙ってきた中に秋月がいたことのほうが、なんかショックだ。

 話の流れからして、秋月が勝ってあたしの血を手に入れるチャンスを得たってことになる。なぜか命までは奪われなかったけど、それだって秋月の気持ち次第だ。

 そう考えると、カップを持つ手が急に震えてきた。


「秋月は当時、わたくしたちの中では普通より少し上の強さの持ち主だったの。だから力を求めてもいる一人でもあったわ」

「だよね。あたしを探すくらいだもん」

「ええ。でも、秋月は考えを変えたわ。どうしてかまでは分からないけど」


 うん、まあ、今もあたしは生きてるし。

 そういえば、契約ってなんだろう。秋月はあたしが三歳の時になにか契約をしたって言っていたけど……。


「その……もしかして契約ってやつのせい?」

「少し違うわね。秋月が出会ってすぐのあなたと結んだ契約は、“あなたを十六歳になるまでの間、全ての吸血鬼から守ること”よ。代償はあなたの血。そして彼は上位に入る吸血鬼になったわ」

「それって……頃合いを見計らってあたしの血を手に入れようってこと、かな? 三歳より大きくなった方が血の量も増えるよねえ?」


 確か体内の血液量は成人した男性で八パーセント、女性で七パーセント……と聞いたことがある。

 子どもだと体も小さいから体重も少ない。子どもの比率は覚えてないけど、やっぱり大人より少ないとだろう。


「それは違うわ。言ったでしょう。“全ての吸血鬼”からって。それは秋月も入っているのよ」

「はい?」

「契約というのは融通が利かないの。“全ての”としてしまうと、契約者の秋月も吸血鬼である以上、同じになるのよ。その気なら、“契約者を抜かした吸血鬼”とするはずなの。でなければ、彼はご馳走が目の前にあるのに、それに手を出せないんですもの」

「なるほど……」


 でも、ご馳走……うん、言いたいことは分かるよ。吸血鬼にとっては特別な血みたいだし。でも、はっきり言われるとなあ。


「嫌そうな顔をしているけど事実よ。最初に言ったように、人などわたくしたちにとっては食事のためにいるようなものですもの」

「……分かってはいるんだけどねー」


 微妙なのよ、とあいまいな返事をすると、トリィは頭を左右に振った。


「分かってないわ、琴音。彼は十三年の間、あなたの血の誘惑に耐え、護らなければならなかった。わたくしはあなたが人であった頃の血を知らないけど。先ほども言ったように、ご馳走を目の前にして、どれだけ我慢ができると思うの?」

「それは……お腹がすけばすくほど難しいと思う」

「ええ、そうよ」


 うーん……それほどまでにあたしの血はご馳走なのか。

 そうなると、秋月は少なくともあたしが十六になるまでは、いろんな意味で手を出さないってことになる。んで、十六になったから、こうなった。

 あれ、子どもの時の契約は分かったけど、今回は? それになんで今仲間の人に襲われてるんだろう。


「質問。今回の契約内容は?」


 駄目だ。降参。

 あたしを仲間にってことは分かるけど、それがなんで秋月が仲間から攻撃されることになるか分からない。

 手をあげて質問の意思を表明すると、トリィは簡潔に答えてくれた。


「“あなたを吸血鬼にすること”よ」


 それは分かるよ。確かに体が変わったのが分かるもの。

 問題はなんで、今、吸血鬼にするのか、なんだよね。大きく育ててもっと大きな力を得ようってのなら分かるんだけど。そのために十六歳って区切りをつけたんじゃないの?

 トリィの説明では、契約の時にあたしから血をとっているから、他の吸血鬼より強いってことは分かる。

 じゃあ、もっと強くなりたかった? でも、それなら契約が切れたとき、あたしの血を搾り取ればいい。

 …………ものすごく、嫌だけど。


「意味が分からない?」

「分からない。仲間にするメリットが秋月にはない気がする。あたしの血でまた強くはなったみたいだけど、あたしを仲間にすることで、あたしにある程度自分の血をやらなきゃならない訳で……そうなると秋月の力も減るんじゃないの?」

「そうね、秋月にはメリットがないわ。でも、あなたにはあるのよ」

「あたしに?」


 トリィはあたしに向かって指差した。

 思わず驚いてあたしも自分に向かって人差し指を向ける。


「そう、あなたは吸血鬼になることで、特別な血を持つ“人間”ではなくなったの。だから他の吸血鬼から狙われることはなくなったのよ」

「ほ、本当……?」


 ちょっと信じられなくて、恐る恐る尋ねると、トリィは無言で頷いた。

 ほ、本当なんだ。ちょっと嬉しいかもしれない。


「でもどうして?」

「あなたがわたくしたちにとって特別なのは、あなたが人だから。吸血鬼になることで体が変われば、その血も変わるでしょう?」

「なるほど」


 確かに、吸血鬼に力を与える血を持つ『人間』なら、狙われないために、『人間』でなくしてしまえばいい――というのも、ひとつの答えだろう。

 他にも答えがあるのかもしれないけど、秋月が選んだ答えは、あたしを吸血鬼にすることだった。

 この血から開放するために。


「それで吸血鬼かあ。でも今度はあたしも人の血を欲しくなるんだよね。今はまだないけど」

「それならあなたが人並みに生活するだけで満足なら、人の血を求めなくてもある程度は大丈夫よ。なんなら秋月からもらえば?」

「……めちゃくちゃ借りを作ったら怖い相手なんだけど……」


 秋月の名前でとたんに苦虫を噛み潰したような顔になってしまう。

 なんか、『これは貸しだからな』って言って凶悪な笑みを浮かべているのが想像できて。

 今の話が本当ならお礼を言うべきなんだろうけど、誕生日からこのかたそんな雰囲気じゃなかったからなぁ。

 でも、トリィの話が本当なら、あとでちゃんとお礼を言わないと。


「琴音」

「ん?」


 名前を呼ばれたんで、ふ、と視線をトリィに戻す。

 すると、トリィはまだ真剣な表情をしていて。


「間違わないでね。秋月はあなたを仲間にしただけ。あなたを縛るようなことをしてはいないのよ」

「どういうこと?」

「秋月はあなたを仲間にして人ではなくしたけれど、それ以外ではあなたを縛るようなことはしていないのよ。だから、あなたはあなたの意志でこれからどうするかを決めることができるってこと」


 トリィの言葉を飲み込んで解釈するために数秒を要したと思う。


 じっくりと、過去の出来事とトリィの言葉の意味を考えてみる。

 誕生日のときに秋月は“俺の花嫁”とか言っていたけど、トリィの言葉が本当なら、あたしを縛りつけておくことはできない。

 となると、あたしは自分の意志で、ここを出て一人で生きていくこともできるってこと。もちろん、それは吸血鬼として、という前提付きだけど。

 でも、逆にここに居るなら、自分の意志で残らなくてはならないんだ。そしてその場合、今までの関係のまま、ここに居ることはできない――と思う。

 だから考えなきゃいけないんだ。


「……そっか。あたしは自分がどうするかの答えを出さなきゃいけないんだね。ここを出るか、一緒に居るか。誕生日からずっと、あたしは時間をもらってたんだ……」

「ええ、あなたが秋月が本気じゃないと思ったのはそのせいね。本気を出したら、あなたの気持がはっきりする間もないわ」


 あたしはこくんと頷く。

 最強と言われるようになった秋月。

 その秋月が本気を出したら、あたしが敵うわけがない。

 だから、秋月は自分たちの関係が前とは違うのだと、気づく時間を与えてくれていたんだ。


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