怒りと決意
不味いです…アイディアが浮かんで来ません。
朝から机に座っていますが、何のアイディアも浮かんで来ないんです。
今までは、研究道具が揃ってないとか素材が充分に揃ってないから魔法の開発が進まないと言って、現実から逃げていました。
しかし、今は退路が断たれてしまったんです。
最新設備の研究室に多種多様な素材…これだと言い訳が出来ません。
気分転換に散歩に行きたいんですが、ドアの向こうでガードをしてくれているのはベルク騎士団の方々が四名。
怖くて散歩に行きたいなんて言えません。
無情にも時間だけが過ぎて行きます。
アイディアは出なくてもお腹は空くんですね。
でも、魔法研究所には社食がないんです。
殆んどの人が弁当か近くの食堂に行くんですけど、私が食堂に行くとしたらベルク騎士団の方々も一緒に来るでしょう。
ゴツい騎士に囲まれての食事、リラックスのリの字もありません。
リュックの中に食材は入っていますけど、研究室で料理をしたらナトゥーラ様に説教されるでしょう。
昼を抜くかベルク騎士団とのランチデートかという究極の選択に悩んでいたら、ドアがノックされました。
「せーい君、サンドイッチ作って来たから一緒に食べよ」
「アカイ、マナカに感謝しろよ。こいつ、特訓で疲れてるのにお前の飯も作ったんだぜ」
部屋に入って来たのは紅葉とシェルム。
「紅葉、ありがとう。好きな所に座って。シェルムは紅葉の特訓に付き合ってくれたんだろ。ありがとう」
シェルムなら紅葉の護衛もしてくれる安心です。
「どうせ暇だしな。マナカは筋が良いから教え甲斐があったぞ。それよりお前の方はどうなんだ?机の上が綺麗なままだぞ」
「耳が痛いな。コストを抑える方法が全く浮かばないんだよ。コストを抑える事が出来ても大量生産が出来ないと駄目だし、戦争に間に合わなければ何の意味もない。最低でも一般兵やその家族や恋人に普及させたいんだよ」
欲を言えば同盟国の国民全てにロンギングの対策を施して置きたいんですよね。
せめてもの救いは英ちゃんのアーツロンギングは英ちゃんと接しなければ感染しないと言う事位です。
「ヴァイゼの二の舞を防ぐ為か…」
ヴァイゼ・キヨキはベルク様の実妹で、今は英ちゃんの第三婦人。
ロンギングに感染した所為で、ベルク様と敵対したそうです。
「ああ、事前に手を打って置かなきゃ士気に関わる。英ちゃんに頭の切れる懐刀がいたら詰みだよ」
あの手紙を見る限り、その可能性は低いんですけどね。
「そういやキヨキは、なんであんな馬鹿を使いに寄越したんだ?あれはお前が一番嫌うタイプの人間だろ」
「リナカ・ラオチャの事か。多分、アーツで選んだんだと思うよ。あいつのアーツがあれば認識を阻害出来るから敵国にも簡単に潜入出来る…やばい!!紅葉、久朗とかこちゃんの予定は分かる?」
まさかとは思いますが。
「確か、ベルク騎士団の人達と野外演習に行くって聞いてたけど」
「くっ!!久朗とかこちゃんのマナは…マナサーチ」
捜索範囲を徐々に広げていき久朗達を探すと、城から少し離れた場所に反応を見つけました…でも、ヤバイです。
「せい君、どうしたの?かこちゃんは大丈夫なんだよね?」
「今の所は大丈夫…でも、久朗達の近くにリナカと違う人間もいるんだ。直ぐに行かないと」
転移魔法は予め魔方陣を作っておく必要があるから駄目だし、砂山さん飛行形態は魔力を大量に使うからアウト。
「アカイ、時間が勿体ない。お前は飛行魔法で急襲を掛けろ。俺はナトゥーラ様に報告して合流をする」
私の飛行魔法の対象になるのは術者のみ。
高度も5メートル位で移動速度も速くないです。
高度を上げると寒さに耐えられず、速度を上げると酸欠になる微妙な飛行魔法。
