魔法使いと漢字 ?
口元に微かな笑みを浮かべながら、朝靄の中にたたずむ銀髪の美少女。
ただし、その笑みは冷笑といった方が正確な笑顔なんですけどね。
行動する前に、それをしたらどうなるか予測を立ててから動け。
会社の先輩から良く言われた言葉です。
例えば、夏場は海沿いの道は混むから峠周りにするとか、放課後に商品を納入する時はテニスコートの近くを通るとあらぬ噂を立てられるから避けるとか。
もし、フィルさんに正体を明かしたら…信じて貰えずに、憧れの人の名前を汚したと怒られる可能性が高いですよね。
下手に隠さず修行に行くと言えば…三米君が余計な事を言いそうですよね。
兄貴に鍛えてもらうとか。
しかし、私には仕事で培った話術があります。
私の話術があればカミカさんを煙に巻く位は余裕です。
「それはですね…」「おじさんには聞いていません」
カミカさんは、私に一瞥もくれずに、私の言葉をシャットアウト。
ジャスティスファングなんですよ…私。
「これからみんなで戦闘訓練をするんだよ」
紅葉の言葉にカミカさんの口が歪みました。
カミカさんの冷笑の原因は、これなんでしょうね。
「まともに戦闘の経験がない素人が集まってですか?無駄どころかマイナスにしかなりませんよ…それとも戦闘経験がある人でもいるんでしょうか?」
良く練習と試合は別物と言います、そして試合と実戦は更に別物なんですよね。
「それは…その」
カミカさんの追求に言い淀む紅葉。
「言い方を変えましょうか。昨晩、キングレオを倒したの誰なんでしょうね?キングレオと言えばベテランパーティーでも苦戦する魔物です…赤井正牙、貴方は何者なんですか?」
いや、おもいっきり答えが出てるじゃないですか。
タウン誌のクロスワードパズルより簡単ですよ。
「何者と言われましても、ただの牛乳配達のおじさんですよ。あの時は知らない魔法使いさんが助けてくれたんですし」
「見知らぬ魔法使いですか?それはどんな方ですか?」
カミカさんがジャスティスファングを調べているなら、あれの事も知っている筈…出来たら言いたくないんですが。
「夜でしたからお顔は分かりませんでしたが、長いローブを着ていて、背中に蛇守手数不破愚と漢字で書かれていましたよ」
「へびまもりてかずふわぐ??まさか…それはマニアしか知らない事実の筈。ジャスティスファング様もエレメンに来ているの?」
来ていますが、もうその漢字は使いません。
あの頃は、何でも漢字にすると渋く思えるお年頃だったんです。
蛇守手数不破愚、現物は日本に戻る時に焼却処分しましたよ。
「その人は捕まっていた少女を助けると闇夜に消えて行ったので、お礼は言えませんでしたけど」
正確には少女がお礼を言わずに、私から逃げ去ったんですけどね。
「リヤンはイッポ・ポータモが支配する国。確かに現状でジャスティスファング様が身をお隠しになるのならリヤンが適当。そう言えばデュライ様がシェルム・トロイらしき猿人がリヤンで目撃されていると言っていましたし…予定変更!!今からリヤンに向かいます」
早朝のラドロに響くカミカさんの怒号…はっきり言って大迷惑です。
しかし、シェルムがリヤンに来ているとは思いませんでした。
「カミカちゃん、他の人はまだ寝ているから無理だよ。それに突然行ったらジャスティスファングさんが警戒して隠れちゃうよ」
紅葉、私は臆病な野性動物じゃないんですから。
臆病だから紅葉の気持ちを確かめないで逃げていたんですけど。
「僕もそう思うな。きっとジャスティスファングさんは恥ずかしがり屋さんだと思うし」
かこちゃん、黒歴史を自ら発表したんですから、恥ずかしいに決まってるじゃないですか。
しかし、シェルムもリヤンにいるとなると、伝令を出して知らない振りをしてもらわなきゃいけないですね。
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結局、カミカさんは”ジャスティスファング様に素っぴんでは会えません”と宿屋に舞い戻りました。
私達はラドロの町を出て人目につかない荒野に移動。