その上、目立ちまくるんで滅多に使っていません。
「頼む…風のマナよ、我に飛翔の力を貸し給え、ヴォラーレ!!」
窓から飛び出して一直線に久朗達の所へ向かいます。
幸いな事に遠目ですが久朗達は無事は確認出来ました。
だけど様子がおかしいです。
久朗が血を流して片膝を着いてるのに、かこちゃんはリナカに寄り添っています。
「嫌だ!!離して…兄貴、助けて!!」
「てめら、かこに指一本でも触れてみやがれ!!ただじゃすまねえぞ」
聞こえて来たのはかこちゃんの泣き声と久朗の怒声。
「何を言ってるの?君もあんなむさくしるしい男より僕ちゃんの方が良いからくっついてるんでしょ?そうだ、お兄さんに僕ちゃん達のイチャラブな所を見せてあげようよ…アツリ、そうだよねー」
リナカが声を掛けたのは眼鏡を掛けた長髪の暗そうな男 。
「そうだよ…お前はリナカさんに抱きついてキスをするんだ」
「嫌だ!!絶対に嫌!!僕が好きなのは兄貴なの。兄貴以外の男には触りたくないっ」
「かこっ!!頼むから止めてくれ。そいつに何かあったら親父や義母さんに顔向け出来ないんだよ…かこは俺の大切な女なんだっ」
絶叫しながらもリナカ達に土下座する久朗。
「やだねー、お前等が手に入ればジャスティスファングは僕ちゃん達に逆らえなくなるのっ!!そうしたらヒデオ様に褒めてもらえるっ。それはキヨキ聖皇国の民にとって最高の名誉っ」
リナカはそう言うと、久朗の頭をグリグリと踏みつけました。
(英ちゃん…いや、キヨキ聖皇…性根まで腐ったみたいだな。本気で潰すっ!!)
「アイスニードル」
狙うのは無防備にさらけ出しているリナカの背中。
でも直ぐには殺さない、私の大切な仲間を傷つけた事を後悔させながら殺してやる。
「痛っ!!なんだ…ジャ、ジャスティスファング!?ふぐっ!!」
息を止めて一気に加速、その勢いでリナカに膝蹴りを食らわします 。
「ええ、ジャスティスファング様ですよ。どうやらキヨキ聖皇国は王様だけじゃなく臣下も糞みたいですね」
リナカ達が呆気に取られているのを幸いにアツリにアーツを発動…そう言う事でしたか。
体中に虫酸が走り、怒りで血が沸騰していきます。
「お前、リナカさんに何をするんだよっ。その女がどうなっても良いのか?」
「母なるジャンティー・ミゼル様に願います。帰り路を忘れた迷い子を貴方の元へ導いて下さい、ターンアンデット…死霊を失ったネクロマンサーなんて凄んでも恐くないんですよ。かこちゃん、久朗の治療をお願い。久朗、もう少ししたらシェルム達が来る。多分、ブリーゼも来るからベルク騎士団に取り憑いている霊を払ってもらえ」
体が自由になったかこちゃん久朗に駆け寄ると、久朗に抱きつきました。
「兄貴、兄貴。恐かったよ、僕は兄貴が大好きなんだ。兄妹じゃなく女の子として大好きなんだよ…だから、だから」
久朗の側に行けて安心したらしく、かこちゃんは泣きじゃくながら捲し立てました。
「お前は俺の大切な女だよ。妹としても女としてもな…ショウガ、あのカスは俺の女に何をしたんだ?」
泣きじゃくるかこちゃんを優しく抱き締める久朗…でも、その目は怒りに満ち溢れています。
「かこちゃんに死霊を憑依させて操っていたんだよ。だから死霊を天に返しちまえば自由になるのさ…ありがたい、お陰で良いアイデアが浮かんだよ。
マナよ、体を支配する糸 となれ・・・マリオネットコントロール。お前達に命ずる。私はキヨキ聖皇への手土産として新しい魔法を研究しているから遅れるが必ず行くと伝えよ。そして国に着いたら 一切の飲食を禁ずる。徐々に訪れる死に怯えるがいい。それと招待状を渡してからの事は全てを忘れろ」
これで新しい魔法を造るまでの時間稼ぎが出来ますね。