「今日は実戦形式で四対一の模擬戦を行う。先ずはリーダーを決めて陣形を組んでみて。使う武器は本物で構わないし、私は攻撃魔法は使わないよ」
紅葉達が決めている間に私は砂山さん伝令タイプを作ります。
今度こそは一発で何を作ったか分からせてやりましょう。
「決まりました、リーダーは久郎さんです」
年や経験からいって、リーダーは久郎が妥当。
(陣形なんてゲームでしか知らないから無理はないか)
久郎達が組んだ陣形は薙刀を持った紅葉が真ん中で右に久郎、左に三米君。
そしてかこちゃんが後衛。
「それじゃ、良いか?行くぞ!!」
先ずは足にマナを流して移動速度を上昇。
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行くぞ、と言った瞬間にせい君の姿は消えました。
「どこに行きやがった?」
「久郎、折角三人に分けたんだから、自分の視界には責任を持てよ」
せい君はいつの間にか、久郎さんの横方向にいました。
「ショウガ、いつの間に?そこを動くんじゃねえぞ!!」
「敵にそんなお願いをしてどうすんだよ?久郎、良いのか?かこちゃんの周りがガラ空きだぜ」
せい君はそう言うと夏子ちゃんの方に走り出しました。
「させるかっ!!かこは俺が守る」
せい君に釣られる様にして、久郎さんも夏子ちゃんの方に走り出しました。
「相変わらずシスコングマの思考は分かりやすいな」
せい君はそう言ってニヤリと笑うと、方向転換をして久郎さんに接近。
「ちっ!!武器を構える暇がねえっ。俺の敗けだよ」
走ろうとして態勢を崩した久郎さんは武器を構える間もなくせい君の杖で頭を軽く叩かれました。
「良いか?ゲームじゃないんだから、わざわざ正面から来てくれる敵なんていないんだよ。回復役はパーティーの生命線、必ず陣形の中央に配置しろ。それと久郎、お前は重戦士なんだからあちこち動き回るな。慣れないうちは回復役を守りながら敵を向かえ撃つ位で丁度良いんだよ」
(何だかんだ言ってせい君は久郎さんの事が大好きなんだな。久郎さんを夏子ちゃんの守り役にして二人の距離を変えるつもりなんだね)
そして、そうなると当然私とせい君が組む事になります。
「次は三米君。きちんと構えておけよ」
「はいっ!!」
せい君が最初に攻撃をしたのは三米君の右側。
アーツが発動したのか三米君はそれを難なく防ぎました。
「兄貴、どうですか!?」
「それなら、こうされたらどうする?」
次にせい君はすぐさま三米君の左側から攻撃、その一直線上には夏子ちゃんがいました。
「へっ?うわっと?」
三米君はサーブをコートの隅に打ち返されたテニスプレイヤーの様に体のバランスを崩してしまいた。
「三米君のアーツは便利だけど頼り過ぎない様に。君には敵の攻撃を斬り落とす技を覚えてもらう…それと紅葉!!なんで今攻撃をしなかったんだ?敵に隙があれば背後からでも攻撃をしろ。かこちゃんも敵の攻撃範囲に入ったと思ったら後退して」
正直に言うと、凛々しいせい君を見ていたかったんですけど。
「分かりました!!行きます」
「土よ、水と混じりて泥へと姿を変えよ…マッドグラウンド」
「へっ?うわっ」
足を踏み出したら、そこがいつの間にか泥へと変わっていて私はおもいっきりバランスを崩して転びそうになりました。
でも、気づくとせい君が優しく抱きしめてくれています。
「紅葉のアーツは泥沼でも岩場でも道場みたく攻撃が出来るアーツなんだよ。バランスを崩したら敵の的になるから上手く使っていって。さて、私はリヤンにいる知り合いに伝令を出すからみんなは自主練だ」
せい君はそう言うと手の平サイズの砂山さんを取り出しました。
「ショウガ、それはロバか?」
「兄貴、あれはブタだよ。そうだよね、ショウちゃん」
「カバだよ、カバ。リヤンの王イッポ・ポータモはカバ人なんだよ」
私に叱られてショボンとしていてもせい君。
強くて凛々しくてもせい君。
夏子ちゃんや久郎さんに弄られていてもせい君。
「せい君、一緒に直そう」
友達には趣味が悪いと言われるかも知れないけど、私はせい君を選んで正解だったと思う。
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